気が合わない許嫁同士だったはずなのに

結城芙由奈

気が合わない許嫁同士だったはずなのに 前編

七月某日、午前十時――

 


 今日は親が決めた許嫁との顔合わせの日だった。


私、子爵令嬢アメリア・ホワイトは憂鬱な気分で指定された公園に来ている。


「は〜……最っ悪」


公園のベンチに座り、日傘を差した私は本日三回目のため息をついた。

許嫁の子爵令息ニコル・ブラウンはまだ姿を現さない。


「何やってるのよ……女性を待たせるなんて、最低……」


ポツリとつぶやき、自分の着ている服を改めて見つめる。淡い水色の今流行りのフレアーワンピースドレスに同じく水色のシューズ。


とてもではないが、公園で待ち合わせをするようなドレスではない。


しかし、これは許嫁であるニコルが用意した服である。彼と会う日は絶対にその服を着るように父と母から命じられていたのだった。


「こんな服……まるでオペラハウスにでも行くようなドレスじゃないの」


現に私の今の服装は、はっきりいって周囲から浮きまくっていた。

公園を歩く人々は興味津々の視線を露に向けてくる。


「全く……もうすぐ約束の時間から三十分経つじゃないの……絶対に現れたら文句の一つでもいってやらなくちゃ……」


おまけに今日は日差しが強くて、気温も高い。本来であれば木陰のベンチに座りたかったけれども、全て人で埋まっている。

そこでやむを得ずカンカン照りなベンチに座り、会えば喧嘩ばかりの許嫁を待っているのであった。


「それにしても暑いわね……」


持っていた日傘を顔の前にかざした時――



「ひょっとして、アメリアか?」


真上から声が振ってきた。その声は……


「遅いじゃない! ニコル!」


日傘をずらし、顔を真上に向けると座ったままニコルに文句を言った。


「何で遅いんだよ! 俺はちゃんと時間通り十時にやってきただろう?」


「嘘よ! 待ち合わせ時間は午前九時半だったでしょう!?」


「いいや、それこそお前の聞き間違いだね。俺はちゃんと午前十時だと言いました!」


「な、何ですって……!」


この男……自分の非を認めないばかりか、私の聞き間違いにするなんて!


「大体公園で待ち合わせだって言うのに、何だよ。その格好は。まるでデートみたいな格好じゃないか」


「は〜ぁ〜あ!?」


デートみたい? 何、この男。言うにことかいて、デートみたいと言うなんて! これをデートと言わずして、何と言うのよ!

けれど、悔しいのでここはぐっと堪える私。

それなのに、ニコルの嫌味はまだ続く。


「それに何でこんな日差しの強いベンチに座って待ってるんだ? 他にもっと涼しい場所は無かったのかよ?」


そして腰に手をあて、ため息をついてきた。……もう我慢の限界だ。

勢いよくベンチから立ち上がると、私はニコルに詰め寄った。


「何よ! 元はと言えば遅刻してきたニコルが悪いんでしょう! それにこの服は……」


そこまで言いかけた時、暑さの為か頭がクラクラしてきた。


「あ……れ……?」


「お、おい!? アメリア……?」


困惑するニコルの顔を最後に、私は意識を失った――




****



「……む、しっかりしてくれよ……アメリア……」


何処かで必死で名前を呼ぶ声が聞こえてくる。何よ……人が折角気持ちよく眠っているのに起こそうとするのは……


「……目を開けてくれよ……頼むから……」


「う〜ん……うるさーい!」


パチリと目を開けると、私を真上から覗き込んでいるニコルの顔が飛び込んできた。


「え!? アメリア!?」


「きゃあ! な、何してるのよ!」


ドンッ! 


起き上がると、同時に両手でニコルを突き飛ばした。


「うわあっ!?」


思い切り背後に倒れ込むニコル。


「い、い、一体何なのよ……」


辺りを見渡し、自分が芝生の木陰で横たわっていることに気づいた。


「え? どうしてこんな場所で……?」


「いたたた……な、何だよ……本当に乱暴な女だな……」


芝生に倒れ込んだニコルが身体を起こす。


「何よ、人が意識を失っている最中に覗き込んだりするからでしょう?」


「そう、それだよ! 俺に文句を言っているときに、いきなり気を失ったのはお前だろう? だから慌てて木陰に移動させて休ませたんだよ! 水だってあげたんだからな!」


見ると、傍らには空き瓶が転がっていた。


「水……? 私、いつの間に水なんて飲んだのかしら……」


そして何気なく、ニコルを見ると何故か真っ赤になって顔をそむけてしまった。


「何よ? どうしたっていうのよ? ニコル」


「べ、別に何でも無い! それよりもあまり心配させるなよな!」


「何ですって? 元はと言えばニコルが待ち合わせに遅刻してきたからでしょう? それにね、この服はニコルが用意した服でしょう!? そんなことも忘れてしまったわけ!?」


