第10話 オスカーの想い③

「…っ おいっ オスカー!」


「あっ? 何?」


なにじゃねぇよ。なんべん呼ばせるんだ」


「ごめんごめん」

  僕は今、ナルデア子爵家の別荘に来て、ダニエルと乗馬の最中だった。


「おまえ、ここに来てから時々ボーっとしてるよな」


「…休みが明けたら、3年への進級がかかった地獄の試験が待っていると思うと、憂鬱になっているだけだ」

 確かに試験の事は気になるが、僕の頭の中を占めるのはそれだけではない…。


「おまっ、それをせっかくの夏休みの今言うか?」


「まぁ、ここに来たのは勉強も兼ねているから」


「やだねぇ、レパート」


 そう言いながらダニエルは、愛馬レパートのたてがみに顔をグリグリさせていた。

 レパートは真っ黒な牡馬。仔馬の頃からダニエルが育ててきた。


 旅行の時は必ず連れてくる。もともとダニエルは馬車が嫌いだから、貴族が開催するパーティー等に出席する際には必ずレパートに乗っていく。


 僕が乗っているのは栗毛の牝馬セルビー。ナルデア家が管理している牧場の馬だ。

 僕らは馬をゆっくり歩かせながら話していた。


 全く呑気なダニエルが羨ましい。


 まぁ…こいつは少々チャラけてて、少々女癖が悪いけれど、毎回首席なんだよな。      

 これが…。


 特進科は特殊だ。普通科と違って、試験が普通科の倍ある。

 だからその分夏休みが長い。普通科が40日足らずのところ、特進科は2か月。


 先週までリトルティが別荘に来ていたが、普通科の夏休みは終わり、屋敷に帰っていった。

(毎年ダニエルが別荘に来ないよう言っているのだが…)


 夏休みが明ければ、試験地獄が待っている。

 途中、冬休みを挟むがその時間も試験勉強に充てる。

 そうでもしないと、時間が足りない。


 年間の総合成績で、次学年への進級を判定する。

 合格ラインに達しないと、特進科から普通科への編入を余儀なくされる。


 そうなれば…父が怒りまくるのは火を見るより明らかだ。


 けど、無事3年に進級できれば希望の大学への推薦を確実に得られる。よって、試験もなくなる。

 だから2年で死ぬほど頑張れば、3年はとても快適な学生生活を送れる事になる。

 その代わり、夏休み以降はいろいろと時間の余裕がなくなるけれど…。


 だから朝早く学院へ行く事は、この夏休み期間しかできなかった。


「…トルディ嬢って知ってるか?」


「トルディ…?トル…っ! ああっ リュシュエンヌ・トルディ嬢の事か? 例の【鉄仮面の伯爵令嬢】!」


「…え?」

 彼女が? 僕は意外過ぎて驚いた。


「何でそう呼ばれているんだ?」


「感情が顔に出ないらしい。笑いもしないし、怒りもしない。まーったくの無表情かつ無感情とか」


 ………は? 無表情…? 無感情…?


 僕の脳裏には、風に吹かれて小さな笑みを浮かべる彼女が、転んで真っ赤になってスカートの埃を払う彼女が、顔に土をつけ汗を流し花壇の手入れをする彼女の姿が次々に思い浮かんだ。


「まぁ、俺も時々見かけるだけで話した事はないけど、確かに少し冷たい感じが…」


「もういい!」


「…え?」


 いきなり大きな声を上げた僕にきょとんとするダニエル。


「…ちょっと走ってくる。ハッ!」


「オスカー!」


 僕はダニエルの声を無視して、セルビーを走らせた。

 しばらく走ると、枝ぶりの大きい木を見つけ、その下で休む事にした。


「はぁ…」

 セルビーは草をみ、僕は降り注ぐ木漏れ日の下で寝転んだ。


 鉄仮面? 無表情? 無感情? 彼女の事を何も知らないくせに!


 …けど…僕も何も知らないんだよな…


 まぶたを閉じると、花に囲まれた彼女の姿が浮かぶ。

 生い茂る木々を掻い潜ぐって、小さな風が頬を撫でた。


 彼女もこの風を感じているだろうか…


「リュシュエンヌ・トルディ…」

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