第20話

堕落勇者の立ち上がり

第20話「堕落勇者の立ち上がり」


アルスは城内を走り回っていた。客室の一つ一つを隈なく探し、厨房や食堂などの部屋も欠かさずに捜索した。だがリリアの姿は何処にも無く困り果てる。


「早く帰りたいのになぁ」


そうボヤいてるとある場所を探していないことに気付く。そこはアルスやラックのギフト・ソードが置かれていた武器庫だ。

リリアが持って来たので誰も位置を知らない、何処かに秘密の通路でもあるのかもしれないと思い心当たりが無いか脳内を探る。


「あ!玉座の間!」


そう、アルスはまさかそんなとこにはいないだろうと思い玉座の間は探していなかったのだ。だが他の部屋に居なかった以上そこにいるはずだ。

歩いてきた道を辿り玉座の間へと戻る。再び大きな扉を開いた。


「来たな...ん?一人じゃねぇか」


前勇者が疑問をぶつける。リリアが何処にもいなく玉座の間は探していないことを説明した。


「でも見た所いないぞ?」


「恐らくですが隠し通路的な奴があると...」


アルスが言いかけた所で猫騎士が遮った。


「こちらだ」


猫騎士は玉座の付近に立っている。アルスはそこに通路があるのだろうと察し近寄る。猫騎士は玉座を思い切り蹴飛ばした。すると玉座があった場所に小さな通路がある。


「これは?」


「行くと良い」


「...分かった」


アルスは幅ギリギリの通路へと入って行った。

窮屈で暗い道をひたすら壁沿いに伝っていると段々感覚が無くなって行く、次第に圧迫感からか息も荒れ始めた。

息を切らしながらただ道を進む、数百秒歩いたところで壁にぶつかった。目を凝らすとどうやら扉になっている様だ、アルスはやっと狭い道から出れると喜びながら扉を開けた。


「なん..で..」


その部屋には闇商人により売買された数十本にも渡るギフト・ソードと絶望と言う表情が一番よく似合う顔をしたリリアがいた。

アルスは息を整えてからランプに火を灯す。そしてリリアが無事だった事を確認してから口を開く。


「久しぶり」


「...」


リリアは俯いて顔も見せない。だがアルスは気にとめず話し続ける。


「五年ぶりだね」


「...」


「終わったよ?だから一緒に帰ろう。今帰ったなら何とかなるよ、人国に居ても追い出されたりは...」


「なんで来たの」


リリアは口を開いた。だがその言葉は歓迎や感謝の言葉などでは無くアルスを突き放す言葉だった。

アルスもそんな言い方になってしまう気持ちは分かる、人間だと偽って旅をして挙句の果てには魔王討伐には参加せず魔王城で隠れていたのだ。そんな奴を何故助けに来て怒りもせず共に帰ろうと言えるのか、分からないのだろう。


「魔王を倒したんでしょ、だったら帰ればいいじゃん」


「何言ってるの、僕の目的は魔王討伐なんかじゃなくてリリア奪還だ」


「私は行かない。黒髪の子は連れて行ってあげて、私の..元妹だから」


「元?」


「今のあの子はあの子じゃない。でも助けてあげたいから、連れて行って」


「分かったよ。じゃあリリアも」


アルスがリリアの腕を掴み立ち上がらせようとする、だがリリアはアルスの手を跳ね除け部屋全体に響き渡る大きな声で言う。


「私は行かない!!行けないの!!」


「ねぇリリア」


「なに...」


「だったら僕はここに住むよ」


「そんな事しなくていい」


「でも僕は一緒に...」


「いいって言ってるでしょ!!...私とあなたは一緒に居てはいけないの...」


まるで何か理由があるとでも言いだしそうだ。だがアルスは折れずに一緒にいると言って聞かない、リリアは何も言わず頭の中である決心をした。

そして俯いたまま立ち上がり服を少したぐった。


「文..様?」


リリアの腹部には禍々しい文様が浮かび上がっていた。アルスは何処かで見た事があると記憶を探る、そして約十年前の記憶が呼び起された。

その当時アルスは本を読むぐらいしかやる事が無かった、そして偶々置いてあった『勇者と魔王』と言う本を読んでいたのだ。そして後半の魔王の欄に特徴が書いてあったのだ。


「魔王の..証」


「そう、勇者の赤髪みたいな物。魔王の刻印、これがある子供が魔王と呼ばれる」


「なんでリリアに..」


「分かるでしょ。私が、魔王なの」


アルスは混乱する。だって少し前に二回の死を経て魔王を倒したはずだ、そしてその魔王にも刻印があったのは剣を刺す時に少し見えたので確認している。となると一世代に魔王が二人いる事になってしまう、だが文献を見ていた限りそんな事は一度も無かった。


