タコさんウィンナー
ウィンナーコーヒーというものを知っているだろうか。社会人3年目の私、西口佳織は知っている。なんせ社会人なのだから。
社会人という生き物は総じて朝は時間がないのだ。眠気を覚まし、昼休憩までのまでのエネルギーを蓄えねばならない。
そこで登場するのがウィンナーコーヒーである。
インスタントコーヒーをコップに入れ熱湯を注ぎ込み、冷蔵庫に冷やされていたシャウエッセンのウィンナーで混ぜる。
コーヒーは撹拌されウィンナーは温められる。正に一石二鳥のウィンナーコーヒー。社会人の味方ウィンナーコーヒー。
油が浮いたコーヒーを飲み、頭の霧をはらう。表面ばかりが暖かいウィンナーをかじっていると、私は思い出した。−−−山田のことを。
同僚の山田は異常である。
独身社会人の昼食に手作り弁当などありえない。先にも述べた通り、社会人というのは朝は時間がないのだ。夜遅くまでの労働によって酷使された体は早急にして悠久の睡眠を所望する。誰彼にこうべを垂れることに慣れた私は、自分自身にすら逆らうことなくその要求に応えてしまう。
気づけば朝、昼食の準備どころか朝食にさえ時間をかけていられない頃合いになる。
つまり、独身社会人は昼食に手作り弁当など食べられるはずもないのだ。真偽表を書けばトートロジーになりえる事象であろう。
が、私の同僚の山田はいつも手作り弁当を持参してきている。世界の真理に反する山田の行動は異常そのものである。
特に、昨日の弁当は異様であった。弁当箱に鎮座していたタコさんウィンナー。ただのウィンナーではない、タコさんウィンナーだ。
一刻の猶予もない朝に、ただ焼くだけでもコーヒーに浸すだけでも良いウィンナーに切れ込みを入れる、その一手間。異常異様と言わずになんと言おうか。
その切れ込みで誰が救われると言うのか。道端のホームレスか、世界の恵まれない子どもたちか、メシアを待ち望む人々か。
などと思案していると、会社が私を求める頃合いになっていた。
——————
同僚の西口は異常である。
西口は入社当初から大小様々なミスをして、今ではお茶係を専業でやっている。
お茶係というのは言葉通りお茶やコーヒーを淹れる仕事である。
彼女に任せられている仕事はそれだけ。本当にそれだけだ。
たまに彼女の席を見やると茶道やバリスタの資格の勉強をしている光景が目に入ってくる。淹れたお茶の出来で出世できるとでも思っているのだろうか。なんにせよ努力の方向はそちらではないだろう。
そんな西口にも残業というものがある。実際は、彼女が勝手に居残っているだけのようだが。
彼女の言い分としては、
「私だけに任せられたこの仕事、私が帰ってしまえば誰がお茶を入れるのですか」
とのこと。左様でございますか。
時に、今日は大事な商談相手がうちの会社に来られる日である。なんでもそのお方、大の甘党らしくコーヒーを飲む際にはスティックシュガーを5本も入れるらしいのだ。
社会人たるもの気遣いは重要である。丁度西口の手も空いていそうだ。いや、いつでも空いている。
「おーい西口、もう少しで商談相手の方が来られるからコーヒーの準備しといて」
「了解しました山田さん」
「そのうち一杯はウィンナーコーヒーで」
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