第18話 総力戦と最高な一日
「僕は賭けてもいいと思うね」
どこからかそんな声がし、オレたちははっとした。
上空から降りてきた日高社長に、
「シャボン玉さえ無効化できれば、やつの動きを封じられる。僕もだいぶ消耗してしまったし、早く決着をつけるべきだよ」
そう言った社長は、白いワイシャツのあちこちがちりちりと焼けていた。呼吸もやや荒く、消耗しているのは確かな様子だ。
イーはシャボン玉で遊んでいるらしく、爆発音が絶えず響いている。ただでさえ廃墟同然の街が、見る陰もなく壊れていく。
「ですが……」
と、迷う静さんへ日高社長は言った。
「僕の炎でシャボン玉は蒸発させられる。一時的なものだが、僕が道を作るよ」
「それなら最短距離で行けますね」
「あとは俺たちであいつを追い詰める。あのふざけた武器を一番に奪えるといいが……」
「それなら、僕がやりますよ。『
と、
「そうしたら、あとは攻撃するのみだな!」
「詩夏さん、それでいいよな?」
「はい、もちろんです」
静さんがひとつ息をつき、言った。
「まさに総力戦、ですね。詩夏、頼んだ」
「はい!」
大きく返事をした彼女が前へ出る。
「朝陽、武器を奪うまでの最短ルートは見えるか?」
始める前に、帝人さんが朝陽さんへたずねた。
「そうですね……スピードのある人が一人、いや、二人ほどいれば、隙ができそうです」
「そうか。それじゃあ、俺と凜風でやつを追いつめよう。武器さえなくなれば、こちらが有利になるからな」
「ということは、凜風と帝人先輩、朝陽の三人だけでいいな」
と、静さん。
「それなら、どうにかできそうです」
詩夏さんはそう返しながら、凜風さんのそばへ歩み寄る。
「でも、できるだけ長くしますね」
「おう、助かるぜ」
凜風さんが少しだけ笑い、詩夏さんが両手を組む。
「我が身より湧き出づる守りの力よ、彼女の身をすべての攻撃から固く庇護せよ。――施錠、
その後、朝陽さんと帝人さんにも結界を張った。
詩夏さんは疲れたのか、その場にしゃがみこんでしまい、オレは慌てて駆け寄った。
「大丈夫か?」
「ええ、大丈夫、です……ちょっと、めまいがしただけなので」
そんな彼女にかまわず、日高社長は言った。
「よし、それでは行こうか」
彼の後を静さんたちがついていく。
「
と、詩夏さんがオレへ向けて、にこりと笑った。
その痛々しさに思わず胸がつまったが、すぐに
「詩夏さんには私がついています」
「分かりました。行ってきます!!」
考え直して立ち上がり、オレはふろしきを忘れずに手にしてから、急いでみんなを追いかけた。
「燃やしつくし、道を示せ。――突出、
日高社長が交差させた両腕を振り下ろす。炎がいきおいよく、イーを目がけて走っていく。
「おや、まだ遊ぶ体力、残ってました?」
にこにこと笑うイーは、余裕
最短距離が見えると、凜風さんが地面を蹴った。
「――飛翔、
鳥のごとく空を飛び、まっすぐイーの方へ。それを合図に、オレたちもそれぞれに行動を開始する。
「おやおや、凜風ちゃんもまだ生きてましたか」
「ふざけんな! アタシをちゃん付けしていいのは、アサヒだけだっ!!」
連射されたシャボン玉へ突っこんでいき、いきおいよく蹴りを食らわせた。
「っ……なーんて、ね」
当たったかと思ったが、ギリギリのところでかわされたようだ。イーは無傷だった。
「それなら、これはどうだ? ――放射、
と、帝人さんが強烈な光を放ち、目をくらませるが、イーは予測していたかのように遠くへと逃げた。
「こっちへ来るの、分かってたよ」
と、待ち伏せていたのは朝陽さんだ。
「ふむ、君まで生きてましたか」
「――開扉、
向かってくる凜風さんと帝人さんをいなしながら逃げ回るイー。
一瞬の隙を見つけ、朝陽さんが彼の手首を叩く。拍子に武器を手放したイーは、すぐに朝陽さんを蹴っては距離を取り、別の場所へと逃避を図った。
「――解放、
静さんが大きな
「さっきはよくも、オレをひとりぼっちにさせてくれたな」
待機していたのはオレ。
「――改変、
手にしたふろしきを剣へと変え、鋭い刃先を