「どういう事?状況が良く掴めない...」


「魔王が二人いるってだけ、アルスが倒した子はよく分からないの。私が先に魔王として生まれたはずなのに二人目の魔王として生まれて来ていた。メルトを引き渡した時には既に知ってたっぽかったから私は魔王として動かないで人国に行った、それだけの話」


「じゃあリリアも魔王なんだ」


「そう、だから一緒には...」


「関係無いよ」


「え?」


リリアは衝動的に顔を上げた。五年ぶりにみるアルスはとても成長していて面影はあるがほぼ別人だ、そしてアルスは優しく微笑みながらリリアを説得する。


「僕は魔王を倒してアビリティが無くなった、それすなわち勇者ではないって事だ。だから魔王、いやリリアと一緒にいても問題は無い!」


見た目は変わったが内側は五年前のアルスそっくりだ。リリアは懐かしみながらも共に過ごす事は断る、アルスが何故か訊ねると神妙な面持ちで心の内を話してくれた。


「怖いの、人間が。人国に行ってアルスを探している時に実感した、人間は魔人を敵としか思っていない。だから人国にいるのも怖い、でも何もしなくても魔王として殺される。だから私に逃げ場は無い。一人で死ぬの、だから...」


「だったら僕も一緒に死ぬよ」


「..はぁ?」


「僕も一緒に死ぬ。正直僕は人国に行きたくない。僕が死ぬことによって部下の三人が引き立てられる、そうすれば魔人の誤解も解けやすくなるでしょ?だから一緒に魔王国で死ぬよ」


「...なんで...何でわかってくれないの!?私はアルスに生きていてほしいの!!なんで...」


「僕はリリアと一緒に居たい。ラックとゴドルフィンは死んだ、五人の中で残ってるのは僕とバリゲッドとリリアだけだ。そしてバリゲッドは前勇者と魔人の誤解を解く気だ。そしてその活動に僕は不要だ、寧ろ死んだ方が楽になるだろう。だったら一緒に死ぬ、リリアと一緒に居させて、最後まで」


「...」


「バリゲッドは成長した。恐らく僕らの事なんて眼中にない、平和を願っている。だけど僕は成長なんてしていない、ずっとみんな縋っている。それはやめられないんだ。でももう二人は居なくなっちゃった、だからさ、縋らせてよ。最後まで、リリアに」


アルスは満面の笑みでリリアに手を差し伸べた。初めて出会った五年前はリリアの方が手を差し伸べていた、だが今はアルスが手を差し伸べている。リリアは何も考えなかった、ただ縋るように、引き付けるように、絡みつくように、手を握った。


「ホントに、死ねる?」


「うん。僕はもう、逃げたりしないさ」


リリアはアルスの成長を自分の事の様に思ってしまう、嬉しくもあり過去にはもう戻れない事に悲しくもある。だがもうゴールは寸前だ、今すぐゴールテープを切ってしまっても良い。だがまだ足りない、確認していない。


「じゃあさ、一つ提案」


「?」


「本気で戦おう。もう死ぬとしても、私はアルスの成長を見たい。見せてほしい」


「良いよ、でもギフト・ソードはあの子に上げちゃったからこっちしかないよ」


アルスはそう言いながら五年前にガリキガラクの村長に打ってもらった剣を抜いた。


「うん。むしろそっちの方が嬉しいよ、思い出の剣だから」


リリアは杖を手に取った。


「じゃあ本気で戦おう。私は負けないよ!」


「それは僕の台詞だ!」


その言葉を境に最終戦闘が幕を下ろした。

アルスは踏み込みながら剣を振る。だがリリアは完璧な身のこなしで回避を成功させた、そして休む暇も無く魔法を連発する。


『マンハッタン』

『チャグニウスアルベッタ』


念力や炎がアルスに襲い掛かる、だがアルスも残っている身体能力で交わした。そしてリリアの元に再び詰め寄る。まず攻撃手段の魔法を奪おうと杖に剣を振るったその時リリアはニヤッと笑いながら一言言い放つ。


