最も適切なやり方

「とりあえず魔物はいないみたいだ」


 馬の通れる道と人が通れる道は異なる。ましてや、この辺りに住んでいるアリア達のほうが、詳しいに決まっている。


 騎士団の後を付けてもよかったが、それでは間に合わない可能性があったので、多少危険だけれど、近い道を選んだのだ。その分、警戒するのに体力も使うし、万が一出くわしてしまったらアロンだより。


「うん。ありがとう」


 先ほどの問いかけにアロンからの返事はない。どうしてアロンはここまでして協力してくれているのだろうか。


「それで追いついたところで実際どうするかって話なんだけど。何か考えてる?」


 正直、アリア自身がどうしてこんなことをしている自分に驚いているのだ。そんな計画性なんて持ち合わせていない。


「何も考えてない」

「だよな。実は俺もだ」


 勢いだけで行動するのとよくない方向へ転がる。それは両親を見て学んだはずなのに、こうして同じようなことをしてしまっている。


「巫女に世界樹に魔物。俺たちの村ってなんなんだろうな」


 アロンの母親は巫女としての役目を果たした。それはサリアが生まれてすぐの事だ。父親はそのあとすぐに村からいなくなったと聞いている。それが自分の意志か村の総意かは知らない。アロンもそれは同じはずだ。


「世界の平和を守るために必要なことなんだよ」

「その世界を知らないのにか?」


 その通りだ。でも、誰かがやらなくてはならないのであれば。その一端を担えることはきっと嬉しいことなのだ。


「うん。でも、きっと村と一緒。みんな不安で仕方ないまま生きている。アウレール様もそれを見てきたから自身を犠牲にしても世界樹を生み出した。だったら、私はその思いを継ぎたいとは思うの。でも、彼は十分にその役目を果たしたの。でも、この世界に現れた。それってきっと意味があることだと思うから。やっぱり見過ごせないよ」


 アロンはそうか、と呟いただけで黙って進み続ける。しばらくは生い茂った森の中を進み続ける。幸い魔物は見当たらない。騎士団が目立つ移動の仕方をしているのでそちらに引き寄せられているのか。


「アリア。見つけたぞ」


 アロンが立ち止まったのはアリアも呼吸が荒くなってきて、休憩を考え始めた頃だ。指さす先には幻影騎士団長とその護衛が数名、あとは村長とアウレールだ。


 昨日は咲いていなかったカタリナの花がもう咲いていた。でもそれらも気にされることなく数本踏みつぶされているのを見て悲しさを覚える。


「なあ、儀式って何するんだ? 道具とかも一切用意してないみたいだけど」


 アリアは知らないと、首を横に振る。確かに村長たちは村を出るときにろくに準備もしないでいた。幻影騎士団も同様だ。それに幻影騎士団長は儀式のことを知っていたし、アウレールが村にいることも知っていた。


 まるで示し合わせていたかのような行動に違和感を覚える。昨日のうちに村長が幻影騎士団へ知らせていた? よくよく考えてみれば昨日は魔物が現われたと言う報告だけだ。それなのにも関わらず、騎士団のあの準備の入れようはなんなのだ。


 まるで最初から村が魔物に囲まれることが分かっていたかのような動き。


「さ、魔穴はどこです村長。案内してください」


 幻影騎士団長の声がうっすらと聞こえてきた。


「なあ。魔穴って大樹で封じているんじゃないのかよ」

「シッ。続き話してる」


 かすかにしか聞こえない距離と声量だ。アロンを黙らせると耳を澄ませる。


「そちらです」

「ああ。随分と目立ってきたのですね。もう人がひとり通れそうじゃないですか。これなら騎士団長様が現世に戻られたのも分かります。予言通りだ」


 魔穴? あそこはいつもサリアと座っている場所だ。けれどそんなもの見た覚えはない。


「なあ、やるなら早くしてくれないか。それともあの時みたいに自分でやった方がいいか?」


 アウレールが急かしている。儀式は自分でも出来るのか。


「なあ、アウレール様って儀式自体は知らないはずだよな?」


 アロンの言葉にハッとする。そうだ。アウレールは儀式の内容を知るはずもない。大樹が出来てから儀式が生まれたのだ。ではなぜ、ああも共通認識のように儀式を語れるのか。それは少し考えれば分かるはずだった。


「アロン。ここまで付き合ってくれてありがとう。村に戻ってサリアのそばにいてあげてね」


 アロンが制止するのは分かっていた。だから、アロンが驚いている間に、アリアは走り始める。その足音に騎士団長も村長も気が付いたみたいだ。


「私が代わりになるから! 彼を逃がしてあげてください!」


 そう叫ぶ。みんなが驚いている間に魔穴と呼ばれたあたりへと滑り込む。黒い穴がそこにはあった。真っ黒だ、中で何かがうごめいている様な気もするが、それは感覚だけ。


 意を決してアロンから貰ったナイフを取り出す。それを自分の喉に突き当てた。


 儀式とはマナを秘めた人間が大樹の養分となるために、根元で死ぬこと。ただそれだけ。儀式でもなんでもない。ただの餌やり。魔穴のそばが一番栄養が必要なのだろう。だから、ここで自害するのが一番いいはず。


 手が震えるのが分かる。でも躊躇している暇はない。両親の犯した罪をやっと償うことが出来る。アウレールも助かる。だから、これが最も適切なやり方なのだ。


 目を瞑って、思い切り手に力を入れた。


 


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