第4話

堕落勇者の立ち上がり

第4話「変化」


三人は何事もなく検問を突破した。その際アルスの剣は門番の兵隊にも褒められた、リリアはそこでやっとその剣の凄さに気付いた。

そしてまず昼食を取りたいとリリアが申し出た。だがあまり金が無いとアルスが言う、するとバリゲッドが懐からある入れ物を取り出す。


「金貨二枚に銀貨八枚はあるからそんな沢山食わなければ大丈夫だな」


「やった!じゃあ美味しい場所行こう!」


そう言ってリリアが案内を始めた。アルスは見たこともない素材を使った建物や珍しそうな果物等色々な物に興味津々だ。だがひとまず置いておきある店に入った、そこは洒落た喫茶店のような店だ。


「マスター!私オレンジジュースと適当な軽食!」


「分かった」


二人は何がおすすめなのか分からなかったので飲み物をアルスはお茶、バリゲッドはコーヒーに変更して同じ物を注文した。そして待っている間リリアの知り合いの話になる。


「リリアの知り合いってどんな人なの?医者とは聞いていたけど」


「うーんと水色の髪してて妙に髪が長くて近接戦闘が得意でギフト・ソードは...なんだったかな?まぁいいや、それでヤブ医者!!」


そう言い放った瞬間リリアの頭に手がポンと置かれる、そしてその直後その人物が言う。


「誰がヤブ医者だ」


その人物とは今話にしていた男だ。そいつは少し汚れた白衣を着ていて髪を後ろで結んでいて身長は170cmぐらいだ。そしてそいつはリリアの隣に座ってコーヒーだけ注文した後向かいに座っている二人に話しかける。


「で、どっちだ」


「どういうことですか?」


「どっちが勇者なんだ」


二人は何故勇者が居る事を知っているのか分からず言葉に詰まる、だがアルスが意を決して勇者だと小さな声で自白した。するとラックはアルスの髪を抜き装髪剤を落としてチェックした、そして確認した。

その後少し沈黙が続く、だがその沈黙を破るように頼んだ物が到着した。リリアは早速食べ始める、それに続いてアルスもバリゲッドも軽食を口にした。


「おいしい!」


「美味いな!」


そうはしゃぐ三人を他所に男はコーヒーを一口飲んだ後角砂糖を大量に入れた。その行動にバリゲッドとアルスはドン引きする。

そして元々あった角砂糖を使い切った男はマスターに声をかけようとしたがマスターは察知してすぐに角砂糖を三個投げた。それを見事にキャッチしてコーヒーに入れた後もう一口飲み甘さに納得したのか満足そうに頷いてから口を開く。


「そんで何故こんな場所に来たんだ?宮殿にでも行くのか?」


「違うんです、僕は小さい時に剣を売っちゃっていてそれを取り戻すための旅の最中で一番可能性が高そうな城下町に来たんです」


「そうか。馬鹿なんだな」


「いきなりバカって...」


「自分だけの剣を売るなんて馬鹿がやる事だ。剣はそれぞれの力の限界を現す、だからその男は戦闘のセンスが無いから盾なんだ。そう言った事が分かるいい判断材料なのにそれを売り飛ばすなんて馬鹿だ。しかもアビリティ付きの物を」


そう話す男にリリアが事情を説明した。すると男は「それならしょうがないな」と手の平を返した。そして全員が食べ終わると着いて来いと立ち上がる、バリゲッドが代金を出そうとするとマスターが代金はいらない等と言う。


「いや流石に払いますよ、俺達が食べたんですから」


「いや、いいんだ。ラック先生には日頃お世話になってるのでね」


「いらないって言ってんだ。行くぞ」


男はそう言って店を出て行った。リリアも何も言わず出て行く、二人はマスターに一言言ってから出て行った。外に出ると男はどんどん先に行ってしまう、三人は最早早歩きで着いていく。そして結構歩いて男の家に着いた、そこは普通の家だった。


「入れ」


男はドアを開けて全員を部屋に入れてから鍵を閉め窓も全て閉じ誰にも見られない、聞かれない密閉空間を作った。そして椅子に座ってから口を開く。


「それでどうせ俺の家に泊めてほしいとか言うんだろ」


「そう!よく分かったね!」


「お前の思考ぐらい分かる、そんで剣を探してんだろ?何の為に」


その事についてはアルスが一から説明した。男は聞いているのか不思議になる程反応が無かった、だが話し終わると口を開く。


「無理だな」


「え?」


「まずアビリティ持ちだったら魔王国に買われたか買われそうになっていると思う。アビリティ持ちの剣ってのはアビリティ持ちが触れれば分かるんだよ、それを利用して魔王国に売る密売人がいる。もうそいつらの手に渡っているだろう、いや年数的に既に魔王国にある」