「え……? 俺が……?」


ニコルはゆっくり振り向き、上から下までジロジロ私を見た。


「……言われてみれば確かに何処かで見たことがあるな……」


「何よ。その言い方は! あなたがプレゼントした服だから月に一度の顔合わせに合わせてわざわざ着てきたって言うのに……それを今日の待ち合わせに公園なんて指定してきたから周囲から浮きまくってしまったじゃないの!」


「だったら着てこなければ良かっただろう!? それに俺が今日、ここの公園を待ち合わせに指定したのは年に一度の屋外ステージで演劇が行われるからだったんだよ!」


「そうだったの? それじゃすぐに行かなくちゃ! どこでやっているの!」


「落ち着けよ、もう終わっちゃったんだから」


「え……? 嘘でしょう……?」


「嘘なものか。今の時間は午後一時。ちなみに屋外ステージは正午で終了したんだよ。つまりお前は三時間も気を失っていたんだよ。……ったく、心配かけさせて」


投げやりな態度のニコルにもう我慢出来なかった。


「な、な、何ですって……!」


元はと言えば、私が暑さで気を失ったのはニコルが待ち合わせ場所に公園を指定してきたことと、遅刻してきたことが原因だって言うのに?


「何だよ? 文句でもあるのか?」


腕組みするニコル。


「ええ! あるわ! 文句しか無いわよ! 私……もう帰るわ!」


踵を返し、公園の外に出る為に歩き始めたら慌ててニコルが追いかけてきた。


「おい! 何処へ行くんだよ!」


「帰るのよ! 今から辻馬車乗り場へ向かうのよ!」


「はぁ? 帰れるはず無いだろう! 大体、顔合わせの日は午後六時までは絶対帰宅するなって言われてるだろう? お前が帰ったら俺までとばっちり食うじゃないか!」


そうなのだ、ニコルとの顔合わせの日は両家の親から私達は午後六時になるまでは帰宅禁止という奇妙なルールを強いられていたのだ。

それは私たちの仲があまりにも悪いので、勝手に終わらせない為であった。


なので、この時間を過ぎるまでは家に帰っても私もニコルも入れて貰えないのである。


「う……うぅ~……」


あまりにも理不尽なルールに怒りを感じながらも、やむを得ず帰るのを諦めた。だったらひとりで何処かで時間を潰して……


「ほら、分かったら観念していくぞ」


背後からグイッと左腕をニコルに掴まれてしまった。


「ちょ、ちょっと! 何処へ連れて行くつもりよ!」


「パレードは終わってしまったんだし、どこかで食事でもしよう。もう飢え死にしそうなんだよ。誰かさんのせいでな」


くっ……相変わらず、何って嫌味な男なのだろう。けれど、私が気を失ったところを介抱してくれたのは確かなわけだし……。


「分かったわよ、それじゃ何処かで食事にしましょう」


「なら、早く行くぞ」


そしてニコルは私の左腕を掴んだままズンズン人混みを縫うように歩いていく。これではまるで連行されているようだ。


「ちょっと……腕を放してよ」


「駄目だ。はぐれたらどうするんだよ」


「え? ニコル……」


もしかして、私のことを心配して……?


けれど次の言葉で私は彼に失望する。


「はぐれたりしたら、お前のことだ。勝手に家に帰ってしまうだろう? さっきも言ったがとばっちりはごめんなんだよ」


「な、何ですって~! しないわよ! そんなこと!」


こうして私とニコルは口論しながら、雑踏の中を歩いた――




****



「ふ~美味かったな~この店」


向かい側の席に座ったニコルが満足そうにフォークを置いた。

彼が連れて来た店は最近オープンしたての流行りのパンケーキ専門店だった。


「ここへ連れて来られたときは、え~お昼にパンケーキ? なんて思っていたけど、甘くないメニューもあったのね。知らなかったわ」


「だろう? どうだ? 俺の情報能力は」


何故か偉そうなニコル。……まぁいいか。彼のお陰で一度は入ってみたいお店に来れたのだから。


「それにしても、よく入れたわよね。いつもこの店は満員で中々入れないお店で有名なのに」


「たまたまだろう? 俺の日頃の行いがいいからじゃないか」


「ふ~ん……行いねぇ……」


ニコルは私にバレていないと思っているのだろうか? このテーブルに案内されたときに、「御予約のお客様ですね」と言われていたのに。

本当に見栄っ張りな男だ。


「それで食事も済んだことだし、次はどうする? 俺たちが帰れるまでに後三時間近くもあるぞ?」


全く、そんなに早く帰りたいのだろうか? 折角少しはニコルを見直して、少しは楽しい気分になってきたところだったのに。


「そうねぇ、だったら別行動を取って十八時になったらお互い勝手に帰るのはどうかしら?」


「は……? 駄目だ! 何でお前は互いに勝手に帰るって言うんだ? そんなことさせられるはず無いだろう?」


私の言葉に何故か青くなるニコル。やっぱり私のことを心配して……?


