ワタアメミステリー

赤眼鏡の小説家先生

『下着紛失事件1』

「いや、女子校で下着泥棒なんてありえないでしょ」


 私立女学院高等学校。

 全寮制で、都内にある中高大一貫の女子校。百年以上前から存在する、伝統と格式のある由緒正しき名門校。


 世間ではこういう学校のことを、お嬢様学校と呼ぶらしい。まあ、真面目な校風だとは思う。

 なので、そういう俗世的な事件とは無縁な場所だと––––私は思っていた。


「それが、なんとありましたの」


 そう言って私に詰め寄って来るこの女生徒の名前は、若王子わかおうじ市子いちこ

 私と同じ二年二組の女生徒で、テストは大体赤点。

 なので、バカ代表。


「エイプリルフールは、先々週に終わったのよ。嘘ならもっと上手につきなさい」


「もーっ、音羽おとはちゃんってば、また私のことをバカにしてっ」


 名前が出たところで自己紹介。

 私は雲母坂きららざか音羽おとはという、キラキラとした名字に、普通の名前を持つ、キラキラ名字女子です。

 自己紹介をすると、高確率で漢字でどう書くのかを聞かれるので、「iPhoneで『きららざか』って入れると変換で出るわ」と答えている。


「まあ、仮にその話が本当だったとして」


「本当なんですっ」


 前のめりになり、自身の意見を主張する市子。

 私は、市子に対して疑いの視線を向ける。


「盗まれたんじゃなくて、どうせ無くしちゃたとかでしょ?」


 市子なら普通にあり得る。

 この前だって、冷蔵庫に入れておいたプリンが無くなったと騒ぎ立てていたが、実際は自分で食べたのを忘れていた––––という若年性認知症の兆しを見せていたのを私は覚えている。


「ほら、市子のことだから、朝下着を穿くのを忘れてそのまま来ちゃったんじゃないの?」


「違います、下着を盗まれたのは委員長なんです」


 あ、市子じゃないんだ。私はてっきり市子の下着が何らかの理由で(多分不注意)、紛失したのだと思ったのだけれど、それが委員長となると話が変わってくる。


 私達のクラスの委員長は、相生あいおいあおいという。名前の全ての文字が『あいうえお』で構成された首席番号一番、新学期は教室の右上の席が定位置の彼女は、それはそれは絵に描いたような委員長である。


 今時にしては珍しい三つ編みのおさげに、飾り気のない丸いメガネ。聞いた話では、一年の時も委員長だったらしいし、多分来年も委員長をやっていそうな人物である。

 成績優秀であり、真面目で、几帳面。真面目な生徒の多い学校なわけだけれど、その中でも取り分け真面目なのが委員長なのである。

 人当たりもいい方で、誰にでも分け隔てなく接する性格であり、優等生の中の、優等生。KING OF YOU TO SAYといえば、委員長のことなのである。


 なので、委員長ほど真面目で几帳面な生徒が下着を紛失したとなれば、それは間違いなく事件に違いない。

 そして––––もしも盗まれたのだとしたら、本当に事件だ。


「それで、盗まれたって言うけど、犯人は分かってるの?」


「いいえ」


ま、そうよねぇ。


「あ、その、盗まれたとは言ったんですが、状況証拠的に盗まれた––––と思っただけでして、実際は紛失の可能性もあります」


「そういうのは最初に言いなさい」


無くしたのと、盗まれたのでは大分話が変わってくる。

まあどちらにしろ、紛失したことに変わりは無い。

とりあえず、両方の可能性を考慮しながら話を聞いてみましょう。


「それで、紛失したのは寮内なの? それとも本校舎?」


「"後者"で"校舎"です」


 はい、スルー。

 ふむふむ、校舎で下着を紛失した、と。

 寮なら様々な理由で紛失することは考えられるが(実際市子はよく物を無くす)、校舎でってなると––––話が変わってくる。


「でも、校舎で紛失したっていうのも、おかしな話よね」


「なぜですか?」


「だって、無くしたにしろ、盗まれたにしろ、日常生活において下着を脱ぐ機会なんて、お手洗いくらいしかないでしょ? それに、完全には脱がないじゃない」


 あまりこの手の話は好ましくないが、用を足す際に、下着を完全に脱衣する人なんてまず居ない。

 市子も同じ意見なようで、


「そうですね、トイレRTAにおいてその動作は、タイムロスが大き過ぎます」


 と、バカなりに自分の分かる範囲での例え話を用いて頷いた。

 まあ––––言いたいことは分かる。

 はしたない事ではあるが、人間なら誰しも、トイレまでタイムアタックをした経験はあると思う。

 私もある。

 いつやったかは覚えてないけど。


「だから、下着が紛失するというか、地肌から離れる機会自体がないのだから、無くなるのってあり得ないと思うの」


「でも、上なら脱ぐ機会ありますよ? 私は体育の時に、スポブラに変えますから」


 そう言って、市子は大きな胸を張る。頭は子供の癖に、胸は大人である。

 反対に私は自身の胸を見下ろす。ブラなんて必要の無い胸を見下ろす––––萎めばいいのに。


 ただ、ブラというのは盲点だった。ブラも下着という認識で間違いない。

 私がブラを下着として認識しなかったのは、私がブラを必要としない体格をしているからではない。

 断じて違う。

 違いますからね。

 違うって言ってるでしょ。

 確かに私はカップ付きの肌着を愛用してるけど(今も着ている)、何か文句ある?