イーは素早く体をひねってかわした。
「っ、ここは一旦――」
すぐさま逃げだすイーだが、素早く追いついた凜風さんが、後ろからその首へ腕を回した。
「もう逃さねぇぞ! よくもアタシのアサヒに怪我させやがって!!」
「くっ」
じたばたともがく彼の脇腹に、今度は朝陽さんが蹴りを一発食らわせる。
「よくも僕の凜風ちゃんを傷つけてくれたよね」
「効きませんよ、そんな攻撃……っ!」
と、逃れたイーを囲むのは、灼熱の炎だ。
「管理人の体は人間だからね、燃えるはずなんだが?」
ひるんだ隙に火が燃え移り慌てたイーは一気に下降する。火はじきに消えたが、まだオレたちがいる。
「往生際が悪いぞ」
静さんが四方から瓦礫をぶつけて追いつめる。
なおも逃げようとするイーを、オレは今度こそ背後から突き刺した。
「隙だらけだったな、ボス」
「くっ……」
背中を蹴り、肉体を貫いた剣を抜く。
力なく落下していく彼を、凜風さんと帝人さんが追っていく。じきに地面へ落ち、弱った肉体に二人が攻撃を重ねた。
空中からその様子を見ていると、朝陽さんと静さんがそばへやってきた。
「やっと終わりましたねー」
朝陽さんがそう言って汗を拭い、静さんも息をつく。
「ああ、ようやく倒せたな。これでしばらくは穏やかに過ごせる」
「……そうっすね」
緊張をほどき、オレはふと静さんへ顔を向けた。
「そういえば、さっきはありがとうございました」
「何のことだ?」
と、静さんは返し、オレは少し恥ずかしくなりながら言う。
「助けに来てくれたじゃないですか」
はたと気がついた静さんは、ふっと笑ってオレの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「気にするな」
地上から凜風さんが「やったぞー!」と、叫ぶ。
オレたちは下りていき、完全に死んでいるイーを確認した。まったく悲惨な状態だが、ここまでしないと管理人という生き物を止めることは出来ない。
ふとオレは思い出し、詩夏さんの元へ走った。
細い路地へ戻ると、芽衣さんの膝の上に詩夏さんの頭が置かれていた。
「詩夏さんは?」
たずねたオレへ、芽衣さんはにこりと笑って小声で返す。
「大丈夫、疲れて眠っているだけです」
オレはほっとして、その場に腰を下ろした。すうすうと寝息を立てる詩夏さんを見つめ、
――やっと終わった。長かったクリスマスイブは、オレたちの勝利で幕を閉じた。
自動修復機能が働き、迎えた三度目の十二月二十四日。
待ち合わせの駅前に詩夏さんがやって来て、オレはにこりと微笑んだ。
「おはよう、詩夏さん」
「おはようございます、燈実さん」
彼女も笑みを返してくれて、オレは平和を取り戻せたことを、あらためて実感した。
「それじゃあ、さっそく行きましょうか」
と、詩夏さんが交通系ICカードを取り出したが、オレは「その前に、ちょっと待って」と、口をはさんだ。
「どうかしましたか?」
不思議そうに首をかしげる彼女へ、オレは少しだけ緊張しながら言う。
「その、さ。今日はクリスマスイブだろ?」
「はい」
「で、あの……いろいろあったから、言えるんだけど」
管理人を倒した今だからこそ、オレは覚悟ができていた。――いや、本当はまだ覚悟など出来ていない。でも、ここへ来るまでの間、言いたくてたまらなかった。
まっすぐに彼女を見つめ、正直に告白する。
「詩夏さん、好きです。オレと付き合ってください」
彼女が目を丸くして頬を赤らめた。
「えっ、あっ……」
戸惑う彼女をじっと見つめ、オレは返答を待つ。心臓はドキドキしていたが、不思議と不安はなかった。
詩夏さんはオレを見上げると、照れまじりに微笑んだ。
「わ、わたしも、です。燈実さんのこと、大好きですっ」
思わず顔がにやけてしまい、オレは視線を外して頭をかく。
「そんな風に言われると、嬉しいな」
「だって本当のことですもん」
「そっか」
オレは交通系ICカードを取り出し、改札へ顔を向けた。
「じゃあ、行くか」
「はい」
それぞれに改札を抜けたところで、オレは彼女へ片手を差し出した。
