第43話 陽キャが増えた


 予想はしていたことだが、戌亥怜人は有谷と同じ陽キャだった。有谷が誘うと、彼はこちらの民宿に来て一緒に昼食をとった。もちろん、貝原さんには有谷が「こっちで友人ができたから呼んでもいいですか?」とうまいこと言っていた。

 朝と夕方は宿泊客の相手もあるから忙しいが昼はそうでもない。ほとんどの宿泊客は昼はビーチの方に出かけるからだ。

 ここは海水浴目当てでやってくる観光客が多いのだが、常夏、というわけではない。しかし、戌亥はでかいハイビスカスの柄が散りばめられた半袖シャツに短パンを履いていた。夏の間、半袖をずっと着ているからか、袖から伸びている腕はしっかりと焦がしたように焼けている。運動でもしているのか、その焼けた腕にはしっかりと筋肉がついている。俺が両手で汗だくになりながら持ち上げるようなダンベルも片手で軽々と持ち上げそうな筋肉をしていた。

 見た目からして陽キャだ。

 しかし、その陽キャをひと目見て分かったことがある。

 俺がいない状態では、戌亥よりも先に現地入りしていた有谷が選ばれていたが、有谷さえなければ戌亥はあの大魚に捧げられる生贄として、有谷よりも適していた。

 彼の右足は義足だった。

 彼のその身体的特徴を見て、俺の頭の中に郷土史の中にあったギョソク様のエピソードが思い起こされる。

 大魚に自らを捧げたギョソク様と呼ばれる巫女の身体的特徴が片足だとしたら?

 有谷の右足が潰されたのも逃げられないようにするためだけではなく、ギョソク様と同じ身体にするため。

 ならば、義足の彼は?

 その義足を奪ってしまえば、自分たちで足を潰す必要もない。怪我をさせなければ、罪悪感も薄れるだろう。何より、村民たちはギョソク様に近い身体的特徴を元から持っている生贄の方を使いたがるはずだ。

「名雪は有谷の親友なんだろ?」

「あー、まぁ……」

 ここまで来て、有谷のことを腐れ縁と言ってしまえば、町の人間に俺と有谷の関係が希薄だと思われて、有谷が生贄にされてしまう可能性がある。だからこそ、親友で突き通している。有谷は俺の方を見てにこにことしている。

「どうせなら、俺もダチと一緒に来たかったよ。みんな、用事があるって断ってきたんだ」

 有谷のことはユリコさんがわざわざ周りを牽制して孤立させていた。もしかしたら、戌亥の周りにも彼のことを孤立させて、ここのリゾートバイトを紹介した人間がいるのかもしれない。

「バイトってどう?」

 昨日、有谷にも同じ質問をしたみたいで、戌亥は俺だけにその質問をしてきた。向かいに座っているため、まじまじと顔を見られて、正直きつい。戌亥の顎あたりに視線を留めながら答える。

「いや、えっと……ほら、俺、こんなんだから、最初はできると思わなかったけど、裏方仕事もたくさんあるから正直助かってるというか……」

「こんなん?」

 嫌なところを突っ込んで聞くなと思いながら、仕方なく俺は答えた。

「ほら、俺、陰キャだから……」

 戌亥は首を傾げた。

「陰キャ?」

 もしかして、こいつも有谷と同様に陰キャ陽キャを理解していないのだろうか。

「いつも教室の隅にいる友人がいない根暗な奴ってことだよ」

 俺の向かいに座っている有谷と戌亥が顔を見合わせた。それから戌亥はさらに首を捻った。

「コンプレックスか?」

「……まぁ」

 自分の性格の陰鬱さを嘆いたことはある。友人が一人もできないのは自分のせいでもあるが、さすがにそんな俺でも友人と仲良く話していた方が楽しかったかもしれないと思ったことぐらいある。だから、コンプレックスといえば、コンプレックスなのだろう。今更、性格をがらりと変えることはできないが。

 戌亥はそんな俺の空気を弾き飛ばすように豪快に笑った。

「俺もコンプレックスあるぜ! ほら、これ!」

 そう言って、彼は俺も有谷も指摘していなかった剥き出しの義足を軽く持ち上げた。

「高校の頃事故ってさ。最悪だ~って絶望してふさぎ込んでた時に言われたんだ。義足ってかっこいいよなって。その時、俺にそう言ってくれたのは教室の隅でいつもノートに絵を描いていた友達だったんだけど、俺、そいつの言葉で超元気になってさ。今ではこの足もチャームポイントだと思ってんだよ」

 なるほど、と俺は思った。

 有谷がすぐに友人になるのも、こいつのことを助けたいと思うのも分かる。こいつはいい奴だ。

「……俺の性格はチャームポイントにはならないぞ」

「でも、有谷が言ってたぞ~。自信がないだけでかっこいい親友がいるんだって」

「あ、ちょっと戌亥くん! それ、普通言う⁉」

 有谷が隣に座っている戌亥の肩を掴むとけらけらと戌亥は笑った。

 いったいその親友はどこの誰だ。有谷には親友が何人もいるのか。

「そのどこぞの誰かの話はいいとして、今日、戌亥はバイトの仕事がなかったのか?」

 これ以上、有谷が戌亥に語った親友の話を聞いていてもしょうがないだろうと思って、話を変えると、戌亥と有谷はきょとんとした顔をして顔を見合わせた。

「ね?」

「有谷の言ってる意味分かったわ」

 俺には二人がなにを話しているか分からなかった。しかし、それを深く語る気は二人にもないみたいで、戌亥は俺の方を向いた。

「本当は今日から働く予定だったんだけど、今日は宿泊客が少ないから手伝いがなくても大丈夫って言われたんだ。数日前から入っているバイトもいるみたいで。顔合わせぐらいはしたいんだけど、みんな忙しいみたいだ」

 やってきたばかりバイトが翌日にいなくなったことを他のバイトに勘繰られたくなかったのだろう。有谷と関しては町民がどうすることもできない出会い方をして、一気に有谷が戌亥と仲良くなってしまい、接点ができてしまっただけで、貝原さんも生贄になるはずの人間をここに呼ぶと知っていたら、この集まりを阻止しようとしたに違いない。

「義足ってスペアとかはあるのか?」

「ああ、壊れた時、困るからな。持ち歩いてるよ」

 そう言って、彼は鞄の中から義足を取り出して見せてきた。戌亥の義足はベルトで固定するみたいで、着脱はまだ簡単のように思える。

 昼食後、俺達は三人で少しの間、外を歩くことになった。夕方前に俺と有谷は戌亥と別れた。

 このまま、夜になれば戌亥はギョソク様の言葉を実行し続けている村民によって、あの洞窟に連れていかれるだろう。

 俺は宿に戻り、背中の鞄を下ろした。チャックを開けて、中身を確認する。そこには戌亥が持ち歩いていると言っていた予備の義足があった。

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