ネコミミなご主人様とツケミミな従者さん
シンシア
キノコシチュー
「ご主人様。夕食が出来ました」
「うん。ありがとうね」
扉の前で桃色の髪の少女はお辞儀をする。
私が振り返ると扉を開けてくれる。
自分より幼い女の子にこんな事まで任せるのは少々気が引けてしまうが、彼女がやりたいと譲ってくれないので甘んじて奉仕を受け入れる事にした。
「ここに空いている手があるんだけど、好きにしてもいいですよ」
左手を上げながら開いては閉じてを繰り返す。
「そういうことであれば、私が捕まえておきます」
彼女は嬉しそうに手を握る。
半ば強引な提案であったが、自分が嫌われてはいない事を確認する。
階段を降りていると食欲を唆る匂いが漂ってくる。
「今日はシチューですね」
当てられて嬉しかったのか元気よく返事が返ってきた。
「エマおねぇさんに沢山キノコを頂いたので、キノコシチューを作ってみました」
「それは楽しみだね」
一階に着くと、手を引かれてイスまで促された。
その後はエプロンを着けながら台所に立つ彼女の事を眺める。
未だに自分だけ何もせずに席に座っている状況が慣れないので落ち着かない。
この前、夕食の支度を手伝おうとしたら急に彼女が泣き出してしまったことが、まだ記憶に新しいので大人しく彼女に任せるのだ。
三人分の食器を並べ終わった所で彼女は何かを言いたげな様子で近づいてきた。
「あのー……お話があるのですが」
申し訳無さそうに話し始める彼女の方へ体を向けて耳を傾ける。
「今日の夕食ですが、エマおねぇさんも呼んでも宜しいでしょうか」
「シチューを作ったリリーがエマにも食べて貰いたいって思ったんですよね? それを咎める理由なんてありませんよ」
「ありがとうございます!」
リリーはお辞儀をする。顔を上げた彼女は緊張から解放された様で、顔を崩す。
「実はもう、誘ってあったりするのですか?」
「え! 何で……いえ、その通りです」
彼女は心の内を言い当てられてあんぐりと口を開け、両腕で自分を抱きしめる。
心を読む魔法などを使った訳ではないが、不気味がられてしまった。
「では、申し訳ありません。少しばかりお待ち下さい」
気を取り直した彼女は玄関のコートを取って外に出ようとする。
「気を付けてくださいね。ゆっくりでいいですから」
「はい。いってきます」
扉が閉まる音がする。
音につられて急に孤独感が押し寄せてくる。
今更になって一緒に向かいに行くと言えばよかったと後悔する。
リリーはエマのことをよく慕っているのだ。
それはまるで本当の母親の様に。
そう考えると私みたいな邪魔者は二人の仲に入らない方が良いという結論に陥ってしまう。
お願い一つ言い出すのすら憚られている様ではどだい無理な話ではある。
「ただいま戻りました」
「エリー、お邪魔するわ」
二人の声が聞こえてくる。
私は急いで席を立って二人の元へ向かう。
「おかえりなさい。ありがとうね」
それぞれに短い言葉で返した。
「何か嫌なことでもあった?」
エマの問いかけに反射する様にリリーは自分の側に駆け寄ってきた。
そして私の顔を覗き込み、手を握ってくる。
「私の留守中に何かあったんですね」
「いや、そうじゃなくて。大丈夫ですよ。何も心配事はありませんよ」
「嘘をつかないで下さい」
食い気味にリリーが否定してくる。同時に向けられた眼差しになす術は無かった。
「本当に何も無かったのです。ただ……寂しかっただけで」
少しばかりの静寂の後に笑い声が聞こえてくる。
「ご主人様、ははは、問題あるじゃないですか」
「え?」
「そんなにリリーちゃんと離れたくないのね。私だって取って食べたりしないわよ」
顔から火が出そうなほどに熱かった。
ここから何も言っても茶化される気がしたので、立ち去ろうと後ろに下がると、握られた手によって阻まれた。
「寂しがりなご主人様、逃がしませんよ!」
「じゃあ私も空いてる寂しがりなエリーちゃんの手、貰っちゃおうかな」
エマがもう片方の手を握ってくる。
流されるまま二人に手を引かれて食卓まで連れて行かれた。
「で、どうして?」
盛り付けられたシチューやサラダやパンを前にして違和感を覚えた。
「何が?」
「どうしましたか?」
私が疑問を投げかけると二人はとぼけているのか答えは返って来なかった。
「いや、なんで一列に座っているのですか」
