第19話 惨敗


 惨敗だった。

 そもそも、教習所は合宿でない限り、授業への出席具合を生徒自身が組み、出席したり、実技を受けたりするものだ。当然、個人事にどの授業を受けているのか、実技がどれほど進んでいるのかは違う。

 授業も実技もどれだけ受けるか決められる分、午前中だけ教習所に来る人間、午後だけ教習所に来る人間、朝から夕方まで教習所にいる人間、と人により教習所に滞在している時間も多岐にわたる。

 俺が全く話をしていない有谷の授業の履修具合を知っているわけがない。もちろん、彼がいつ教習所に現れるのかも知らない。

 きっと陽キャ集団はお互いに時間を合わせているのだろう。

 俺には時間を合わせようと相談する友人もいない。

 映像が届いてから三日。

 俺は毎日のように教習所に来ているが、一度も有谷の姿を見かけることがなかった。バイトをしているのか、授業も実技もサボっているのか、それとも壊滅的にタイミングが合わないだけかは分からない。

 だから、有谷のことを見かけることができたら、それは俺にとっては逃がすことのできないチャンスのわけで……。

 教習所内にある自動販売機で焼きそばパンを買った有谷の周りの席はすべて埋まっていた。一つのテーブルにつき、椅子は六つあるのだが、その椅子は全て有谷以外の五人の陽キャで席は埋まっていた。

 しかも、席の中でも周りの椅子に囲まれた位置に有谷は座っていた。例えるならば、有谷が陽キャという名の台風の目になっている感じだ。

 とても陰キャの俺が話しかけるような雰囲気ではない。

「有谷くんって車の免許じゃないんだね」

「でも、有谷くんがバイクってすごい似合うよ!」

 それはそうだろう。整った顔と全体的に見て素晴らしいスタイルの有谷がバイクに乗っていて、様にならないわけがない。有谷が都会で暮らしていたら、道端を歩いているだけでもしかしたら、モデルか男性アイドルにならないかとスカウトを受けるかもしれない。

 よほど、ひねくれた考えを持つ人間以外は、バイクに乗る有谷のことを見て、似合うと言うだろう。乗るバイクにもよると思うが。

 それにしても、驚いた。

 有谷みたいな陽キャはてっきり車の免許を取得すると思っていたからだ。

 なにしろ、陽キャは皆で河原でバーベキューをしたり、キャンプに出掛けたり、数人で集まって行動することが多い。その数人全員がバイク乗りでなければ、一台の車に乗って出かけるだろう。運転を代わりながら目的地まで行くこともあるはずだ。

 だから、陽キャといえば、車を運転できるはず。バイクの免許をとるにしても、車の免許を取った後だと思っていた。

「バイクはもう買ったの~? 後ろに人が乗っても大丈夫なやつ?」

 ふと、有谷の隣の席にいた黒髪ボブに青いカチューシャをつけた女性が有谷の方に身体を傾けた。

 そうか。後ろに乗るという選択肢があった。

 恋人をバイクの後ろに乗せる。なるほど、陽キャらしい。車でわいわいと目的地まで行くとしても、運転免許を持っている人間が周りにいれば、事足りる。しかし、恋人を乗せるとなったらバイクの方が気分があがるのかもしれない。

 人のことを後ろに乗せるなんて、俺だったら気が気じゃなくてやらないと思うが。

「まだバイクは買ってないんだ。親友の父親が中古を持ってて、貸してくれるから、最初はそれに乗ろうと思ってるよ」

 有谷に親友なんて存在がいたのか。

 周りに集まる陽キャたち全員に対して平等に接していたように見えたのだが、そんな有谷でも親友と呼ぶ人間がいるらしい。

 別にそいつが誰かなんて気にならないが。

 教習所内にある自動販売機で買った味噌味のカップラーメンをすすりながら、目の前のテーブル越しに有谷の顔を見ていると、ふと、有谷がこちらを見た。

 目が合う。

 俺は慌てて目を逸らした。

「なになに? どうしたの?」

 有谷が急に視線を移動させたから、有谷の隣に座っていた青いカチューシャの女は有谷の視線を追ったが、その時には俺が目を逸らしていたから、有谷が見ていたのが俺だとは断定できなかったらしい。

 それもそうだ。

 有谷みたいな陽キャの頂点が、陰キャの俺に視線を向けることがあるなんて、普通は思わないだろう。

 話す機会は求めているが、陽キャが何人もいる中で有谷のことを陽キャたちから奪うような真似はしたくない。

「真博くん」

「……は?」

 背を丸めて、ラーメンに集中しようとしたら、すぐ前から名前を呼ばれた。恐る恐る視線をあげると、有谷が俺の向かいの席に座っていた。

 なにを言って陽キャ集団から抜け出してきたのか分からないが、彼の陽キャの仲間たちは有谷がいなくても話に花を咲かせていた。

「俺になにか話したいことでもあるの?」

「ど、どうして……」

「ずっと俺のことを見ていたから」

 ここでお前は三月二十七日に死ぬと言ってもよかったのだが、どうしても人の耳がある教習所内でその言葉を言うのは憚れた。

 だから、俺はこれだけ言うことにした。

「お前から連絡が来た」

「連絡って……」

 送ったっけ、と考え始めてすぐに有谷は俺の超能力のことを思い出して、目を見開いた。それから、彼はにこりと微笑む。

 俺から連絡が来たと言われるということは由々しき事態が起こったということなんだから、微笑まれるのはおかしい。

「それじゃあ、俺は四時に帰るからその後にいつもの場所で」

「バイトはいいのか?」

「今日はないんだ」

 約束を取り付けるとさっさと有谷は自分が元いた陽キャに囲まれた席に戻っていった。陽キャにきつい視線を向けられることがなかった俺はほっと胸を撫でおろした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る