「嘘...」


「嘘じゃない。十割魔王国にある」


アルスは固まってしまう。魔王国になど行きたくない、行ってしまったら魔王に見つけられ戦闘を持ちかけられるかもしれない。そんな事になったら死ぬのはほぼ確定だ、嫌だ、死にたくなんてない。もういっそ剣なんて取り戻さなくてもいいんじゃないか、そう思った時だった。男の口からある言葉が飛び出す。


「俺も行こう」


「まじぃ?でもラックは魔王国行きたくないって言ってたんじゃん」


「勇者に力を持たせなくちゃ魔王が攻め込んできたとき終わる、死ぬのはごめんだからな」


「まぁそうだねー」


男は旅に同行すると言う。だがアルスは嫌だった。この男だったら剣を取り戻した瞬間魔王と戦わせたりして来そうだからだ、だが絶対に来ると言っている。どうするべきか考えていると男が自己紹介をする。


「[ラック・ツルユ]、二十五歳だ。医者をやっている。ギフト・ソードは無い、いや正確には奪われた」


「奪われた?誰にだ?」


「擬態型の魔人だ、観光客を装った魔人に不意を突かれ盗まれた」


「擬態型?なんだそれ?」


「魔人には特徴があるだろ、蛇の顔だったり角が生えてたり。その特徴が無い稀に生まれる魔人の事だ、本当に人間そっくりだから分からなかったんだ」


魔人を外見で判断するのは容易だ。だが逆にその特徴が無かったら魔人とは思えない、ラックは擬態型の魔人に奪われ今は恐らく魔王国にあると説明した。ラックはついでに自分のギフト・ソードも奪い返すと言う。


「えー自分でやってよー」


「あぁ、自分でやる。ただ着いていく、道中は俺一人じゃ危ないしこいつが逃げ出すかもしれないからな」


そう言ってアルスの方を見る、アルスはビクッとして冷や汗を流す。そしてラックは溜息を吐いてから大きな声でアルスに問いかける。


「お前の役目は何だ!!」


「...一般人」


そう呟くように返答したアルスを蹴り飛ばした。そして胸ぐらをつかんで超至近距離で黙って目を見つめる。

アルスは分かっていた、何といえばいいのか。だが今そう言ったら自分がどうなるか分からない、アルスには歴代の勇者の様に勇敢な心は無かった。だが幼少期から崇められ自信とともに力も着いていく普通の勇者達とずっと一人で誰とも話さず暮らしてきたアルスに違いが現れるのもしょうがない。

だが言わなくてはいけないのだ、今ここで覚悟を決めて言わなくてはいけないのだ。だが言葉が出ない。言いたい、言ってやりたい、言い返したい。だが心の奥底ではラックの考えに恐怖を抱いていたせいで言葉にできない。


「放してくれ!!」


アルスは凄まじい力でラックの腕を振りほどき家を飛び出した。

ラックは追わず何処かに行ったのを確かめると再び椅子に座る、するとバリゲッドがラックを強く叱責する。リリアは口をはさむことが出来ず黙っているだけだ。


「じゃあお前はあいつがあのままで良いと考えているのか」


「いや..少しは変わらせなくてはと思ってはいるが..あんなやり方は無いだろう!」


「あれしかない。手は打ってある、あれでいいんだ。放っておけ、爺(じじい)が何とかする」


そう言ったラックは仕事を当分休む事になるので仕事場に放置してある物を片付けると言って家を出て行った。ラックの家には二人だけが残った、リリアは少し不安そうにしているがどこか楽観視している。だがバリゲッドは手を打ったと言ってもあんなやり方をする人間がやる行動なんてろくな事じゃないだろうと不安で一杯だった。

