第1話

堕落勇者の立ち上がり

第1話「杖の女と無剣の勇者」


勇者[アルス・ラングレット]は常に孤独だった。胎児の頃に父を亡くし出産時に母を亡くした、その為死ぬ運命だった。だがその運命を勇者の力が捻じ曲げた、アルスのアビリティがそうさせたのだ。

だがアルス自身はそのアビリティどころか剣がどんな見た目をしているかさえも忘れてしまっていた、何故かと言うと小さな頃剣を売ったのだ。父が残した少しの文献や御伽話から勇者と言う存在は知っていた、そして自分が勇者と言う事も理解していた。だが金も無く食べる物も無かった、なので唯一に手にあった剣を売り払ったのだ。

ただ困ったことは無かった、ずっと山奥にひっそりと暮らす気だったから必要ないと思っていた。だがアルスは勇者なのだ、魔王と戦うと言う道からは逃げられない。そしてその第一手目が打たれた。


「これでいいかな」


今日も今日とて独りで畑作業に勤しんでいた、そして日も暮れて来たので住んでいる小さな小屋に戻り自家製の野菜などを使った夕食を作っていた。

アルスは十三歳にしては小さい。だが食料が少なく食事は一日一回夕食しか食べていない、しかも質素で少ないスープに姿を隠して街で買ってきたパンを少しだけしか摂れていない。そう考えるとましな方だ。

そしてアルスが薪木で火を起こしてスープを作っていると足音が聞こえる、すぐにそちらの方を向くとそこには一人の女の子が目を点にして立っていた。


「え...?」


アルスはすぐに赤髪を隠そうとする、だがその女は近付いてくる。このままひっ捕らえられて宮殿にでも連れていかれるのかと思っていたがいつになっても触れられない、恐る恐る女を見てみるとアルスの事なんか気にせずスープを見ながら涎を垂らしていた。


「た..食べますか?」


「うん!うん!」


女は首を凄い勢いで縦に振る。アルスは木で出来ているお椀にスープを注ぎ少ないパンと一緒に渡した、すると女はがっつき一瞬で平らげた。アルスは足りないだろうと少ない夕食を渡した、再び女は平らげた。

そして満足そうにして少しだけ休憩してから初めて口を開く。


「ありがとうね!」


「いや..大丈夫ですけど..」


「にしてもその赤髪かっこいいねー!やっぱ勇者って憧れちゃうよねー!」


どうやら女の目にはアルスが勇者ごっこをしている様に映ったようだ。だがそれも不自然ではないだろう、こんな山奥に勇者がいると思う方が難しい。

アルスにとっては好都合だ、ここは勇者ごっこをしていることにして流すことに決めた。


「うん。勇者ってかっこいいからつい髪色を変えちゃった」


「そうだよね!私も数年前は憧れてたもん!女勇者に!」


アルスはそのまま話を聞き続けた、特に話は振って来なかったのでボロが出る事が無く済んで一安心していた時だった、夜も更け女がご飯のお礼を言って帰ろうとした時アルスの背後からある者が飛び出す。

アルスもすぐに気付き振り向いたが遅かった。飛び出してきたのは山奥ならそこら辺に沢山いるモンスター[ガーフタイガー]だ。

ガーフタイガーの見た目は白い虎のような見た目で赤い綺麗な目を持っている。ただ基本的に群れで行動する上に単独でも相当な強さなので出会ったら背を向けずゆっくりと逃げるのが良いとされている。

そんなモンスターがアルスを襲ってきたのだ、本来なら扱いに慣れているので安易に縄張りに踏み込んだりしなければ襲われたりはしない筈なのだが今日は何故か襲って来た。


「うわあ!!」


アルスは手を前に突き出し突き飛ばそうとしたが腰が抜けてしまいしりもちをついてしまった。そしてそんな状態のアルスに襲い掛かる、タイガーは鋭い爪でアルスの頭部を引っ搔いた。

血が噴き出し神経からの痛みを感じる、次にもう一度同じ事をされたヤバイと思って立ち上がろうとしたその時後方から声が鳴り響く。


『マンハッタン』


すると念力のようなものがガーフタイガーの眉間を貫いた。そしてガーフタイガーは動かなくなる、だが一匹いたら五匹は居るのだ。群れの仲間のガーフタイガーが茂みから飛び掛かる、アルスはもう駄目だと思い諦めていた。だが視界には女が入り込んでくる、そして女は再び『マンハッタン』と言うと持っていた杖から念力が発射され全てのガーフタイガーを殺害した。