 無いわよね。


「で、無くなったのはブラなの?」


「下です」


「なら、やっぱり脱ぐ機会なんてないじゃない」


「じゃあ、アレですね」


「何よ?」


 私の問いに対し、市子は自身の考えを自慢気に言う。


「委員長は見せたがりのノーパンっ子だったとか!」


「そんなわけないでしょ! おバカも休み休み言いなさい!」


 溜息が漏れる。なぜ市子は、この学園に入れたのだろうか? 彼女こそ、入学させてはいけない人物ナンバーワンな気もする。


「まあ、とにかく委員長のショーツが無くなったのは分かったわ。それでいつ頃無くなったのかしら?」


「気が付いたのは、三限が終わった後、お手洗いに行った時だそうでして––––」


「ちょっと待ちなさい」


私は市子の言葉を制止した。


「何ですか?」


 市子はキョトンと小首を傾げ、不思議そうな顔をしているが、これは明らかにおかしい。

 だって、って。気が付いたっていう認識こそがおかしいでしょ。


「まさか、委員長はお手洗いに行くまで穿?」


「はい、気が付いたらノーパンだったそうですよ」


「いやいや、普通気が付くでしょ!?」


 そんなバカげたことってある? あり得ないでしょ。

 衣服、それも直に肌に触れているようなものが急に無くなり、気が付かなかったなんて––––絶対おかしい。

 これは、何かあると考えていい。


 生徒会長として、学園内の問題に対処する必要がある。


 私は二年生でありながら、この学園の生徒会長を任されている。

 いるのだけれど、はっきり言って立候補した覚えはない。

 立候補してないのに、勝手に票を入れられ、何故か投票数が一番多かったので、生徒会長にさせられてしまった。

 意味が分からない。


 何が私への投票を駆り立てたかは知らないけれど––––こっちとしてはいい迷惑でしかない。


 放課後、こうして生徒会室に篭り、学園内で起こった様々な問題に対処したり、目の前の問題児をたしなめたり。

 やることが次から次へと湧いてくる。


 今日だって、本来ならば、先程報告のあった「早急性の無い軽度の水害」とやらを見に行かないといけないのだけれど––––市子が問題を持ち込んだため、行けずにいるというわけである。全く、本当に厄介な子である。


 おまけに、字も綺麗に書けない癖に、書記なんていう大役を任されてるし。


「何か失礼なことを考えてませんか?」


「考えてない、考えてない」


 市子を適当にあしらい、私はここまでの考えを、簡単にまとめる。

 有り得そうなのは、何らかの理由で下着を脱ぎ、それを何らかの理由で穿き忘れ、紛失に気が付いたとか?

 もしくは、身に付けている下着が急に消えて、お手洗いで目視確認し、気が付いた––––とか?

 そんなことってありえる?

 ああ、頭が痛くなってきた。


「音羽ちゃん、そんなに気難しい顔をしては、可愛い顔が台無しですよ?」


「なら、頭痛の種を持ち込んだりしないで」


 そもそも、市子自身が頭痛の種だ。


「音羽ちゃんは、せっかく見た目も頭もいいのに、いっつも不機嫌な顔をして、表情も胸も硬いですねっ」


「うるさいわよ!」


 私は生徒会室に飾られている、生徒会発足時に撮影された写真を見る。

 中央にいる、無表情な生徒が私だ。

 我ながら、もう少し笑ったりとかして、優しそうな雰囲気を出せたら良かったのだけれど––––私にそういうのは無理らしい。

 この写真は割と最近撮った写真なのだが––––心なしか私の顔が幼くも見える。多分髪型のせいだと思う。

 今は少し伸びて来たため、前髪を流しているのだけれど、この写真を撮った時は前髪をぱっつんに切り揃えた姫カットであった。

 別に私は、姫カットに愛着があるわけでもないし、好きなわけでもない。

 ただ、胸の大きなおバカさんが、


「音羽ちゃんは、姫カットとか似合いそうですね」


 と言うものだから、ついやってしまったのである。

 市子も私の隣まで移動し、写真に視線を落とした。


「音羽ちゃんだけセーラー服を着れるのズルいです!」


「仕方ないでしょ、そういう規則なんだから」


 市子の言う通り、この学園において私一人だけがセーラー服を着用している。

 理由は、伝統を守るためだと聞いた。


 この学園の制服は、元々はセーラー服だったのだけれど、九十年代辺りに「ブレザーの制服を着てみたい」と当時の生徒達から要望があったそうだ。そして、世間では可愛いデザインの制服が流行っていた事もあって、ブレザーの制服に変更されたらしい。


 しかし、理事会か保護者会かは知らないけれど、この学園は百年以上の歴史を持つ伝統ある由緒正しい学園で、当然このセーラー服も同様の歴史を持つのだから、その伝統は守るべきでは? みたいな意見が出た。

 結果、その歴史を守るために、生徒の代表として生徒会長が着用することになったとか。

 おかげで私はとても目立ち、異常な認知度を誇る存在になってしまった。

 いい迷惑である。


 一部の生徒の間では、このセーラー服を着ることが憧れという話も聞くのだが、私はブレザーの方が良かった。

 ブレザーは有名なデザイナーが作成したものらしく、とても可愛い。

 それに、私だけセーラー服なのは場違い感が半端ない。

 用途は間違ってないのに、何か違うみたいな。

 調理実習の時に、他の生徒は可愛いエプロンなのに、私だけ割烹着かっぽうぎを着ているみたいな。


「これは私の考えですが、生徒会選挙は、セーラー服を来て欲しいランキング一位の生徒が票を集めるのだと思います」


「つまり、私がセーラー服を着て欲しいランキング一位であると?」


「その通りです!」


 市子は満面の笑みでそう言った。

 はぁ、ため息。

 そんなわけないでしょ、そんな浅ましい理由で伝統あるお嬢様学校の生徒会長が選出されるわけがない。

 まあその生徒会長様は、現在紛失した女性用下着の行方を追って頭を悩ませているのだが。

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