魔王降臨 (短文詩作)
春嵐
ほんぶん
世界が緩やかに滅亡した。
朝起きたら、ありとあらゆるえっちなものが世界からなくなっていた。そんなことあるんだって、ちょっと思った。寝起き。
インターネットで検索してみたけど、赤ちゃん向け商品の店とかは普通に存続してたし、なんなら少し売り上げも上がってる感じだった。ペットとかに需要があるらしい。子供向け玩具とかも同じく。執拗にわたしをターゲッティングしてきたえっちな広告すら、綺麗さっぱり消え去っている。
それにしても、なんで急にいきなり世界からえっちなものが消え去ったのか。そして世界はなぜそれをインターネットのトップニュースとかにしないのか。謎は深まりそうで特に深まらず、とりあえず外出した。友達と遊ぶ約束してたし。
「なんで世界からえっちなものがなくなったんだろうね?」
友達に訊いてみる。
「ごめんなさい」
ん?
「わたしのせいです」
なんで?
「えっちなものを世界から消してくれって、わたしがお願いしたから」
「お願いすると消えんの?」
「消えんの。願いが叶うから」
なんか懐から取り出した。なんか、なんか願いが叶いそうなやつ。
「それに?」
「うん。願いが叶うやつ」
「叶うんだ。へぇ」
世界を滅亡させてんじゃん。魔王の所業じゃん。
「なんで世界はえっちがなくなったことに気づいてないわけ?」
「いや、それは」
そこ言い淀むところか?
「何かあるな」
「いや」
「言えよ。なんだよ」
友達。観念した様子。
「あなたとわたし以外の、って。お願いした」
「あなたとわたし」
「そう」
「どゆこと?」
「あなたとわたし以外のえっちなものがなくなりますようにって」
「いやお願いの中身じゃなくて、理由のほう」
「すきだから」
あっ。理解した。把握した。
「わたしとあなた以外にえっちをおぼえているひとがいなくなれば、確実に一緒になれると思って」
「どこぞの楽園みたいな発想」
「あったしかに。言われてみたらそうかも。きづかなかった」
いや参考にしてないのかい。
「なにしてんの。世界滅亡するよ?」
「いやまぁ、あなたが手に入らなければ世界滅亡しても別に」
魔王の思考じゃん。
「でもまぁ、仕方がないのでお願いを変えます。このお願いではあなたは手に入らないので」
「いや待ってこれ続くの?」
起きた。
起きた?
待って。朝起きた。
ちょっと。次は何をしたんだ。
とりあえず、インターネットのトップニュース。
何も起こってない。
普通。
普通の世界。滅亡したりもしてない。えっちな広告、普通に存在してる。執拗にわたしのネットサーフィンを阻んでくる。ということは、えっちなものも消え去ってない。
外出して、友達と遊ぶ約束。ここまで1回目と同じ。
「次は何を?」
「逆にした」
「逆?」
何が逆なのか。
お願いが逆なのか。
もしかして。
「わたしとあなたのえっちを消した?」
「消した」
たしかに逆だけども。
「どう?」
「どうって言われても」
何も変わらん。意味あるのかこれ。
「だめか」
「いや逆にしてうまくいくと思ったのか」
「思った。だめだった。あなた本当にえっちな気分とかないの?」
「無いよ。常に無い」
ちなみに、常にえっちな広告は出てくる。ターゲッティングなんちゃら。
「じゃあまたやりなおしか」
「素直にお願いすればいいじゃん。一緒になりたいって」
「それはだめよ」
「なんでよ」
「この、一緒になりたいって言っても、なんかこう、だめで、ああだめかぁってなる、こういうのが良いんでしょうが」
なんか、たしかに分からんでもない。恋愛漫画の妨害要素的な。そういうやつ。わからんでもないけども。
「さすがにその要素を摂取するために世界滅亡させるのは危険すぎるでしょ」
「いいでしょべつに。わたしの願いなんだから」
それ。その思考がもう魔王。わたしの願いなんだからなんでも叶えよ的な思考が、魔王のそれ。
「それよこせ」
「あっ」
「これ、こう、普通にお願いすればいいわけ?」
「そう」
こうか。
「ええと」
こいつが幸せになりますように。こんなんでいいでしょ。この魔王を救ってくれ。世界に影響を滅ぼさない、良い感じの方法で。
「えっ」
こわれた。
「待ってこわれた。どうしようこわれちゃった」
願いが叶うやつこわれちゃった。やばい。
「あっ。それ。壊れてもいいやつだから」
万能の願いが叶うやつが壊れてもいいのはわけわからんでしょ。アニメとかでも2クールぐらいかけてみんなで争奪戦やるレベルじゃないの、こういうなんでも願い叶う系のやつって。
「既に叶ってる願いとか、達成されているお願いを願うと、こわれるのよ」
「へぇ」
既に叶ってる願いとか、達成されている願い。
「え。いま幸せなの?」
「幸せ?」
魔王思考中。
「しあわせと言われれば、まぁ」
「すきなひとにてきとー言われてごねられてる、これが?」
うそでしょ。
「あっ、幸せになれってお願いしてくれたんだ。ありがとうございます」
「いえいえおかまいなく」
じゃ、なくて。
「しあわせなんだ。今が。まじか」
幸せのハードル低っ。
まぁ、いいか。願いが叶うやつは壊れたし。これで魔王が世界を滅亡させることもしばらくないでしょ、たぶん。安心して今日を進められる。
「じゃ、今日は何して遊ぼっか?」
「今日はねぇ」
魔王は今日も楽しそうです。
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