ハッピーエンドアワー短編ストリート

パタパタ

武蔵野という街で

 ある時、周りと比べて自分が随分達観していることに気付いた。

 達観とは違うのかもしれない。

 諦めているというのに似ている。


 例えば恋に浮かれるとかではなく、たった1人、ただ1人の人を大切にしたい気持ちがあって。

 でも自分にはその出会いがないのだと、そう悟ってしまっている自分が居る。


 人の恋愛を眺め、人にアドバイスするだけの物語の主役にはなれない友人ポジション。


 それが私だ。


 今も普通の友人の顔して、ずっと好きだった幼馴染の横に居る。

 そんな関係。


 でも夏が始まる前のある日。


 武蔵境駅に向かう武蔵境通りから一通り奥のお洒落なカフェ、ジータ。

 ではなく。


 大通りの反対側のファミリーマートの横の灰皿が置いてある椅子の前で。

 2人で微糖のボス缶コーヒーをそれっぽく飲みながら。


「あ〜、彼女とか欲しかったんだ?

 そういう話しないから、いらないかと思った」

「そんな訳がない。

 常識で考えろよ」


 翔吾が常識なんて言ったことあったっけ?

 なぁんて言葉を私は返しながら。


「変な奴だし、恋愛ごとも変なのかなって。

 じゃあ、私で良ければ付き合ったげようか?」

「……是非」


 意外に返事が早くてビックリした。

 そして、翔吾が幼馴染の私を女として見れるんだってことにも。


「そういうとこ、素直だよね?

 あ、でも一つ約束してよ。

 別れてもちゃんと友達に、幼馴染に戻るって。

 その条件が守れるなら良いよ?」


 翔吾が少し考える。


「……んー、分かった。頑張る」

「絶対だよ?

 翔吾とは別れたら終わりだなんて嫌だからね」


 意識してニヤリとしながら握手する。

 頑張るじゃなくて、絶対にと言って欲しかった。

 ……どんな関係でも隣に居たかった。


「……まあ、別れたら大体終わりだよなぁ」


 中には元カノ元カレで仲が良いとかもあるけど、それが原因で今カレ今カノとよく揉めてる話も聞く。


「だしょ? そういうのは嫌かな。

 私的に翔吾は一生付き合っていきたいからね」


 一生、それが本音。

 覚悟している人の方が少ない。

 それに翔吾はちょっと首を傾げる。


「夢乃としては俺と結婚までいってもいい感じな訳?」

「んー、別れなかったら、そういうことじゃない?

 よく分かんないけど」


 はい、結婚までいきたいです。


 そんな本音を隠した表向き色気もない会話で、私たちの付き合いは始まった。


 だけれど高校生の恋と愛の違いも分からないままの私たちの心では、長続きなんてしなかった。


 それでも手順通りというか、数回のデートからキスと身体を重ね、ある時からすれ違いが増え時には喧嘩だけはして、ろくに話し合うこともなく自然消滅。


 家も近所なのに、会わない時は本当に全く会えない。


 受験が終わり始めた真冬の頃には、翔吾が何処に行くのかも私は何も知らないまま。


 ほらね、友情までもあっさり終わっちゃった。

 そう思ったら泣けてきた。


 武蔵境駅の南側、小さな公園のベンチに1人マフラー巻いて座ってみたりした。


 デートの待ち合わせでもないとこんなところに座んないなぁ、となんとなく思う。


「嘘つき……」

 私は1人呟く。


 ここに座っていても翔吾が現れることはもうないし、終わらせたのはお互いだ。

 なのに、今頃になってずっと泣いていた。


 武蔵野プレイス図書館の綺麗な建物が目の前に見えている。

 そこでは今も受験を頑張る人がそこに居る。


 浮ついた恋愛の代償は、苦くて情けないだけの失恋ソングの歌詞とまったく同じ。

 代わり映えもしなければ、なんの意味もない。


 後悔しか生まない経験と失った何かを抱えて、次に行くしかない。

 私は1人ベンチから立ち上がる。


 きっと私はこの武蔵野市から出て行く。

 電車で乗り換えたらすぐに行ける場所でも、この街を出て1人で暮らすのだ。


 幼馴染という幻のように消えた関係がズキリと私の胸を疼かせる。


「バイバイ、武蔵野」

 振り返らず。















「夢乃?」

 私は翔吾の声で足を止める。


 あ〜、どうしてここで終わらないかなぁ〜、人生ってやつはぁああ!!