「手、つないで歩きたいんだ」
「っ……」
詩夏さんは嬉しそうに笑って、オレの手を取った。ぎゅっと握り、互いに歩調を合わせながら歩き出す。
――三度目のクリスマスイブは、最高な一日になりそうだ。
玄関で靴を脱ぎ、凜風は中へ足を踏み入れた。
朝陽が一人で暮らしているアパートへ来るのは、これが二度目だった。
「寒かったよね、すぐにお茶入れるね」
と、朝陽はすぐに台所へ立ち、凜風は「うん」とだけ返した。
ワンルームの部屋へ入り、適当なところへ腰を下ろす。ダウンジャケットを脱いで、鞄と一緒に横へ置き、何気なく室内を見た。
きちんと整理整頓された部屋は、朝陽らしくて少し嫌になるほどだ。
「熱いから気をつけてね」
ローテーブルの上にことりとマグカップが置かれる。
「ジャスミンティーか」
「凜風ちゃん、好きでしょ? 僕もたまに飲みたくなるんだよねぇ」
彼が笑いながら隣へ腰を下ろし、手にしたカップに口をつけた。
「まあ、好きだけど。でもこれ、香り薄くね?」
「え、そうかな?」
かまわずに凜風は一口、飲みこんだ。凜風の好きなものとは少し違うが、悪くはない味だった。
カップをローテーブルへ置くと、凜風は鞄に隠していた紙袋を差し出した。
「これ、クリスマスプレゼント」
「えっ、いらないって言ったのに」
と、朝陽は自分のカップをテーブルへ置き、紙袋を受けとった。すぐに中をのぞき見て目を輝かせる。
「うわあ、中華調味料だ!?」
凜風が選んだのは中華調味料のセットだった。
喜ぶ彼から視線をそらし、凜風は言う。
「デパ地下で買った。何がいいか分かんなかったけど、料理、好きだろ?」
「うん、好き。普段からめちゃくちゃ使う」
と、紙袋から調味料を取り出し、朝陽はまじまじとながめる。
「ありがとう、凜風ちゃん」
にこりと微笑されたら、凜風も笑顔にならずにはいられなかった。
「喜んでもらえてよかった」
「うん。実は僕もね」
と、紙袋に調味料をしまい、脇へ置いてから立ち上がる。
「凜風ちゃんに用意してたんだ、プレゼント」
棚から取り出されたのは、桃色の小さな不織布の袋だ。
再び横へ座り、朝陽はそれを差し出す。
「はい」
「おう」
受け取った凜風は、すぐに袋を開けて中身を取り出した。高級感のある円形の入れ物に入った、マルチバームだった。
「うおー、これ高いやつじゃん!」
と、つい目を輝かせる凜風へ、朝陽が穏やかに言う。
「凜風ちゃんには、いつまでも綺麗でいてもらいたいからね」
「嬉しいけど、ちょっと実用的すぎるな」
「えっ、他のがよかったかい?」
どこか不安げに返した朝陽へ、凜風はマルチバームを袋にしまってから言った。
「そうだな、可愛いネックレスとかがよかった」
「いや、凜風ちゃんはアクセサリー着けないでしょ」
すかさずツッコミを入れた彼をじろりとにらみ、凜風は言う。
「例えばだよ、例えば」
思いきって彼の方へ肩をもたれ、「もっと自分で考えろ」と、文句を言った。
朝陽はどぎまぎした様子ながらも、そっと彼女の腰に手をやり抱き寄せる。
「考えるより、一緒に買いに行くのはどうだい?」
「あー、悪くない。でも、気分で変わるしなぁ」
「じゃあ、これからいっぱいデートしよう。それで凜風ちゃんのこと、もっと知って勉強する。そうすれば、次のプレゼントはもっと喜んでもらえるでしょ?」
「……うん」
至近距離で顔を合わせ、凜風は少し上目遣いになってから、そっと目を閉じた。
その後頭部へ手をやって、朝陽も目を閉じる。――静かな部屋でふたりきり、優しく唇を重ねた。
静かなレストランで二人、向かい合って食事をしていた。
芽衣はふとフォークを置き、彼へたずねた。
「あの、静さん。この前、あとで話があるって言ってました……よね?」
静は切り分けた肉を口へ運ぼうとして、動きを止めた。
「ああ、そうだった。すっかり忘れていたな」
と、肉を口に入れ、
芽衣はほっとしつつも、何の話だか分からなくて内心でどぎまぎする。
肉を飲みこんでから、静はフォークを置いてグラスを手に取った。レモン水を一口飲んだところで、やっと口を開く。