エマ、私、リリーと私を挟む様に、横長のテーブルの一辺にカウンター席の様に座っている状況だ。
いたって真面目な問いかけだったのだが、二人はクスクス笑っている。
「こちらの方がいつでも手を握れますし、寂しくないかと」
「私は名案だと思うけどね」
どうやらリリーの意見でこうなったらしい。
「ほら、せっかくのリリーちゃんのシチューが冷めちゃうし、細かいことはいいよ」
「ほら、ご主人様も手を合わせて下さい」
「それもそうですね」
気になることはあるが、湯気を立てているご馳走を前に言い争うことほど愚かなことは無いので私は手を合わせる。
「「「いただきます!」」」
挨拶をして、待ちに待ったシチューを味わう。
「どうですか、お口に合いましたか?」
「はい。凄く美味しいですよ」
リリーは顔を赤くしながら口角を上げた。
「それはよかったです!」
「リリーちゃん、これはお店出せるよ」
「エマおねぇさん、それは言い過ぎですよ。あ、ご主人様はどう思いますか」
褒められたのが余程嬉しかったのか、エマの言葉に謙遜しつつも私の意見も求めている様だ。
「そうですね……これでは家の前に行列ができてしまい困りますね」
「ははは、それは盛りすぎだと私でも分かりますよ」
リリーは笑いながら顔を崩している。
「本当にエリーは親バカだね」
エマの言葉に私は腕を組んで澄ました顔で応えた。
談笑しながら食べ進めていると、右隣のリリーが服を引っ張ってくる。
「どうかしましたか」
「あのー、お願いがあるんです。私の手からご主人様に食べて頂きたくて」
彼女は言い終わった後、赤面した顔を手で隠す。
「えーなになに? 私もやりたいな」
エマが左から服を引っ張ってくる。
「リリー、理由を聞いてもいいですか」
「はい」
一呼吸置いた後に彼女は口を開ける。
「ご主人様に寂しいと感じさせたしまったのは私にも責任があると思いまして、ご主人様ともっと仲良くなりたいなって」
全て本心で言っていることは彼女の声色から判断できた。
「それは無理矢理ではありませんか」
「はい。先程のご主人様があまりに愛らしかったので」
まさか、リリーからこんな提案をされるなんて思ってもなかったので驚いてしまった。
しかし、私も彼女ともっと親密になりたい気持ちは同じなので受け入れる事にした。
何より彼女の口から言い出してくれたのが嬉しかった。
「……お手柔らかにお願いします」
私は言い終わると、彼女の方へ体を向ける。
エリーは右手のスプーンでシチューを掬うと左手を添えて差し出す。
私は口を開けてそれを向かい入れる準備をする。
上目遣いの彼女の顔をまじまじ見つめると、途端に恥ずかしさが込み上げてきて目を瞑ってしまう。
スプーンの感触を舌で感じると唇を閉じる。優しくスプーンが引き抜かれていく感触がする。
喉を動かして体の中にシチューを入れる。
何故か不思議な程に甘い味がした。
私が目を開けると、リリーは立ち上がって私の頭を抱える様に抱きしめてきた。
予想もしない出来事に頭は完全に真っ白になってしまう。
「あ! 申し訳ありません。出過ぎた事をしてしまいました」
沈黙している私の様子に気が付いて彼女は咄嗟に離れた。
「……はい、お食事の最中に立つのはお行儀が良くありませんね」
自分でもなんて言っているのかが理解できなかった。
「ほんとアツアツだねー。二人とも!」
事の始終を見ていたエマから野次が飛んでくる。
助け舟の様に感じられたが、リリーに本心を伝えたくなったので私は彼女の方へ向き直る。
「リリー、少しびっくりしてしまっただけで、出過ぎた事だなんて思ってません。だから顔を上げて下さい」
「ほんとうですか?」
彼女は目に涙を浮かべそうな顔を上げる。
「はい。本当ですよ」
彼女の頭を撫でる。
「今度は私もリリーに食べさせてもいいですか」
コクと彼女は頷いた。
「えー! 私も仲間に入れてよ」
「もー! 仕方ない人ですね。リリーの後で貴方にもしてあげますから」
「わーい、やったー!」
「私もエマおねぇさんに食べさせたいです
「そんな事今言ったら、エリーがヤキモチ妬くよ」
「いいですよ。そんな餅焼きませんから」
「あー! ご主人様にもその後もう一度やりますから」
「だから、拗ねてませんから!」
今日の夕食は食べ終わるのに時間がかかった。
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