第14話

堕落勇者の立ち上がり

第14話「メルト・スギラウェンド」


八歳、幼少期のメルトは過酷な日々を送っていた。ろくに食料も無く病原菌が蔓延している地域、いわばスラムの様な場所でリリアと二人で暮らしていた。

魔人でギフト・ソードを所持している者は人国で言う勇者一行レベルで尊敬の眼差しを向けられていた。そして姉妹揃ってギフト・ソードを持っていたので神の子と称されていた。

ただリリアに比べて体が弱く日々様々な病気に罹っては治り、罹っては治りを繰り返していた。親は小さなときに病気で亡くなりずっと二人だった。


「メルトーーー!!!」


小さなリリアが興奮気味に家に入って来る、病気に罹っていて横になっていたメルトは凄く嫌そうな顔をしながら何があったのか訊ねる。


「何か..あったの?..お姉ちゃん..」


「私回復魔法マスターしたよ!!だからメルトの病気も...」


そう言いかけた所でメルトがむせ出した。リリアはすぐに駆け寄り背中を擦る。次第に口を抑えていたメルトの手が生温かくなって来る、気になって口から離し見てみると手は真っ赤になっていた。血を吐いていたのだ。


「血!?」


「大丈夫!!私が治すよ!!」


リリアは杖をかざし目を閉じ絶対に嚙まないよう冷静に詠唱を行う。


『ヒール・アメイジング』


その瞬間メルトの不調がみるみる治った。効果を実感したメルトはリリアを褒め称える、リリアはこの為に魔法を練習していたので努力が報われた気がして嬉しくなってしまいメルトを抱きしめる。

メルトも嬉しくなって久々に元気一杯の声で感謝する。


「えへへ..私はお姉さんだからね!!」


「うん!ありがとう!」


その後はまともに出来ていなかった会話をしたりずっと家に引きこもっていたメルトを外に出して日が暮れるまで遊び呆けていた。

暗い中少女が二人で遊んでいるのは危ないので家に帰る事になった。家と言っても瓦礫を取って付けただけのゴミ小屋だ。だが神の子と言われるだけあって優遇はされている、普通の魔人は家なんて作ろうものなら略奪されてしまう。だが二人は平穏に暮らせているので充分良い生活を送れていた。

そして分岐点がやって来たのはそこから二年後、メルトが十歳、リリアが十一歳になった時だ。回復魔法を使っていたおかげで特に何も無い生活を過ごしていた、そんなある日の昼頃だ。


