第13話
センカさんの激烈な追い込みにより(最終的に食材を握りつぶして鍋に入れていたような気がする)、大量の食材を切り終えて、調理用の焼き石と一緒に鍋に入れて煮込む所まで漕ぎ着けた。
「ここまで来れば、後は味付けだけですから。何か飲みませんか?」
「ありがとうございます、頂きます。
なんか、返って騒がしくして邪魔しただけのような気がして…すみません」
タキ君が飲み物を用意しながら、ふふ、と笑う。
「いえ、僕も含めてですけど、今日は皆、浮かれてますから、気にしないで下さい」
そう言ってタキ君が出してくれたのは三人分の飲み物。
「アサギリ、ギンナ、センカ、お風呂空いたから入っちゃって。あ、その前に誰かお風呂に追加の水と焼き石をお願い」
ジエさんの声で振り返れば、セキロウさんが天幕の戸を潜った所だった。
「リンさんが僕たちの居住地に着いたらもっときちんともてなすんで、楽しみにしてて下さいね!」
「あ、…うん」
「あら、タキったら気が利くじゃない」
傍らに立ったジエさんを見て、私は女神が降臨したのかと錯覚した。
下ろされた長く淡い金髪は自ら輝いているような繊細な艶を放ち、絹糸のよう。
シミ一つない陶器の様な白い肌が湯上がりでピンク色に色づく様は、息をするのを忘れて魅入ってしまう。
翡翠のような緑の目が私に向けられると、微笑みで細まる様に私は思わず胸を抑え、ため息交じりに呟いた。
「…はあ、美しい」
化粧を落とすと神々しいとかどんな仕組みですか?
「どうした、リン」
反対側に立ったセキロウさんが、胸を抑えて呟く私を見て、怪訝そうな声音で伺って来た。
こちらはもう危険極まりない色気が凄い。
何の変哲もない白いスモックシャツの広く開いた襟ぐりは、鎖骨と胸筋の絶対領域を侵すことはない。
そして、何気なく捲られた袖からのびた程よく付いた腕の筋力の魅力は虜級。
上半身裸の時より、服を着ている方がお色気が増すってどういった現象ですか?
私は異なる二つの魅了の魔力を振り切るように、タキ君のいれてくれた飲み物を一気にあおったのだった。
二時間程経った頃、無事にシチューが出来上がり、夕食となった。
立場のあるセキロウさんとジエさんが食事を持ってきてくれると云う過ぎた待遇に、恐縮しながら待った。
シチューのお椀を持つセキロウさんが敷物の上で正座をして待つ私の隣に腰を下ろす。
「楽に座ればいい」
「いえ、せめて食事を持ってきてもらう間くらいは」
「堅苦しい事はなしにして、美味しく頂きましょう?」
ジエさんが持ってきた大量のパンが乗った大きな籠を置いて、私の隣に座った。
そして寸胴鍋を抱えた部下の人が鍋を下ろす。おかわりを見越しての鍋だと思われた。
「リンはどのくらい食べる?」
「あ、ジエさん、それくらいは私が!」
ジエさんがよそってくれようとしたので、シチューをよそる位はせねばと変わって貰った。
沢山食べる二人のお椀に並々とシチューを注いで前に置く。
デカイ木製のお椀一杯にシチューを注いだ結果、実は腕力と握力を総動員していた私は、何とか溢さずに済んだ事に、密かに達成感で一杯の息を吐いた。
この世界のシチューはポトフのようなもので、野菜と肉、三種類の茸が入っていて、美味しさを約束するとてもいい匂いがする。
「リン、遠慮しないでいいのよ」
私のお椀によそわれたシチューの量を見たジエさんが気遣ってそう言ってくれたけど、私の世界ではラーメンどんぶりサイズのお椀だ。
決して少ない量じゃない。
「リンは少食だな。今朝も殆ど食べなかったし、具合でも悪いのか?」
「セキロウが生肉なんか渡すからよ!
お陰で激しい誤解を生んだじゃないの、可哀想に。朝の事は忘れて食事を楽しみましょ、リン。はい、口開けてー」
何て事…。誰か夢だと言って。
ジエさんがシチューをスプーンで掬って、私の口元でスタンバイしている。
こ、これは、もしかしてあーんしてって奴ですか?!結婚式で新郎が新婦に食べさせ合うアレじゃない?
そんな微笑ましい儀式を出会って間もない神憑った美形な男性にしてもらうと、この先の私の人生難易度ハードコアレベルになったりするんじゃ…
混乱している私に、ジエさんが美し過ぎる笑顔で私の名を呼ぶ。
「リン?」
女神の美しすぎる笑顔には逆らえない。
顔に羞恥による熱を感じながらも私はおずおずと口を開ける。
その様子を見たセキロウさんが握っていたスプーンを落としたのが見えた。
そして素早く私の口元を手で塞ぎ、ジエさんのあーんを阻止した。
その時、ジエさんの鮮やかな緑の目が剣呑に細められたのを見た。
「リン、男からの餌付けには注意しろ」
胸元に引き寄せられ、頭上から注意するよう言ってきたセキロウさんを視線だけで見上げると、無表情でも私の返事待ちなのが分かり、頷いた。
「そんな悪党の言うことなんて聞かなくていいのよ」
セキロウさんを悪党に例えるとは何とも絶妙な例えだと密かに思ってしまった。
「セキロウさん、ごはん頂きましょう」
「そうだな」
直ぐに同意してくれた直後、セキロウさんが私の側頭部に顔を寄せたのが伝わる熱で分かった。
私が龍珠だからなのか、皆さん、距離感がおかしいよね。
後、単純に臭かったら恥ずかしいので、止めて。
その時、表情に乏しい筈のセキロウさんが明らかに勝ち誇った笑みをジエさんに向けていたのを私は知らなかった。
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