 私はその場で両手で頭を抱えてうずくまった。


 覚悟を決めて立ち上がり振り返ると、久しぶりでも変わらない翔吾が居た。


 見た瞬間、また泣きそうになった。


「あー、その久しぶり。

 今、そこの図書館に居たから。

 ……泣いてたみたいに、見えたから」


 言い訳するように翔吾はカバンを見せる。

 彼はまだ受験中のようだ。


「失恋」

 私は涙が出るのを誤魔化すために、ぶっきらぼうに言い放つ。


「え?」

「失恋したの!」

「ああ……そうか。

 その俺で良かったら話聞くけど?」


 表情からはこちらを気遣う風にしか見えない。

 ちくしぃお〜、最初からこういった優しさが好きだった。

 不器用で私以外の女と上手く話せないところも好きだった。


 何もかも好きで、今でも好きだっ!


「翔吾だよ!

 振ったのは翔吾でしょ!」


 違う。

 自然消滅だ。

 どちらかの所為ではない。


 優しさに甘えて責任転嫁、こんな自分が嫌いだ。


「振った?」

「そうだよ!」

 喧嘩腰の私、超ダサい。


 すぐ隣の三鷹の森ジブリのヒロインでこんな情けないヒロインは存在しない。

 失恋するのも当然だ。


「……振ってないけど」

「……ごめん、自然消滅」


 どちらかが話をすれば良かったのだ。

 私が引きずっているんだから、私からでも。


 多くの人がこうやって恋を終わらせている。

 ただ相手と話し合うというそれだけを怠って。


「好きなの?」

「え?」

「自然消滅したそいつ」


 何を聞くんだコイツは……。

 そう思いながら惚れた弱みで自白する。


「好きだよ。

 ずっと好き。

 付き合う前からずっと好きだった」


 幼馴染という幻想の名前が付いた関係の頃から、ずっと。


 翔吾は口元を押さえる。

 あからさまにニヤついてるのが見える。


「……俺も好き。

 えっと、やり直したいんだけど」

「嫌」

「え!?」

「別れたカップルなんて、また別れるだけだからそんなのヤダ!」


 別れたカップルは癖になってるか、元々価値観自体が合わないかの可能性が非常に強く、やり直しても大半は同じような理由で別れる。


 辛いけど、寂しくてふとした時に声が聞きたくなるし、多分、ずっと引きずるけれど。


 翔吾は深く息を吸う。

 そして吐く。


「じゃあ……、結婚しよう」


「え?

 ……だってそんなこと、常識では」


「そりゃあ常識から見たら、俺が言っていることはファンタジーみたいなものかも知れない。

 いいや、もっと言ってしまえば異界にでも飛び込むようなものかも知れない。

 けど、それで夢乃と一緒に。

 一緒に生きる未来があるなら、飛び込んで……飛び込む。

 付き合いを前提で結婚して下さい!」


 翔吾は昔のテレビ番組のように右手を差し出す。


「翔吾、そんなキャラだった?」

 言いながらも、その言葉を撤回される前に私はその手を掴む。

 手放したくないのは何より私だ。


 ぎゅっと離さないように手を握りながら、私は目線を下に向け。


「……翔吾。

 話をしよう。

 何が好きで何が許せないか。

 沢山色んな話をしよう!」


 感情が昂り、人の目も憚らず宣言する。

 翔吾はそんな私を包むように抱き締めた。


「それで、返事は?」

「ねえ? 武蔵野って子育てにも良い街なんだって」

「うん。

 ……返事」


 分かってる。

 答えは分かりきっててもちゃんと言葉にしないと。

 言葉にして紡いで、それがそれぞれの物語になる。


「結婚する。

 結婚してこの街で暮らそ?」

「……うん」


 こうして私たちは、またこの武蔵野の地で始める。


 今度は2人で色んな話をしよう。


 恋愛のこと、ファンタジーなことも、沢山の物語のように。

 私たちのこれからを紡いでいくために。

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