「やぁ!!!!」


二人は大きな声に驚き硬直する。すると声の主が動かない二人を不思議に思い顔を覗き込んで来た。勿論魔王だ、数年後と全く変わっていない容姿だ。


「あ、あなたは?」


「我は魔王だ!!!!」


「え?」


「魔お...」


メルトが口を塞いだ。そして小さな声で話すよう注意してから家に連れ込んだ。そして椅子に座らせてから話を聞く。


「我は魔王だ。そして勇者を殺したい、その為にお前らを仲間にしたい」


「いや..そうは言うけど魔王がいたなんて知らなかったんだけど」


「あぁ、秘密にしているからな。勇者も公に出ていないらしいから今の内に戦力を底上げする」


「はぁ、それで私たちを?」


「そういう事だ。神の子、なんだろ」


メルトは凄く嬉しそうだ。だがリリアは何も言わずずっと悩んでいる、メルトがどうしたのか聞くが何も言わない。

そして魔王が訊ねると思い口をゆっくりと開き震える声である提案を持ち掛けた。


「メルトは行かせてあげてください..ですが私は行きません」


「お姉ちゃん!?」


「私は人国に行く、直接勇者と話したい」


「お姉ちゃん!!」


「我は良いと思うぞ、少なくとも我に止める権利は無い。行くと良い、何か欲しい物があれば渡してやるぞ」


「なら..少しだけ人国の通貨を」


「うむ、良いだろう」


魔王は懐から小袋に入った金貨を二十枚渡した。リリアは感謝してから身支度を始める、メルトは展開の速さに付いていけずあたふたしている。

そしてリリアは余所行きの服に着替え杖を持ち、少量の荷物を抱えた。メルトは本当に離れる事になるとは実感が湧かず何も言えない。


「後この子は体が弱く色々な病気に罹りがちなので回復魔法で治してあげてください」


「分かった。絶対の安全を約束しよう、勇者が来る時までは」


「よろしくお願いします。もういつ始まるか分からない、私は今から行きます」


「気を付けるんだぞ」


「私たちは擬態型なので大丈夫ですよ」


「それならいいんだがな」


「それでは任せました。また会いましょう」


リリアは家を出て行く、メルトはずっと固まっていたが家から出て行ったことで時間が湧いてきた。すぐに立ち上がり飛び出す、リリアは振り向かずカリアストロの国境線渓谷に向かいどんどん歩いて行く。

メルトは声が出ない、何と言っていいのか分からないのだ。だが何か言わなくちゃいけないとは分かっている。ひとまず引き留めようとする。


「お姉ちゃん!!」


「...」


リリアは数秒だけ動きを止めたが何も言わず歩き出してしまった。もう何を言っても聞いてくれないのだろう、そう確信した。

へたり込みリリアの方へ手を伸ばす、だがもう届く事は無い。絶対に、もう絶対に、届くことは無いのだ。


「行こうか、メルト。あいつは必ず戻って来る、それまでに力を付けて驚かせてやろう!」


「...私は..捨てられた..」


「...」


「勇者が悪いんだ..勇者なんかが居なければ..私はどうすれば..そうか..勇者を、殺そう。勇者を殺す!!絶対に!!殺してやる!!!お姉ちゃんと私を引き離した勇者を!!!魔王様、力を貸してください」


「良いだろう!!では早速だが別行動を行う!」


「別行動?」


「あぁ。あるタイミングまでカリアストロ付近で脱走しそうになっている者たちを引き留める仕事だ、やむを得ない場合は殺してしまっても構わない」


「分かりましたが..タイミングとは?」


「それはその時に分かる。絶対に分かるはずだ」


「分かりました。ですが私はよく病気に罹ってしまうのですが」


「それに関してはこれを飲めば解決だ!」


魔王は液体が入っている瓶を取り出した。どうやらポーションの様で体調を完全に回復させる事が出来るらしい。そして魔王の技術によって時間経過で足されていくらしい、一日一本飲む事を推奨された。

メルトはそれを受け取りレイピアを腰に携える。魔王はある服を渡した、相当素材の良い服だ。


「良いんですか?」


「あぁ。着ると良い」


メルトはありがたく着させてもらった。そして完全に準備が整った、メルトはリリアと同じくカリアストロの方へと向かって行く。魔王は大きな声で応援を送った、メルトは振り向き一礼してから再び歩き始めた。

魔王も初めて仲間を迎える事が出来てウキウキだ、このまま次の仲間を探す為全く違う方向へと歩いて行った。

そして何事も無くカリアストロへ着いた。そこら中にモンスターや魔人が渓谷を渡ろうとしている。リリアは既に渡っているだろう、メルトはレイピアを抜き隅々から脅し家に戻らせたり殺しまくったりもした。最初は心苦しかったが一週間も経てば何も感じなくなっていた、そしてそのまま無心で作業の様に殺し続けて四年が経った

もうなにも感じなくなったその日メルトの中で非常に強い感情がこみ上げてくる。


戻ろう


魔王が言っていたタイミングとはこの時の事だろう。どうにかして引き留めようとしても体は勝手に動いて魔王城まで歩き始めてしまう。だが別にいいだろう、魔王が言ったのだ。戻っても良いだろう、何百何千の命を奪った時点でもう逃げる事は出来ないのだ。