今ここでアルスが逃げ出してしまったら楽しい旅が終わってしまう、そう思うとすぐにでも止めなくてはいけないと思い家を出て行こうとする。


「大丈夫だよ、ラックは悪い奴じゃない。何か絶対に成功する策があるんだよ」


そう言ってバリゲッドを止める。だがあまりにも不安が強すぎる、ただ今は待つしかない。大人しく座って待つことにした。

一方アルスはただひたすらに走り続けていた、そしてある看板が目に入り足を止める。


「鍛冶屋...あ!そういえば..」


そう言いかけた所で誰かに背中を押され店に入ってしまった、誰に押されたのか見ると老人だった。覚えている、ゴドルフィンだ。

アルスはゴドルフィンを見上げる、そして震えた声である事を訊ねる。


「僕を..通報したか」


「しとるわけがなかろう」


「なんで?」


「わしはお前さんと少し話がしたかっただけなんじゃ」


「話?」


「あぁ。早速その話をしたいところだがここでは聞かれてしまう、奥に来なさい」


そう言ってゴドルフィンは奥の部屋に招待した。アルスは重い足取りでその部屋に向かうとそこは精錬所だった、そしてゴドルフィンは地面に座る。アルスも対面に座った。

そこでゴドルフィンが話を始める。


「わしは一世代前の勇者の仲間だった。大体二十年ぐらい前の事だった、その勇者は今でも生きているが争いには指一本触れていない生活を送っている。その勇者は小さな頃ある派閥によって糾弾されていた。その派閥の名は伏せるが勇者が居るから魔王が居ると言う考えを持ち勇者を殺そうとする団体なんじゃ。

それでそいつは何度も死にかけた、本当に辛い毎日だったと語っておったんじゃ。だがなんとかわしともう二人の仲間を集め魔王を討伐するとその派閥の態度が大きく変わったと言う、手の平を返して優しくなったんじゃ。あやつらは自分の身の事しか考えとらんのじゃ」


「酷い話だ...」


「それでわしはお主にこう言いたい。大人しく魔王を殺せ、と」


アルスは意味をしっかりと理解していた。魔王を殺せば英雄となり敵はいなくなる、だが殺さずクヨクヨしているままだとその派閥がいつかは自分を探り出し殺そうとする。だが魔王を殺せばその後は安泰、そう言いたいのだろう。

だが一長一短過ぎて何とも言えない。魔王を倒すのもノーリスクではない、どうするべきなのか考えている内に頭が真っ白になって行く。


「少し茶でも飲もう、待っていてくれ」


ゴドルフィンはそう言って退室した。一人になったアルスはどうするべきなのか迷い続ける。そしてふと顔を上げると写真立てが目に入る、その写真立ての中には一世代前の勇者と思われる人達と様々な人と犬が写っている写真だった。

中央に勇者と思われる赤髪の青年、それの後ろから覆いかぶさるように犬、右隣に初老の剣を持った男、左隣に物凄くデカい剣を持っている少年、そしてその周りに色々な一般人が写っている写真だった。

この世界では写真が物凄く高い、なので写真と言う物を見たアルスは少し感心していたがそれよりある事を思った。


「右にいるのがわしじゃ」


お茶を入れて戻ってきたゴドルフィンが写真を覗き込みながらそう言う。アルスは驚きすぐに写真を元の位置に戻した、すると今度はゴドルフィンが手に取り懐かしそうに写真を見る。


「本当に楽しかったのう、皆が皆あいつに手を貸してくれたわけではない。だが行く先々で助けを求められても文句一つ吐かず助けてやっていた、結果皆の手助けによって魔王を倒せた。結局は一人では何もできい無いのじゃ、そう言う奴だった」


「みんなの命を背負ってる...」


「そうじゃ、今のお主にこう言うのはちと厳しいかもしれんが言わせてもらおう。勇者は人国、そして戦争に駆り立てられ無駄死にする魔王国の奴らの命を背負っておる。わしも昔は人国のものだけだとおもっておった、だが魔王国に行くと魔人やモンスターに助けを求められた。あやつらも本質とは人間と何も変わらないんじゃ」


「でも僕なんかが...」


「だがお主はわしの故郷の村にとても良い事をしてくれたらしいじゃないか、しかもお主のおかげだと聞いたぞ」


アルスはずっと勘違いしていた。自分なんかが生きていてはいけないと思っていた、こんな弱虫で臆病者で力だけ有り余っている奴。だが実際は必要とされ過ぎている、魔王と言う存在が世に知られていないから誰も必要としていない、勇者と知っていない。だが魔王がいるなら話は違う、勇者が必要だ。自分の命を守るため、大切な人を守るため。そのためになら皆勇者に命を懸けて協力できるのだろう、道具としてでも必要とされている、そう実感した。


「やらなくちゃいけないんだ。僕にはいなかったけどみんなは父さんや母さんを守らなくちゃって思ってるんだ、僕が必要なんだ。僕がやらなくちゃいけないんだ」


「そうだ、お主がやるんじゃ。皆を守るんじゃ、こんな老体で良いのならわしも協力しよう。今公に晒すのはちと怖い、だからひっそり動く。剣を取り戻すぞ、アルス!」


ゴドルフィンがそう力強く言った。その言葉によって傾いていたアルスの心は完全に変わった、生きる生きられ無いの損得じゃない。討伐した後に報酬を貰いたいからでもない。この平和を続かせるために、立ち上がらなくてはいけないのだ。