「まだまだ手の内はあるよ!」


『アヘクレン・ジンダリティ・ノヴァ』

『ファリスラピッド』


その瞬間部屋全体に大きな爆発が起きた。リリアは『ファリスラピッド』と言う発動者の周囲を護ると言う魔法を使って防いだ。だがアルスにそんな術は無く大人しく爆発を受けるしかない、だがそこはアルスと言うべきか物凄いスピードで剣を振る事によって爆発の衝撃さえも斬ってしまった。


「うっそでしょ!」


人間離れの行動にリリアは驚愕する。アルスは動きが止まっているリリアに向けて剣を振りかざした、リリアは杖で剣を受け止める。


「硬い!」


「結構特殊な素材だからね!」


リリアは剣を受け止めたまま再び魔法を唱える。


『アヘクレン・ジンダリティ・ノヴァ』


アルスは先程と同じ戦法でダメージを抑えようとした、だが本気のリリアが防がれた手を再度使用するはずもなく少し違った手法で攻めてきているのだ。


『チャグニウスアルベッタ』


爆発で視界を奪って炎を発生させる魔法を確実に当てようと言う戦法だ。だがアルスには通用しない、アルスは爆発はそのまま受けた。そして炎は交わした。炎は当たってしまうと燃え続け消化する暇は無くジワジワとダメージを受け続ける、だが爆発なら超人アルスにとっては一時の痛みだけで済むのだ。


「残念、狙いはそこじゃない」


リリアの声が真下からから聞こえてくる。それと同時に体が浮いた感覚と背中に強い痛みを感じる。どうやらアルスの強靭な体を無理矢理押し込み天井を掘っているようだ。狭い場所だと魔法によって自分もダメージを受けるので早く広い場所に出たかったのだろう、アルスも同じ気持ちで剣が振りにくくてしょうがなかったので正直嬉しかった。

そして地下から一階に上がった。そこは玉座の間で飛び出してきた二人に思考が追い付かない。そもそも何故二人が争っているのかも分からない。だが二人は真剣に戦っているので水を差す気にはならない、と言うか既に二人の姿は無くなっていた。

アルスは更に天井を掘り進めて行く、行く事の無かった三階に到達したところでされるがままの状態を抜け出し本気の戦闘を再開した。


『ヤグルマジェニスタン』


その瞬間掘り進めたことによって発生した瓦礫がれきが宙を舞い一斉にアルスに向かって放たれた。スピードや方向は様々で対応しきれる数でもない、アルスはどうするべきか一瞬で思考を巡らせた。


「ならこうするしかないか」


アルスは前方の瓦礫だけを斬って進む、左右と後方の瓦礫は無視してリリアとの距離を詰め始めたのだ。だがリリアは冷静にある魔法を唱えた。


『ファストバインド』


するとリリアの背中に美しい羽が生えた。そして空中に浮遊しアルスの攻撃の手から逃れた。だがアルスはもう立ち止まってはいられない、今までに出したことのない程の力を足に込め地面を踏み跳んだ。

床が抜け下からは待っている奴らの驚く声が聞こえてくる。


「これなら勝てる」


アルスは呟きながら剣を振ろうと予備動作を起こす。だがそれが間違いだった、リリアはこの時を待っていたと言わんばかりに最大級の爆発を起こす。


『アヘクレン・ジンダリティ・ノヴァ』


アルスはその瞬間あることに気付いた。そう、逃げ場がない。空中かつ何か踏み台に出来る物も無い、そして目の前では自爆覚悟で至近距離からの爆発魔法。


「勝った!」


「いや、まだだ」


アルスは空中で反転した、すると当然瓦礫達がぶつかって来る。だが避ける事はしなかった。その行動によって何が起こるか、答えは簡単。バリアが出来る。アルスの全方向に岩のバリアが出来たのだ。

爆発の衝撃はその岩たちに吸収された。リリアは次の攻撃を行おうとしていた。


「僕の、勝ちだ」


その声が聞こえると共に煙の中からアルスが剣を向けながら現れた。そしてリリアの胸元でピタリと止めた。


「つよぉ...」


リリアは負けを認めた。それと同時に羽の魔法を解除し地面に降り立った、アルスも綺麗に着地を決める。そして何故勢いを付けて突っ込んでこれたのかを訊ねる、アルスは爆発で小さくなった瓦礫達を踏んで突っ込んだと説明した。