そして一日一回渡されていた液体を飲み三日間丸々歩き続けた、そして魔王城目前まで来た所で限界を迎え気絶した。


「起きたか」


その声を聞くと同時に目を覚ました。横には鎧を纏っていない猫騎士が座っていた。メルトはベッドに寝かされていた、横にいる猫騎士に話しかける。


「誰だ」


「吾輩は[ハーミット・シュワレペントゥ・キースイッチ]だ、魔王様直属の部下の一人。貴様と同じ立ち位置だ」


「そうか。それで魔王様は何処にいるのだ」


「今から行こう、立てるか」


「あぁ」


さっさと立ち上がり猫騎士に付いて行く。そして大きな扉の前に案内された。猫騎士がアイコンタクトを行う、メルトはノックもせず扉を開けた。

すると準備をしていなかったので自堕落な姿をしている魔王が焦って体勢を整え声を荒げる。


「来たか!!!」


「はい。」


「..うむ、出来ているな」


「何が出来たんですか?吾輩は初めて会ったので..」


「仮面だ!!精神的な物だがな!!」


「そういう事ですか。ですが何故仮面を用意させたのですか?」


「それは着けさせるためだろう」


そう言って魔王は立ち上がった。そして小さな体でトテトテと歩きメルトの目の間に行ってから仮面を取り出す、そして頑張って背伸びをして着けようとする。だが届かないのでメルトが膝をついた、魔王は上機嫌で仮面を取り着けた。


「これでよし!!」


「これは..?」


「これが壊れた時にお前の力が発揮される!!」


「よく分かりませんがとりあえず着けておきます」


「やっと揃った!!四人で勇者を討伐するぞ!!」


「四人?」


「ボ・ク!の事を忘れていないかい」


唐突に現れたファンタスティアに少し驚きながらも皆で仲良くやって行こうと誓ったのだった。



私はどうすればいいのだ、こいつを殺さなくては勇者を殺しには行けない、今更人を殺すのなんてなんとも思わないはずだ。だが何故、何故こんな記憶が蘇ってくるのだ。


「どうしたんだよ!!動きが鈍くなって来たじゃねぇか!!」


そうか、もう限界なのか


「もう終わらせるか!!」


これ以上は私が私でいられなくなってしまうのか


「行くぞ!!!」


それなら、仕方が無いな


「死ねぇ!!!」


その瞬間メルトの雰囲気が変わった。テンションが上がっているラックでも異常だと気付き攻撃の手を止めて距離を取った。

メルトは俯いている、ラックは剣を構え気のせいだったのかと再び動き出そうとしたその時メルトが顔を上げた。


「うるさい」


異常には簡単に気付く事が出来るだろう。仮面が溶けている、どろどろになって溶けているのだ。そして目からは大粒の涙が溢れ出している。だが確実に戦闘の意思はある、ラックは気にせず突っ込む。

だがメルトは距離を取った。そして発動していなかったアビリティを発動する。遠くにいるはずのラックの体に無数の穴が出来た。


「はぁ!?」


「それが私の能力。『長針化』、この効果を発している時に折れた剣先は永遠にダメージを与え続ける。だから片方の目が見えないんだよ」


「そういう事か、にしても雰囲気変わったな」


「もう偽らない、本当の私で戦う。お姉ちゃんに会いに行くの」


「悪いが会うのは俺だ!!」


ラックは距離を詰める為走り出す、だがメルトが長針化で攻撃する。ラックは剣を盾に変え防ぎながら距離を詰めた、そして射程圏内に入った所でいつもの大剣に変え思い切り斬った。と思っていたが既にそこには居なかった、どうやら身体能力も上がっているようだ。本当に五分五分だ。


「めんどくせぇ!!」


すぐにメルトの位置を探し出し追撃を行う。だがメルトは軽々と交わし反撃をする、ラックは避けられず再び体に穴が出来た。だが気にせず猛攻を続ける。この行動が正しいかは分からないがこうするしかない、脳がそう言っているのだ。


「いい加減終わらせようぜ!!アルスが魔王と会っちまうからな!!」


「あぁ終わらせよう。魔王様と会いたい」


二人の攻撃スピードは益々上がっていく。だが二人共回避はしないようになった、もう只管スピードを上げるだけだ。

そしてラックはある場所へ追い込んでいた、全力で斬れば少しは後ろによろめいてくれる。それを利用してある場所に誘導していたのだ。


「お前の負けだ」


「は?」


「後ろ」


後ろあるのは扉だ、客室への。ラックは一気に畳みかけるメルトは抜け出す事も出来ずそのまま部屋に押し込まれた。押し込まれる際に体勢を崩し転んでいしまう、絶好のチャンスだと剣をラックは雄たけびを上げながら剣を振る。