「着いてきてくれゴドルフィン!僕の為に!みんなの為に!」


「あぁ、勿論じゃ」


そう言ってゴドルフィンは手を差し出す。アルスはその手を強く握り握手をした。そして立ち直ったアルスはゴドルフィンと共にラックの家に向かう事にする。そして少し歩いてラックの家に着く、するとドアにはラックが寄りかかっていた。そして戻ってきた二人を見て開口一番こう言い放った。


「よろしくな、アルス。二十年ぶりだな、よろしくゴドルフィン」


「あぁ、ラック。頼むぞ」


知り合いなのかと驚いているとあの写真に写っていた小さな少年はラックだと言う。ラックは年齢に対して頭脳と力、そして体格が良くギフト・ソードも良い物だったので勇者一向に加えられたそうだ。

そして二十年ぶりにかつての仲間と再び旅に出る事になると思うと少し嬉しかったのかほんの少しだけ笑っている。


「あ!帰ってきてるじゃん!」


窓からリリアが叫ぶ。三人はすぐに家に入り何があったか説明した。そしてリリアはこの時ゴドルフィンがラックの冒険メンバーの一人だと言う事を聞かされていた事を思い出した。

そしてメンバーが揃った。五人だ、だがこのメンバーなら申し分ないだろう。魔王国に入ってい行き万が一魔王に会ってしまっても大丈夫だ。


「じゃあアルスとリリアの気が済むまで観光したら出発するか」


「そうだな。最初は不安だったけど全部ラックが仕込んでた事だったとは」


「まぁ前の勇者もこんな感じだったからな」


「そうだったのか!?」


「まぁそれは後の話だ」


ラックはそう言って話をはぐらかした。そしてある事を提案する。


「俺カメラ持ってんだよ、だからみんなで写真撮っとかないか」


「いいね!!」


「うん。撮ろう」


「良いのう」


「いいな」


全員喜んでいる、そしてラックがカメラを持ってくる。この世界のカメラはそこまで発達していないのでデッカいし重いのだがラックは自分の技術で作ったタイマーをセットし皆の所に入った、そして十秒立ったところで音がする。


「撮れたな...いいな」


そう言って出来を見せた。全員綺麗に映っていて良い写真だ。そしてラックは印刷する為違う部屋に行ってしまった、するとリリアはゴドルフィンに質問責めをする。ゴドルフィンは淡々と答えて行きリリアの心を躍らせた、今後の旅で何が起こっても大丈夫だという自信がついて来る。


「よし。後は三日待つだけだ」


カメラも発達していなければ印刷技術もろくな物じゃない。なので写真を五枚するだけで最低三日かかってしまうのだ。


「ラックって今どれぐらいお金持ってる?」


「大体だが全財産は金貨五百枚、銀貨が七百枚、銀貨は覚えてない、銅貨も覚えてない」


全員凄く驚く、とんでもない量を持っている。そしてリリアとアルスはこいつの金で食えるだけ食ってやろうと目を光らせる、そしてお腹が空いたので早速高級な店に五人で入る。そしてアルスとリリアは気になったのをひたすら頼んで食べ続けた。


「食い過ぎだ、俺の金って事分かってんのか」


「ラックのお金だから沢山食べるんだよー!」


「ありがとう!奢りなんて嬉しいよ」


ラックは呆れつつも二人とも質素な生活をしてきたのを知っているので別にいいだろうと思い好きに食べさせた。そして二人とももう食べれないとギブアップしたので会計をすると金貨十八枚の会計だった、ラックは死んだ目で支払った。

そしてその後も観光しながらラックに色々買わせた。そして一日目は終わった、この調子で行けば三日間ぐらいで観光は終わりそうだ。


「いやーやっぱ持つべきものは金のある仲間だね!!!」


「そうだね。僕なんて今までで一番美味しい物食べられたよ!」


「楽しそうで何よりだよ...」


ラックは机に顔を直接置き意気消沈している。だがこのメンバーで行くならこうなる事は必然だと分かっていたのでラックが悪いのだ、全てラックが悪いのだ。

そして様々な話をしていると日が沈む、今日は寝る事になった。そしてベッドが客人用に二つ、ラックの自分用のベッドが一つの合計三つしかなかったので一つがラック、一つがゴドルフィン、もう一つはリリアとアルスになった。そしてバリゲッドは床で寝る。

皆それぞれ今後の旅を楽しみにしながら眠りについた、これから楽しい事だけでは無いだろうがこの五人ならばやっていけるだろう。

全員目を閉じ眠りについた。



第4話「変化」

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