「ふぅ、こんなもんかな」


「す..すごい」


「いやー剣士やりたかったけどねー生憎杖なんだよー」


言葉は不満そうだが凄く嬉しそうに優しく杖を撫でる。そして思い出したかのようにアルスの怪我を確認する、そして怪我をしている所に杖をかざしながら唱える。


『ヒール・アメイジング』


するとアルスの傷がみるみる塞がり痛みも消え失せる、アルスは魔法に興奮した。この世界では基本的に剣が与えられるので杖を持っているだけでもレアなのに杖を持っているほとんどの人間が使えず腐らせている魔法をいとも容易く使用している。


「ほんとにすごい!」


「ありがとー」


女は嬉しそうだ。そして少し休憩すると言って再び座り込んだ、そして女がふとアルスの足元を見た瞬間口を開けて目を見開いた状態でピタリとも動かなくなった。アルスはどうしたのか不思議に思い訊ねる、すると女は正気を取り戻したようでゆっくりと手を動かしアルスの足元へと移動させた。

そして一つの小さな物体を掴み目の前に持ってじっくりと観察し始める、その持ち上げた者とは髪の毛だ。それもアルスの髪の毛だ。


「あ...」


アルスも察した、この世界ではまだ毛根まで染める事は不可能なのだ。何故ならばその色の花や石などを砕き無理矢理染めているからだ、だがアルスの髪は地毛だ。ならば毛根も赤い、女はそれに気付いたのだ。


「いやいや!たまたま赤かっただけだよね!」


そう言ってアルスの長くなっている部分の生え際を確認した。赤だ、真っ赤だ、真っ赤っかだ。

女は気の抜けた声で「えぇ」と言ってへたり込む。アルスは宮殿に連れていかれると思い逃げ出そうとする。


「ちょいちょいちょい待って!」


アルスは青ざめながら振り向く、女は何も言わず手招きして座るよう促す。アルスは魔法使い相手に逃げ切れるはずもないので諦めて対面に座ることした、そしてしばしの沈黙が流れた後女が重い口を開く。


「ホントに..勇者?」


「...はい」


「そっ..かぁ」


「僕は今から宮殿に連行されるんですか...?」


「そんなことしないけどさぁ...うーんどうしよう。けど勇者が居るって事は既に魔王国で魔王が誕生してるわけだし...まぁいいか。とりあえず長い付き合いになるだろうから自己紹介しとくね」


女はそう言って自己紹介を始める、だがアルスは緊張と不安で生と年齢ぐらいしか聞いていなかった。


「[リリア・スギラウェンド]、年齢は十六。杖使って魔法使いやってるの、リリアってよんでね」


リリアの見た目を再確認してみるとブロンドがかったクリーム色の髪にすらっとした胴体と足、そして整った顔立ち。滅茶苦茶美人だ。


「とりあえず君も自己紹介よろしく」


アルスは促されるまま自己紹介をする。とりあえず名前と年齢を言う。


「[アルス・ラングレット]、十三歳、勇者...です」


「アルスね。よろしく!」


リリアは数十秒前までの暗い雰囲気とは打って変わってうるさいぐらいに元気だ、ただアルスはそれぐらいの方が気が軽いと言うものだ。

そして少し肌寒くなって来たのでアルスの家に入ることにした、アルスはランプに火をつけ机に置いてから椅子に座った。だが椅子が一つしかないことに気付き譲ろうとするが遠慮された。


「私は立ってるからいいよ」


「そうですか、それで僕をどうするつもりですか」


「とりあえず折角生勇者見れたから一緒に行動したいな!ギフト・ソードも見たいし」


そう言われアルスは下を向いた。どうかしたのか訊ねてくるリリアに剣は売った旨を伝える、失望されるかと思っていたが実際は全く違かった。

リリアは少し残念そうにしたもののある事を提案する。


「じゃあ剣を取り戻しに行こう!!!」


「え?」


「売っちゃったならまだこの人国のどこかにあるはずだよ!だから勇者としての第一歩として剣を取り返しに行こう!」


そう言いはするがほぼ無理だとアルスは言い返す、何故なら人国は途轍もなく広く剣を売っている奴がゴロゴロといるので見た目も覚えていない剣など見つかるわけがないのだ。

だがリリアは取り返しに行こうと押し続ける、遂にはアルスが折れて剣を手に入れる事は約束した。だが勇者として生きたくないと呟く。


「なんで?」


「僕と父さんと母さんがいないんです。どちらも死んでしまったようで...それで母親の日記から分かったんですけど父親は死体もどこにあるか分からない状態で母親は産む時に死んだっぽいんですよ。そしてその日記の最後に震えた字で「すきにいきなさい」と書いてあったんです。だから僕は勇者なんて言うクソみたいな事はやりません」