「俺の、勝ち...」


「バーカ」


そう子供の様に笑ったメルトの足はラックの足元まで伸びていた。そのまま足を引っ掻けて転ばせる、だが完全には転ばせず途中で長針化を使い何百突きもくらわせた。


「あがぁ!!!」


ラックは血を吐きうずくまる、トドメを刺そうと立ち上がりレイピアを突き立てたその瞬間メルトの顔に激痛が走る。


「俺もまだだ!」


ラックが変形させ顔を切ったのだ。血がドバドバ溢れ出してきている、メルトは何故か再び涙を流しながら何度も突いた。だがラックは死なずに動く、距離を取った。あまりのしぶとさに驚愕するが止まっている暇は無い。


「今度こそ!!」


「俺が勝つ!!」


ラックは突っ込む、一方メルトは立ち止まって正確にある場所を狙っている。ラックの射程圏内に入り剣を突き刺した、と思ったその時ラックの首が貫かれた。メルトはそれだけでは飽き足らず腹部を何度も蹴って吹っ飛ばした。ラックは壁に叩きつけられた。そしてもう動かない。


「やったか」


ラックは死んでいなかった。だが動く事は出来ない、掠れた声でメルトを呼ぶ。


「なぁ..こっちに..来てくれないか...」


「そう言って...」


「殺したんだ..最後に話ぐらい..させろよ」


メルトは警戒しながらラックに近寄る、ラックは剣を手放しメルトの方へ腕を伸ばす。そしてメルトの頬に触れた。


「わりぃな..こんな..傷付けちまって..」


「なんなの急に」


「ずっと..お前に言いたい事が..あったんだよ」


「言いたいこと?」


「あぁ..笑ってくれ」


「は?」


「俺は人に笑ってほしかったんだ..だから医師になった..だけどお前はずっと..ずっと辛そうだ..何があったかは知らないけどよ..笑ってくれよ」


メルトは何故敵にそんな事を言って来るかが理解できず困惑している。だが次第に心の奥からある感情が浮かんできた、それは仮面が着いた時のようだった。だが全く違う感情だ。


死んでほしくない


それだけだ。自分でも理解できない、だが死んでほしくない、そう思ったのだ。


「喋るな!!死んじゃう!!」


「なんでだよ..お前が..やったんだろ..」


「いやだ!!死ぬな!!なんで!!」


「なんか..おかしいと思ってたんだ..やっぱお前..変わったな」


「うるさい!!黙れって!!」


「そろそろ..限界だ..なぁ..生き残った奴と前勇者に伝えてくれ..お前らのおかげで楽しかった..って...よ...お前も..楽しく生き...ろよ....」


ラックは遂に手を伸ばす事も出来なくなり頬から手を落とし目を閉じた。メルトはここに来てやっと人を殺したのだと言う実感を感じる、ありえない程の涙と汗、そして罪悪感が押し寄せる。

一時の感情に任せてしまおう、そう思ってしまう程だ。メルトはレイピアを自分の首に突き立てる。


「ごめんなさい..ごめんなさい..」


震えた声でそう言いながら突き刺そうとしたその瞬間ある人物が自殺を止めた。


「何やってんだよ」


その男がレイピアを投げた。メルトは背後に立っている男の方を見る、来たのはそう、前勇者だ。

メルトはもう何も言葉にできない、ただ泣きじゃくって心の中で謝る事しかできないのだ。こうして[メルト・スギラウェンド]は勝利を納める事が出来た、だが失った物の方が多かった。

前勇者は到着した、だが既に悲惨な現場を二件見てしまった。この時点で前勇者は怒りに塗れていた、目の前にいる女を殺してしまおうかと思う程には。



第14話「メルト・スギラウェンド」

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