05 情報を開示せよ
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
食事を終えると、
そのままキッチンに運び、お皿洗いまでやってくれたりしている。
私がお願いするでもなく彼女の方から自主的に。
意外すぎる。
手際も良さそうでテキパキと食器にフライパンなんかも洗っている。
なるほど、手慣れているのはよく分かった。
だが、しかし……。
雛乃のお皿洗いが終わって居間に戻ってきたタイミングで私は声を掛ける。
「お皿、洗ってくれてありがとう」
「ん-ん、これくらいは当たり前でしょ」
当然かのように振る舞う雛乃。
私はこほんと咳ばらいを一つする。
「ちょっと、座りなさい」
「うん、座るけど」
私なりに改まった空気を出したつもりなのだが、雛乃は小首を傾げて“そりゃ座るよ?”みたいな空気でペタンと膝を折った。
ローテーブルを挟んで、私達は向かい合う。
何はともあれ、話し合わなきゃいけない事がある。
「どのくらい、ここにいるつもり?」
朝は出勤時間に追われてしまって色々と有耶無耶になってしまったが、私はこの少女のことを何も知らない。
ここに至る経緯も、その展望も。
改めて、その辺をはっきりとさせておく必要がある。
「ずっと?」
抽象的な期間の上にクエスチョンマークで更に不明瞭……!
家事を見てしっかり者かと感心しそうになったが、やはり10代。
勢いだけの感性を感じる。
「あんた学生でしょ、学校はどうするの?」
雛乃の制服に見覚えはない。
この土地周辺の学校ではないのだろう。
「まあ、これから夏休みだし」
……夏休み期間中の逃避行ということか?
「夏休みが終わったら帰るってことね?」
「それはどうかなぁ」
あ、帰る気ないぞこいつ。
「親御さんは、心配してるでしょ」
「ないない、そんな心配してないって」
あははー、とあっけらかんと雛乃は笑って手を振る。
何がおかしいか分からないが、それは有り得ないと雛乃は断言する。
両親が心配をしているという真実があっても、家出少女が自ら打ち明けたりはしないか。
「ほんとかよ」
「親にはちゃんと“あたし、この家を出ていくから”って宣言したけど、何も言われなかったし」
まあ……仮にそれが本当なら、無関心な両親なことには違いないだろうけど。
私にとってみれば悲報でしかない。
「なんでそんなことしたの?」
家を出るなんて、相当な理由がないと実行しないと思うのだけれど。
「家族ってウザいじゃん?」
「……それだけ?」
「それ以上の理由いる?」
……短絡的すぎる。
いや、実はもっと深い理由があってそれを隠そうとしているのかもしれない。
でも案外、本当にウザいだけなんじゃないかという気もする。
人を見た目で判断するのは良くないが、それだけで行動できるのも若さだろうしなぁ……。
判断に困る。
「これまではどうやって生活してたのよ」
まあ、察するにこうやって誰かの家に転がり込んでいたんだろうけど……。
「昨日が初日だから」
「……なるほど」
どうやら雛乃の家出初日に出会ってしまったのが私らしい。
なんていう引き。
運が良いのか悪いのか。
いや、悪いに決まってるんだけど。
「てか、あたしも聞いていい?」
「え、うん、いいけど」
こちらが根掘り葉掘り聞いたせいか、雛乃も気になる事があるようで口を開く。
「
「ぶふっ!!」
思わずテーブルに突っ伏す。
思わぬカウンターに息が詰まってしまった。
いや、まあ状況を考えれば当然の疑問かもしれないのだけど……。
「な、なんでそう思うのかな……?」
「いや、昨日の夜、家に泊めてもらうのに誰に声掛けよっかなぁて考えるじゃん?まあ、普通に男の人を見てたらね……」
家出先を選ぶ状況は特異だから、形容詞に普通はおかしいのだが。
まあ、そんな細かいことは置いておこう。
ていうか、そんなことツッコんでる場合じゃない。
「“お姉ちゃん可愛いね”って近づいて来る人がいてさ」
痛い、痛い……頭の奥が痛い。
なんだその典型的なエロオヤジみたいなセリフ……。
会話の流れとしてどう考えても私なのだが、私ではないと思いたい。
だってそんなことした記憶ないし。
「酔ってるOLさんらしき人が、あたしのことジロジロ見て来てね?」
「へえ……」
けらけらと楽しそうに笑っているが、こっちは全く笑えない。
まさかの未成年に私から声を掛けたのか。
私は犯罪者予備軍だったのか……いや、もう実行犯か。
「で、まあ、今に至る感じ?」
雛乃を抱いて、家に泊めることになったと。
他人事としか思えない内容だ。
「酔いすぎてしまったようね」
全てを泥酔のせいにしてしまう。
完全にダメ人間のそれだが、今の私にそれ以外の逃げ道が見つからない。
「で、女子が好きなの?」
しかし、雛乃は質問を続ける。
非常に答えたくない内容である。
「それともJK専門とか?」
「私の変態性を勝手に上げるなっ。そうだよ、私は女性が好きなのっ」
更に捻じ曲がった誤解を受けそうなので、仕方なく打ち明ける。
いや、誤解と言うには状況が歪すぎるので真実味を帯びてしまっているが、私は決して女子高生にしか興奮しないとか、そういう危ない人物ではない。
ただ、恋愛対象が同性というだけである。
「年下好き?」
「ねえよ、そんなこだわりねえよ」
ただ女性が好きなだけの、冴えない独身だ。
「へえ……。単純に、あたしが好みだった?」
雛乃は視線を真っすぐに私にぶつけてくる。
こいつ……。
よくまあ、こんなむず痒い会話を続けようとするな。
もういいでしょ。
「酔った時の私には、そう見えたんだろうね」
「あ、なにそれ。今は違うみたいな」
確かに見た目は好みだけど。
それでも、女子高生相手に手を出すわけにはいかない。
いや、手遅れなのは理解してるんだけど……。
でも、理性が止めているのだから絶対にもうしない。
「昨夜の酔った私はどうかしてたの」
「でも、女子が好きなんでしょ?」
「だからって、誰でも好きになるって意味じゃないから」
「あたしにして欲しい事とか、あるんじゃない?」
それはきっと、雛乃を抱くことを指しているのだろう。
しかし、私が雛乃に望んでいることは別にある。
「あるよ」
「ほら、あるじゃん」
「大人しく家に帰りなさい」
期待したものとは違うであろう答えに、雛乃は目を見開く。
ぷくっと頬を膨らませた。
「帰らない、ここにいるからっ」
「……」
しかし、そうもいかないだろう。
少なくとも夏休みの間は良しとしても、それから先は問題だ。
彼女の人生のこともあるし、他人の家に上がり込むというのも健全ではない。
この夏休み期間の間に、彼女を説得し家に帰ってもらう。
大丈夫、気分で動く子なのだ。
きっとその内、私に嫌気を差すだろうし。
何だったらホームシックにもなるかもしれない。
時間を置いて、様子を伺うとしよう。
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