「やっぱ無理か...やっぱ弱いなぁ..もっと力があれば...」


「リリアにはいらないでしょ」


「そうだけどさぁ、折角なら強くありたいじゃん」


「そうだね」


「まぁ..もう終わりだけど」


リリアは服に着いた汚れを払う、そしてアルスの服に着いた汚れも出来るだけ落とした。死ぬ為の準備だ、死ぬなら綺麗な状態で死にたいのだ。


「じゃあ私が『マンハッタン』でアルスの心臓を貫くね」


「分かった。僕はリリアに剣を刺せば良いよね」


「うん。もう体力も限界だし、早く終わらせよう」


リリアはアルスの正面に立ち心臓の部分に杖を突き立てる、アルスも同じく正面に立ちリリアの胸部に剣を突き立てた。


「じゃあ、一緒に...」


リリアが言いかけた瞬間邪魔が入る。ボロボロのその部屋の扉にある人物が立っている。


「待って!!!お姉ちゃん!!!」


メルトだ。リリアは妹の面を被った別人が来たとしか思っていなかった。だからさっさと何処かに行くよう言い聞かせようとメルトの方を向く。


「あなた...は..メル...ト」


顔で分かるのだ、今のメルトは仮面を被っていたニセモノでは無く本物の、幼少期を共に過ごした妹だ。リリアはどう言う事か分からなかった。だが妹が元に戻った事だけは理解できる。


「元に戻ったんだ」


「うん。だから一緒に帰ろう」


「ごめんね、それは無理」


「え?」


「私は今ここで死ぬ、だからもう行っても大丈夫だよ。むしろ何処かに行って、最後に見るのがメルトの顔だとお姉ちゃん安らかに死ねないよ」


「なんで!助かるんだよ!?今、人国に行けば!」


「ごめんね..無理なの...私のせいでラックとゴドルフィンは死んだ...その罪悪感が胸を締め付けるの...どうやっても...本当に..ごめんね...だけどもう、私は死ぬの。アルスと、一緒に」


そんな言葉を放たれたメルトは感情が整理できなくなってしまいフリーズする。すると背後に一人の男が現れる。


「お前も、死ぬのか」


前勇者だ。その問いには答えなかった。


「俺は好きにしろとしか思わない、ただ次の勇者はどうするんだ。お前みたいに弱かったら...」


「あなたが頑張ってください、僕もあなたのおかげで魔王を倒せたんですから」


「はぁ..しょうがない奴だな..分かった。次の勇者は俺が責任を持って鍛え上げてやろう、まぁその前に和解したい所だがな」


「頑張ってください。そして僕の死は何とでも言ってください、共存が見込めるのならどんな死に方にされても本望です」


「了解、バリゲッドに伝えといてやるよ」


「ありがとうございます」


「じゃあ俺らは行く、ラックとゴドルフィンは置いて行く。あいつらも華々しく散れて良かったと思う...最後の言葉、送ってやるよ。カッコよかったぜ!俺の息子!」


「ありがとうございます、お父さん」


前勇者にとってはアルスは息子のようなものだった、ほんの少ししか共には過ごさなかった。だが親のいないアルスにほんの少しでも家族と言う物の暖かさを感じてもらえた、それだけで充分だったのだ。

前勇者はメルトを抱きかかえ一階に降りて行った。


「じゃあ、やろう」


「うん!」


二人は何も話さなかった。心で通じ合っているのだ、そして同時タイミングで行動する。


『マンハッタン』


その声が聞こえた瞬間二人の心臓に衝撃が走った。そして感じた事のない痛みが生じる、二人はよろめき壁に寄りかかる。


「痛い...よ」


「うん...」


「でも..これで..良かった..」


「僕も..だ...」


二人は見つめ合いながら手を重ねる、そして力が抜けて行く。顔を寄せ合う、二人共笑顔で。次第に意識が朦朧としてくる、死が近付いて来ているのだ。だが怖くは無い、終わりだと分かっていても。怖くは無いのだ。


「ずっと..一緒だよ」


最後はリリアの一言だった。アルスは声が出ず少し頷く事しか出来なかった、だがリリアには気持ちが伝わった。


とても幸せな最期だった、最高潮だった


こんな人生も悪くは無いかもしれない


すべておわりだ


これにて終わりを迎えたのだった、[勇者-アルス・ラングレット]の人生譚は。



二人は同時に息を引き取った



第20話「堕落勇者の立ち上がり」

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