eyes:9 ルミとエプロン♪……って、何してんだよ?!

「おい翔!お前ルミちゃんに何をしたんだよ!?」


ルミが飛び出していった翌日。

翔は光太からかかってきた電話に、ハァッとため息をついた。

なんでこーなるんだと思いながら。


「光太ちょっと待ってくれ。何でお前がルミの事を言ってくんだ?」

「ったく……んなもん、ルミちゃんが泣きながらウチに来たからに決まってんだろ!」

「ハアッ?!ルミが?!」

「そーだよ。しかもルミちゃん、ここで住み込みで働くって言ってんだぞ!」

「いやいや、どーゆー事だよ?光太」

「どーもこーも、俺がそれを聞きたいから電話したの!」


翔は電話じゃ埒があかないと思い電話を切ると、くたびれたジャケットを羽織り光太の定食屋『繰素多流(クリスタル)』に向かった。


◇◇◇


「いらっしゃ……おっ、翔。よーやく来たか」

「おお、お待たせっ」

「お待たせじゃねーよ。アレを見ろ」


光太はどーすんだという顔を翔に向けながら、親指をクイッと向こうに向けた。

その親指の先の方を見ると、翔の目に飛び込んできた。

ルミがエプロンをして、一生懸命働いてる姿が。


「か、可愛い……」

「バカか翔。ルミちゃんに、ポー―ッと見とれてる場合じゃねーだろ」

「あっ、すまん」


翔はすぐに気を取り直すと、スタスタとルミの方へ向かった。

ルミは翔が来たことが分かっているハズだが、まるで視界に入らないかのように、せっせと仕事をこなしている。


どー切り出したらいいのか分からないのだ。

もちろんそれは翔も同じだったが、取りあえず思ったままを口にしてみる事にした。


「おい、ルミ。お前なーにやってんだよ?」


クソ可愛いと感じる気持ちを押し殺し、翔は半分怒りながらルミに問いかけた。

翔は、ここで飲まれちゃいけないと思ったからだ。

もちろん昨日の事があり翔は緊張していたが、ルミはあっけらかんとした表情で翔に振り向いた。


「何って、バイトだよ♪」


翔がなんでここに来たのかも問いかける事無く、アッサリとバイトしてると答えてきたルミに、翔は多少肩透かしを喰らった気分だ。

でも、まずは返事をしてくれた事に翔は安堵した。

無視されるのが、一番厄介だからだ。


けれど翔はそんな事は顔には出さず、まるで保護者のようにルミを問い詰める。


「いや、そーじゃなくて、学校はどうしたんだよ?学校は。今まだ昼前だぞ」


翔に学校の事を言われたルミは、ツンとした顔をして翔をジッと見つめる。

頬を少し赤らめて。


「別に翔には関係ないでしょ!私がどこで何してよーが」


頬を赤らめたまま、プイッとそっぽを向いたルミ。

その横顔から、今さら何よという感情が翔に伝わってくるが、翔もここではいそーですかと引く訳にもいかない。

少なくとも、自分のせいでルミは学校をサボる事になってしまってるからだ。


「いや、そーゆー訳にもいかんだろ。住み込みでバイトなんて」

「……なんで?」


翔の事を軽く睨んできたルミ。

だたその瞳には、怒りだけではなく別の何かが宿っている。

何かを言ってほしそうな雰囲気だが、翔にはそれが何なのか分からない。

実に返答しにくい雰囲気だ。


「いや、それはさ……」


そう言って口ごもる翔を見た光太は、しゃーねーなと思いながらスッと二人の間に入った。

翔がルミの言ってほしい事を掴んで、二人が上手く会話出来るのをサポートする為に。


「翔~~~お前、ちょっとはルミちゃんの気持ち汲んでやれよ」

「どーゆ―事だよ光太」

「ったく、分っかんねーヤツだな。ルミちゃんはお前に会いたくて、住み込みでウチで働くって言ってんだよ」

「えっ?!」


翔は思わず声を上げてしまった。

まさかとは思ってた事が、実際に当たってたからだ。

確かに光太は親友だし飯も美味いから、翔自身良くこの店には通っている。

ただ、自分に会う為に働くなんて、翔からしたらルミの事がいじらしくて可愛すぎるのだ。


また、ルミはルミでカアッと顔を火照らした。

顔が熱くて汗をかいてしまうぐらいに。

ルミは光太から翔に告げられた事が、恥ずかしくて仕方なかったから。


「う~~~っ!別に、そんな事言ってないし……」


ルミは顔を真っ赤にしたまま声を絞り出すと、そのまま光太にバッと顔を振り向かせた。


「光太さんも……余計な事、言わないでください!」


ルミは隠し事が出来ないピュアな性格なのが、翔と光太によーく伝わってくる。

恐らく、ウノやポーカーは苦手だろう。

翔はハァッと軽くため息をついて、ルミを優しく見つめた。


「全く。ルミ、余計な事って事は、そーゆー事だろ?」

「ん?あっ……しまった。なんでこーなるん!」


ルミは可愛く顔をしかめながら、大声で叫んだ。

その姿を見ていると、翔はもう許すしかなくなっていた。