「そっかぁ...じゃあ私が魔王討伐しちゃうもんね!」


「どうぞ」


「ただどちらにせよ剣は取り返した方が良い、そんな生まれて一人で生きられるわけがない。恐らくギフト・ソードの『アビリティ』のおかげだから」


アルスはアビリティの事を知らなかった。古い文献にはアビリティの事は書いていなかったのだ、リリアは丁寧にアビリティの事を説明した。

理解したアルスはアビリティのおかげで生きながらえたのだと知った、そしてそのアビリティがどんな物なのか非常に興味が湧いてくる。


「剣は取り返しましょう、アビリティが気になる」


「うん。精いっぱい協力させてもらうよ!もう仲間だね!」


「はい。仲間です」


「仲間なんだから敬語なんて使わなくていいよ!」


アルスは今まで誰にもした事が無かったタメ口が慣れないようだ、だがリリアは特に気にせず眠る場所を探す。アルスは自分のベッドで寝るよう言い自分は椅子で座って寝る事にした、二人はほんの少しの時間しか触れ合っていないが何か感じるものがある、運命なのだろうか?そんな事がふと頭を過ぎったが考えすぎだと思う事にして目を閉じ出会いの日を終えるのだった。


翌朝アルスは小鳥のさえずりで目を覚ました。そしてベッドを見てみるとリリアがいない、外に出てるのかと思い自分も外の空気を吸うことにした

そして家を出ると少し遠くに全裸で伸びをしているリリアを見つけた、リリアもアルスに気付いたようで咄嗟に服で隠し顔を赤らめながら言う。


「えっち」


その時アルスはときめくでもなく驚くわけでもなく「思ったよりやべえ奴だ」と思っていた。そして何も見なかった事にして家に帰った、そして三十秒程度するとリリアも帰ってくる。

そこでアルスはリリアが口を開くより前に何故あんなことをしているのか問い詰める、するとリリアはうつむきながらぼそぼそと答え始める。


「折角山来たから...開放感を得て野生の気持ちを感じようと...」


そこまで言った所でアルスが止めた、そして心の中でリリアはヤバイ奴なんだと言う疑問が解決した。リリアは普通にヤバイ奴だ、これが結論なのだ。

とりえあずアルスは日課の農作の為家を出た、リリアも着いていく。そしてどんな風に野菜を作っているのかを眺めていた、アルスが協力するよう求めても「やーだ」としか言わない。

だがアルスはリリアの事をヤバイ奴と見る事にしていたのでなんとも思わなかった。そして見られているといういつもと違う点はありつつも最高に効率化された作業で一瞬にして終わらせた。


「すごいね、効率化されすぎてる」


「毎日やることなんてこれぐらいだから」


そう言って農具を片付け一息つく、そして二人で他愛もない会話をしているとアルスの肩に小さな鳥が止まった。リリアが「かわいー」等と言おうとした瞬間アルスは頭をがっちりと掴み握りつぶした、流石のリリアでも絶句する。


「どうしたの?そんな顔して」


「え..いや..なんで?」


「鳥の事?だって貴重な肉だもん」


そう言われるとリリアも少し分かってきた。基本山奥には凶暴な肉食モンスターが存在していて肉なんて食べられないので貴重と言えば貴重なのだ、そう思うと当たり前の行動に見えて来た。

そして早く調理しないと腐ってしまうのでアルスは贅沢に昼食を取ることに決めた、約一年ぶりの昼食だ。

リリアは料理が全くできないと言うので全てアルスが作ることに決める、アルスの家は調味料だけは一通り揃えてあるので小さな鳥肉の入ったスープと超奮発してパンを一つずつ差し出す。リリアもアルスに余裕が無いのは分かっているので贅沢過ぎると一瞬躊躇ったがあまりにも美味しそうで我慢できなかった。


「よし!食べよう!」


「そうだね!」


二人はとても美味な昼食を頂いた。満足感が凄まじく最高の昼時を迎えられた、そして食後の運動と言う事で二人で軽く動くことにした。


「何するー?」


「リリアってガーフタイガーって倒せるよね」


「うん、楽勝」


「僕ガーフタイガーの縄張り知ってるんだ、十匹ぐらいいる、穴場」


「おーけー分かった。行こうか」


二人の顔は狩りをする時の獣の顔だ。アルスが案内して縄張りに物音を立てながら堂々と侵入し襲い掛かってきたガーフタイガーをリリアが次々と殺していく、そして最終的に十三匹分の肉を手に入れた。

二人で持ち帰り燻製にしたりジャーキーにしたりなど様々な調理法で保存食をどんどん増やしていった、そしてそんな事をしている内に日は暮れる。


「リリアがいるだけで凄い楽しい」


「私も結構楽しいよ」


二人は楽しい山奥暮らしをしていた、そろそろ剣を取り戻すため山を下りなくていけない。だがアルスは少しだけ怖がっていた、今まで速攻で言っては必要な物を買って速攻で帰っていたのでしっかいりと街に行くのは怖いのだ。幸い城下町ではないのでそこそこの人数しかいない、赤髪を隠せば変に目立つことは無いだろう。


