家族を失う~それでも支えられて魔王の運命に抗う~

ひとりぼっちになってしまった~母の思い受け取れず~




 母の葬儀と死体の埋葬が終わり、私は部屋で呆然としていた。

「アトリア様……お食事を取ってください、倒れてしまいますよ」

 セバスさんにそう言われるが食欲がわかない。

 食べる気が起きない。

 この四日間一口も水も血も食べ物も口にしていない。


 ひとりぼっちになってしまった。

 かあさん、かあさん。


 少し元気になったと思ったのに、あっという間に逝ってしまった。

 一人になった私はどうすればいい?


「アトリアというダンピールがいるのはここか?」

 知らない女性が入ってきた。

「私はレイナ・ゴート。グレン・ゴートの大叔母だ」

 グレンの大叔母を名乗る人物が入ってきた。

「お前と私はよく似ている、魔王にさせられそうになったのも、学生時代に肉親を亡くしたのも、な」

「……」

 でも、貴方には他に家族が居たでしょう。

「実はな、私がゴート家の一族だと分かったのは学園卒業後でな、だから肉親が亡くなった時は一人になってしまったと嘆いた」

「……」

 でも、貴方には恋人がいた。

「私には恋人がいた、と言いたげだな。そうだ、恋人のおかげで立ち直れた。お前は一人だと嘆いているが──」


「お前には婚約者が六人もいるではないか」


「……」

 でも、それは私の意思ではない。

「お前の意思は反映されてないが、お前の亡き母の意思は反映されているだろう」

「……!」

「お前が一人にならないように、お前の母は婚約を承諾したのだ。自分が長くないと悟って。私の父も似たようなものだ、私に恋人ができたと知ると安心したような顔をしてあっという間に亡くなってしまったよ」

「……」

「アトリア、お前は一人じゃない、婚約者達がいるだろう」

 確かに婚約者はいるでも──


 かあさんのかわりにはならない。


「死んだ母親の代わりにはならない、と思ってるだろう。そりゃあそうだ、なるわけがない」

 何でこの人は私の考えていることがわかるんだろう?

「そもそも死んだ者の代わりにする考えが違うのだ、今問おう。お前は魔王になりたいのか?」


 私は魔王に……

 魔王に……


「なりたくない……です」

「その心があるならいい、なりたいと答えられたらどうしようと思ったぞ」

 レイナさんはそう言って苦笑した。

「まずは魔王にならないために、今の環境を変えよう。今のお前では魔の者に籠絡させられてしまう」

「……」

「と言うことでだ」


「入ってこい、盆暗共」


「仮にもアルフォンス殿下いるのに一纏めにするのは辞めていただきたい」

「事実だろう」

 レオンが苦虫を噛み潰した顔で言うと、レイナさんは鼻で笑った。

「彼女の言う通りだレオン、私達はこの四日間、何も出来なかった盆暗だよ」

 アルフォンス殿下がため息をつく。

「グレン良く呼んでくれたね」

「俺達は後で大叔母に説教喰らう羽目になるがな、その覚悟で呼んだ。大叔母は手厳しいぞ」

「よく分かってるなグレン、さぁアトリア。まずは立って食事をしよう」

 レイナさんに手をつかまれ立ち上がらせられるとそのまま引きずるように食堂へ連れて行かれた。

 そして料理を目にすると、きゅうとお腹がなった。

「お腹が減っているんだ、さぁ食べなさい」


 スープを口にする。

 味がしない。

 サラダも口にする。

 味がしない。

 肉を口にする。

 味がしない。


「味が……しません……」

「ショックで味覚障害になっているのだろう、私もそうだった。しばらくすれば戻ると信じて食べなさい」

「……はい」

 私はなんとか料理を食べ終えた。

「よく頑張った……さて、アルフォンス殿下」

「何でしょうか?」

「私もしばらくここに滞在する、この子が心配だ」

「分かりました、セバス職員に話をつけてきてくれ」

「畏まりました」

「それと、盆暗共そこに集まれ、説教だ。アトリアは少し部屋に戻っていなさい、何かあったら──」

 ブザーっぽいものを持たされる。

「そのボタンを押しなさい」

「はい……」

 私はのろのろと部屋へ戻っていった。

 今までの疲労が出てきたのか、ベッドに横になり目を閉じた。



 夢を見た。

 母が私の頭を撫でている夢。

『アトリア、幸せにおなりなさい』

 何度もそう繰り返す夢を──



「……」

 目を覚ますと朝になっていた。

 私はベッドから起き上がり、食堂へ向かう。

「や、やぁアトリア、おはようございます……」

「おう……アトリア、おはよう……」

「……アトリア、おはよう……」

「ああ、アトリア……おはようございます……」

「アトリア……おはようございます……」

「あ、アトリア……おはようございます……」

「……?」

 げっそりとしている六人に、私は首をかしげる。

「ああ、おはようアトリア。此奴らの駄目っぷりに頭が来て少々長い説教をしたらこの様だ」

「は、はぁ……」

「一人にしておくべき時と一人にしておくべきでは無い時が分かっておらん」

 レイナさんは不機嫌そうに言った。

「一日くらいは一人にしておくべきだ、だが食事も取らずにいるのであれば二日目くらいからは声をよりかけ、接しようとするべきだ。言葉が返ってこなくとも」

「……レイナさんも、そうだったんですか?」

「まぁな」

 レイナさんはそう言って、私の頭を撫でた。

「アトリア、お前にはこれからも困難が待ち受けるだろう、そのときは遠慮無くこの六人を使え」

「レイナさん……」

「お前の心が安らぐ日まで側に居よう、六人が頼りにならないなら私に言うといい」

「はい……」

 私は小さく頷いた。


 講義に五日分出ていなかったから、休日は六人に手伝って貰い遅れを取り戻すのに必死だった。

 勉強に必死になることで現状から逃げようとしていたんだと思う。


 そして休日が終わり、講義がまた再開する。

 今まで以上に講義に集中した。

 辛い感情を忘れたかったからだ。



 講義が終わると、一人中庭でぼんやりとしていた。

『そんなにぼんやりしていては危険ですよ?』

 頭に響く声にはっとし、周囲を見渡す。

 誰も居ないと思って振り返ると、ヴァイエンが居た。

「⁈」

「お可哀想に、父を殺した相手はのうのうと生きているのに、母君は亡くなられて」

 その一言に心がぶわっと憎悪に満たされる。

「ああ、ああ、貴方こそやはり魔王にふさわしい」

「……断る」

 距離を取り、レイナさんから貰ったブザーらしきものを押して見た。


 何か音が響く。


「ぐがああああああ⁈」

「⁈」

 ヴァイエンは苦しみもがき始めた。

「何故聖音せいおんがそんなものから鳴り響くのだ‼ 頭が、頭が割れる‼」

「そのまま割れてしまえ、魔の者が」

 いつの間にかやってきたレイナさんに、私は驚く。

「レイナ・ゴート‼」

「久しぶりだなヴァイエン。お前には学生時代散々な目に遭わされかけたからな、これ位しても許されるだろう?」

「ぐぅうう……‼」

 ヴァイエンは苦鳴を上げながら、その場から姿を消した。

「おいこら待ちやがれ、この糞野郎! 私は貴様にやり返したい事がたくさんあるんだぞ逃げるな‼」

 レイナさんが居なくなったヴァイエンに暴言を吐く。

 吐き終わると、私を見て抱きしめた。

「よく辛いのに、耐えたな。偉いぞ」

 頭を撫でられて優しくされ、私は腕の中でボロボロと涙をこぼした──






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