第27話 ホラーハウス

 二年A組の教室を丸ごと使用した洋風お化け屋敷「ホラーハウス」。机や椅子を排した教室は思いのほか広く、カーテンを閉め切った薄暗い教室内を衝立で仕切り、迷路を形成することで、非日常的な空間を演出している。


 細部の作り込みもかなりのもので、作り物の蜘蛛の巣は質感がやけにリアルだし、西洋風の人形はもう単純に存在感が怖い。また、限られた空間に演者を何人も配置出来ない事情や、狼男など演者で再現が難しい怪物を登場させるために、各所にゴーストや狼男をイラストで表現して配置している。作者の絵のタッチがなせる技か、これがなかなかに不気味だ。安全性に配慮して当然電池式だけど、薄暗い蝋燭ろうそくの明かりも良い味出している。


 とはいえ、あくまでもこれは文化祭の催し物に過ぎない。確かに昔の僕は怖がりだったけど、流石に高校生になってまで――。


「うわああああああああああ!」


 突然、首筋に風が吹いてきて、思わず飛び退いた。駆動音と人の気配がしたので、スタッフが手持ちの扇風機で風を送っているのだと直ぐに気付いたけど、いきなりは誰だってビックリするに決まって……。


「わー。気持ちいい風」


 隣の胡桃は文字通り涼しい顔で、恐怖演出を冷房器具ぐらいに受け止めている。確かに今日は十月にしては暑い日だけども、不意打ちを気持ちいい風の一言で済ませる胡桃は肝が据わりすぎだ。


「うおっ! びっくりした」

「わー。しゃれこうべ」


 突然頭上から頭蓋骨が降って来る演出で、再び頭の中が真っ白になる。胡桃に至ってはしゃれこうべ等と、通好みな表現を使う余裕っぷりだ。


「黎人。あんまりうるさいとホラーハウスに迷惑だよ?」

「いやいや、むしろホラーハウスのお客さんとしては僕の反応の方が百点じゃない? 胡桃は完全に博物館感覚だし」


 迷惑なのは百も承知だけど、脊髄反射なのでこればかりは仕方がない。胡桃は胡桃で、演出を冷静に分析する、ある意味で面倒なお客さんになっているし、仕掛けてくる側としては反応の良いお客さんと淡泊なお客さん、どちらが良いのだろうか?


「ふははははははははは! 貴様らの血を寄越せ!」

「ぎゃああああああ!」


 突然出現した何かの仮装をした演者に再び絶叫。咄嗟に胡桃の影に隠れてしまう。


「情けない声出さないの。愛しのヴァンパイアさんだよ」


 あっ、そうか。彼がヴァンパイアか。色白なメイクとか、長い二本の牙とか、襟を立てたマントとか、確かにそれっぽい。


「……アッ……エッ……ト」


 あれ? 度重なる絶叫で喉が枯れてる? 上手く質問出来ない。


「もう。叫び過ぎて黎人がゾンビみたいになってるじゃん。すみません。ヴァンパイア数の謎を解いて来たんですが、血の代わりにスタンプを押してもらえますか?」


 やだ、かっこいい! 胡桃が堂々とヴァンパイアに質問してくれた。


「まさか本当にやってくるとは。俺のところまでやってきたのは君達が初めてだ。ドーナツから頼まれてはいたけど、誰も来なくて。俺の出番はないかなと思ってたよ」


 ヴァンパイアが演技を止めて素の学生に戻っている。演技中はドスをきかせてたけど、地声は意外と高めなんですね。


「はい。先に新しい問題を渡しとくね。えっとスタンプスタンプと」


 胡桃に問題用紙を手渡すと、ヴァンパイア先輩は目隠しの黒い布を捲って、後ろの待機場所で鞄からスタンプを探し出した。前述の通り、自分の出番はなさそうだと思って完全に油断していたのだろう。しかし、スタンプを求めた僕らにも責任のはあるのだけど、ヴァンパイアが薄らと光が差し込む中で、背中を向けて鞄をゴソゴソしている姿は何ともシュールだ。


「あったあった。君らにスタンプを進呈しよう」


 暗がりだから押し慣れていないからか、あるいはその両方か。スタンプはしっかり二枠目には収まったけど、力加減の問題で滲んでしまっている。


「念のため聞きますけど、これって血じゃないですよね?」

「どうだろうね? ご想像にお任せするよ」


 もちろん僕だって冗談で聞いているけど、ヴァンパイア役として先輩の回答は完璧と言えるだろう。二年A組のホラーハウスが盛況なのも頷けるというものだ。

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