なのでルミの言って欲しかった言葉が、翔の口から自然に出てくる。


「分かったよルミ。じゃあ、好きな時に俺んち遊びに来ていいから」

「えっ?!」


ルミは一瞬パッとした笑顔を見せたが、すぐに手に持ってたお盆でルミの顔の下半分を隠した。

そして嬉しくてほころんだ顔を半分隠したまま、ルミはドキドキしながら翔を見つめている。


「翔、本当に?」

「ああ、本当だ」

「ふーん、そうなんだ……翔がそんなに遊びに来て欲しいなら、別に、行ってあげてもいいけど……♪」


もし、お盆を使った可愛いコンテストがあったら、間違いなく今のルミがぶっちぎりで優勝だろう。

そんな事を思ってしまうぐらい、翔はルミの事を可愛いと感じてしまった。

もちろん、隣で見てる光太もそう。


でも翔はここでデレデレしちゃ台無しだと思い、アッサリとルミに言う。


「はーい宜しく。ただルミ、日中はちゃんと学校行けよ。約束出来るか?」

「うん!約束するっ!絶対いく♪」

「オッケー。いい子だなルミ」


翔に家に来てもいいと約束してもらったルミは、本当は嬉しくてその場で小躍りしそうだった。

けど仕事中だし、何より光太のお陰だと思ったルミは、お盆を顔からスッと下す。

そしてお盆を脇にかかえると、光太の方へ振り向きサッとお辞儀をした。


「光太さん。ありがとうございます!」

「いいって事さ。まっ、ルミちゃんがバイト入ってくれたら、嬉しかったのもあるけどさ」


光太は少し寂しそうに答えた。


実際ルミみたいな可愛い子が働いてくれたら、間違いなく看板娘になるし、お店の常連達も喜ぶに違いないから。

でも翔との寄りが戻った以上、ルミがここで働く理由も無いのも光太は分かっていた。


けれど、そんな光太の気持とは裏腹に、ルミはキョトンとした表情で光太を見つめている。


「えっ?光太さん。ここでバイトは続けちゃダメなんですか?」

「ん?」


思わず目を丸くした光太に、キョトンとしたまま答えるルミ。


「私さっき翔と、住み込みはしない約束をしたんだと思ったんですけど……」


それを聞いた光太は、ビックリして思わずルミに尋き返す。

一瞬理解が追い付かなかったし、頭の中を整理しても、なんでルミがここで働くのかが光太には分からない。


「えっ?だってルミちゃんは翔に会う為に、ウチで働きたかったんでしょ?」

「確かにそうですけど……でも、いきなり来て無理言ったのに、光太さん雇ってくれたじゃないですか」


光太が予想だにしてなかった答えを、当たり前のように光太に告げたルミ。

確かにルミがここで働きたかったのは翔と会いたかった為だけど、ルミは光太にもちゃんと感謝していたのだ。


「だから私、これからここでバイト頑張りますよっ♪」

「ルミちゃん……」


光太に満面の笑みを向けたルミに、光太はメチャメチャ感激した。

思わず涙腺が緩くなりそうだ。

なのに、ルミはさらに光太に嬉しい事を言ってくる。


「それに、光太さん作るエビフライ、私大好きだし♪光太さんの作るエビフライは世界一です!」

「くぅ~~~~~ルミちゃん、なんて、なんていい子なんだ。ありがとう!嬉しいよ」


光太はルミの気持が嬉し過ぎて、涙をジワッと浮かべながらニカッと笑った。

そして、翔の方へサッ顔を振り向かせキッと見つめる。


「翔!そういう訳だから、ルミちゃんのバイト、住み込みじゃなきゃOKだよな?」

「ああ、週三日までな。後、遅くまではダメだ。学生なんだから」

「そんな事は、わーかってるよ」


光太はそう吐き捨てた後、翔により強い眼差しを向けた。


「翔~~~~!」

「な、なんだよ光太」


光太の圧に翔は一瞬ビビった。

今から俺の言う事をよく聞けという、強いオーラを纏った眼差しを光太が翔に向けてきたから。


「お前さ、こんないい子に好かれてるんだから、冷たくばかっかしてんじゃねーぞ!マジで、ルミちゃん泣かすとかありえねーからな!」

「あっ、あぁ。でも今回のは……」

「うるせえっ!今度ルミちゃんの事泣かしたら、俺がお前をハッ倒す!分かったか翔!」


光太が翔にキツく言うと、ルミもノリでそれに乗っかった。

光太の隣で拳を振り上げて、笑顔のまま翔に訴える。


「そーだそーだ♪冷たくするの、はんたーーーい♪」


翔はハイハイ分かったよという表情を二人に向け、二人にサッと踵を返した。

そしてお店を出る瞬間、安心感からそっと笑みが零れた。


それ以降ルミは、バイト帰りに翔の家へちょくちょく寄るようになった。

光太に教えてもらった料理を、ルミは翔の為に作って嬉しそうに渡しにきたりするのだ。

そして部屋で一緒にご飯を食べたり、二人で映画観たりゲームをして帰っていく。


そんな穏やかで微笑ましい日々が、しばらく続いた。

あの日までは……

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