「以前、お前を送らないで家に帰ったときに俺がどれだけ怒られたのか知らない

だろう? あのとき両親だけじゃなく、お前の両親からも怒られたんだからな? 冗談じゃない。あんな目に遭うのは二度とごめんなんだよ。だから帰りは送るからな」


「何よ、それ……」


何て男、酷い、最低だ。自分の身の保身のためだけに私を送るなんて……やっぱり少しでも見直した私が馬鹿だった。


「いいか、とにかく今日は時間まできっちり付き合ってもらうからな」


「分かったわよ!」


私はむしゃくしゃした気分で、すっかり生ぬるくなった紅茶を飲み干した――




****


「さてと……次は何処へ行くかな……」


一応? はぐれないように互いに手を繋いで町を歩く私達。私は隣を歩くニコルを盗み見する。


金色の髪に青い瞳。……悔しい程のイケメンぶりだ。5歳の時に許婚として紹介されたとき、私は彼に恋してしまった。いわゆる初恋というものだ。

まるで絵本の中の王子様のように思えたのに、彼は年齢を重ねるうちに段々と冷たくなっていき……当然険悪な関係になってしまったのだった。


将来は結婚するのに不仲な様子を心配した親達は、半ば強制的に私達が十六歳になった年に月に一度の顔合わせをするように命じ……二年経過し、十八歳になった今も忠実にその約束が守られている。


それにしても、こんなに私たちの仲は険悪なのに許婚であり続ける意味があるのだろうか?


本当はニコルは私のような黒髪で茶色の瞳という外見も地味でパッとしない許婚なんていやに決まっているだろう。

彼の口から「お前のような許婚はお断りだ」とはっきり言ってくれれば、父にお願いいして許婚の関係を解消してもらうのに……


「ん? 何だよ。さっきから人の顔じろじろ見て……減るだろう」


そしてニヤリと笑うニコル。


「減るって……何が?」


一体何のことだろう? そして次の言葉に私は切れることになる。


「俺の美貌が減るってことだ」


「はぁ~!? 何ですって! 別にあなたなんて見てないわよ! ほ、ほら! あの店を見ていたんだから!」


咄嗟にニコルの真横の店を指さした。


この男、やっぱり最低だ! 昔感じたときめきを返してもらいたい!


「へ~この店をねぇ……」


ニコルは店の方を向くと、眉をしかめた。


「何だ? この店……『魔女の店』って書いてあるぞ?」


「え? 魔女の店?」


何だか心くすぐられる名前の店だ。……よし、決めた!


「ニコル。私、この店に入りたいわ」


「はぁ? お前なぁ……こんな怪しい店に入りたいのかよ? 正気か?」


「正気も正気よ。文句があるなら一人で入るわよ。ニコルは別の店にでも行けば?」


「何言ってんだよ。はぐれたらまずいって言ってるだろう。……仕方ない。つきあってやるよ」


まるで上から目線的な言い方にカチンとしたが、この店にどうしても入りたかった私は口答えを我慢した。


「それじゃ、入りましょう」


こうして私は気乗りしないニコルを連れて『魔女の店』に足を踏み入れた――




「へ〜……店の内部は至って普通だな」


店の中はまるでログハウスのように床も壁も天井も全て木製だった。まるでいかにも魔女の店と言う雰囲気を醸し出している。


木製の棚には雑多に品物が売られている。ハーブティーやポプリ、水晶玉にレトロな鍵。おまけに干からびた小さな黒い物体は一体……?


「それにしても客が俺たちしかいないなんて、この店大丈夫か? しかも変な物が売ってるじゃないか?」


ニコルは小さな木の棒を持って振り回している。


「ちょ、ちょっと売り物なんだから乱暴に振り回したら……」


その時――


「いらっしゃいませ、お客様」


背後で驚くほど大きな声が聞こえ、私とニコルは同時に悲鳴を上げて互いにしがみついてしまった。


「おわあああぁつ!?」

「ヒッ!」


ちなみに最初に情けない声を上げたのがニコルである。


「おやおや、お客様を驚かしてしまったようですな? これはどうも失礼致しました」


紫色のローブを羽織った老婆は……ニヤリと不敵な笑みを浮かべた――















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