「俺の姉は優しい人だった」
「……はあ」
唐突に切り出された話題に、芽衣は困惑を隠せない。
「いつも俺を大切にしてくれた。死んだのも、俺をかばった結果だった」
そっとフォークを手にし、芽衣はライスを一口、食べる。
「叶うなら、姉ともっと一緒にいたかった。たくさん遊んで、ともに成長していきたかった」
彼が遠い目をして息をつく。
「これまでずっと胸の奥に隠していたことを、俺はあの時、幻の中で嫌になるほど自覚させられたんだ」
管理人に閉じこめられた幻の中で、きっと姉と会ったのだと芽衣は思った。
「でも、姉はもういない。失った命は、やり直してはいけないんだ」
「命……」
「それよりも大事なのは、現実だ。今生きている命を、守ることだ」
芽衣ははっとして、つぶやくように返す。
「それで、出てこられたんですね……」
「ああ、思い出したからな。命は平等だからこそ、生きている命は守らなくてはならない。それに、俺でないと守れない人がいる」
静はまっすぐな目を芽衣へと向けた。
「芽衣と初めて会った時、懐かしいと感じた」
「え?」
「芽衣の
その時のことを自然と思い浮かべつつ、うながす。
「えっと、それで……?」
「今にして思えば、姉と似ていたからだったんだな」
「私が、ですか?」
「ああ、守らなければならないと思った。仲間としてだけではなく、もっと……個人的に?」
言いながら静は首をひねり、芽衣の心臓は早鐘を打つ。
「そ、それって、えっと、あの」
「いや、何か違うな。守りたい、いや……やっぱり、俺でないと守れない、か?」
必死になって言葉を探す彼へ、芽衣は震える声で返した。
「告白、ですよね? それ」
静はきょとんとしてから、再び首をひねった。
「いや、俺にもよく分からない。姉のように、大事にしたいのは確かなんだが、ひいきしたいわけではなくて。ただ、その、守らなくてはと思うんだ」
「やっぱり告白じゃないですかぁ! ひいきしてくださいよぉ!!」
こらえきれずに泣き出した芽衣を見て、静が慌てる。
「な、何で泣くんだ? 悪いことを言ってしまったか? あ、姉と似ているのが嫌だったか?」
「違いますよ! 何で、もっとはっきり言ってくれないんですか!?」
と、泣きながらも強く返し、芽衣は告げた。
「私はずっと、あなたのことが好きなんです!!!」
ぱちくりとまばたきをし、静は言う。
「俺も好きだぞ?」
「違う! そうじゃないんですっ!! もう、鈍いんだから〜!!!」
もどかしくて
静はほっとしたように息をつき、言った。
「すまない。もう少し考えてみるよ」
「答えはもう出てますぅー!!!」
翌日の朝、枕元にはあのランニングシューズがあった。サンタクロースが来てくれたのだ。
妹の
両親はオレたちを穏やかな顔で見守っており、不覚にも少し泣きそうになった。――守ってよかった。守れてよかったと、あらためて思った。
オレはその日からさっそく、新しいシューズを履いて外を走った。以前よりも早く走れた気がして、やっぱりまた泣きそうになった。
そして年が明け、新年最初の特訓の日。
休みの間もオレはトレーニングを
そのために体つきががっちりしてきて、男らしいたくましさが、本格的に身についてきたように思う。
これなら特訓も余裕だと、そう思っていたのだが――。
「おはようございます」
いつものように日本支部へテレポーテーションすると、めずらしく朝陽さんの机に静さんたちが集まっていた。
「おう、来たか」
と、凜風さんが言うが、何故か表情は浮かない。
「悪いな、燈実。今はそれどころじゃないんだ」
と、静さんは言い、オレはそちらへと歩み寄った。
「何かあったんすか?」
答えたのは朝陽さんだった。
「うん、ちょっとね。燈実君は、レプティリアンって知ってるかい?」
「ええ、聞いたことあります」
素直に返したオレへ、朝陽さんは困った顔をしてみせた。
「実は、彼らが嫌な動きをし始めているんだ」
嫌な予感に
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