「そろそろ行かなきゃねー街」


「そうだね...僕も行きたい」


「お!じゃあ食料とかは早めに使い切っちゃって持ってける物は持っていこうか」


「うん」


「それで明日はやることがあります!」


「何々?」


装髪剤そうはつざいの原料を探します!」


「装髪剤?」


「うん、赤い髪のまま行くとバレそうだから色を付けるの。とりえあず何でもいいから混ぜ合わせれば全部黒になるっておばあちゃんが言ってた!」


そして明日の目標が決まる。アルスの髪色を隠すための装髪剤、その原料を探し出し髪を黒くする。それが目標だ。

朝早くからの作業になるだろうからと言う事で晩飯も食べずに就寝する。こうして二日目も終わりを迎えたのだがアルスは胸が躍っていた、リリアと言う初の友を持ちこうして一緒に暮らせているのだ。だが剣を取り返すまでの仲だと思うと少し悲しくなってきてしまう、だが今は剣を取り返す事に集中しようと気合を入れ直し眠りに着いた。


そして三日目の朝がやってくる。アルスはリリアが家の中にいないのを見て大体予想がついていたが畑仕事の為外に出るとリリアはやはり全裸で空を仰いでいた。もう何も思わず冷たい目を向けながら畑作業に移った、もう今育てている野菜を食べる事は無理だろう。だったらモンスター達に与えて帰って来た時に少しでも肉がついてれば良いという思考で全て掘り返し始める、アルスは日々の畑作業のおかげで剣が無くても相当叩けるレベルではある。一人で縄張りに入ってもなんとかなるだろうとリリアは放置していた。


「おーい服着てー」


そう言いながらアルスが帰ってくる。傷一つない、無事だったようだ。リリアは服を着て早速装髪剤の原料を探しに出た。


「どういうのを採ればいいの?」


「ほんとになんでもいいよ。大体すりつぶせば色付くし一時的に染めるだけだから」


そう言うとリリアは本当にそこらの匂いがしない草や花を摘みだした。アルスもそんな物でいいのかと拍子抜けしながらも一緒に摘む。相当数必要と言う事で根気強い勝負になるのだがリリアはすぐにリタイアした、一方アルスはこんなの日常茶飯事なので物凄い勢いで摘んでいた。

そして四時間近くが経過した、リリアは昼寝をしていたがアルスに起こされる。眠い目を擦りながらどれだけ取ったのか見てみると手に一杯抱えていた。


「多いな..まぁ次とかの分もあると考えれば少ないぐらいだしいいか」


そう言って焚火が出来る場所まで戻った。そして適当な器に入れてからある魔法を唱える。


『キュリエスティリー』


すると草たちが一気に粉々になった。だがこれではまだ荒いと更にすりつぶし始めた、アルスも魔法で粉々にしてもらった草を一緒にすり潰す。その過程である話をする。


「そうえいばアルスはお母さんの死と引き換えに産まれてそのまま一人だったって言ってたけど誰が名前付けたの?」


「母さんの日記だよ。こんな名前にしたいなーって言うのが書いてあったんだ、その中で僕が気に入ったのを使ってる」


「へー、じゃあ本当に生まれてから一回も誰とも会ったことが無いって事?」


「赤子の時にはあったのかもしれないけど記憶無いから分からないや」


今度は名付けが誰だったのか訊ねられ回答したアルスがリリアに質問する。


「リリアはほぼ無詠唱で魔法使ってるけど基本的に詠唱が必要なんじゃないの?」


「いつの話してんのよ。杖も進化してて基本皆無詠唱よ、詠唱を使うの何て魔法陣とかでやる大規模なやつだけよ」


「そうなの!?僕が知ってる話と全然違う...」


「まぁ街に下りればいろんな本とか売ってると思うから買ってみると良いかもね」


そんな話をしていると凄く細かく削る事が出来た。今日はこれだけにして明日の早朝、出発前に色を付けると言って零れたり倒れたりしない場所に置いた。

そして後はアルスの荷物整理だ。大して大きな物などはないが持っていくものを選ばなくてはならない、唯一持っていた布のカバンに入る物を厳選した結果調味料と料理器具だけとなった。


「完全に料理係じゃん」


「まぁいいじゃない?実際すぐに戦いに参加するのは厳しいだろうし」


「それもそうか」


厳選していると日も落ちていく、もう数時間で出発なのだ。この世界に時計は無いので日が出る頃に出発すると伝えてからリリアは先に眠りについた。

アルスは少し緊張していて寝れそうになかった、なので余っていた布切れで小さな食料バッグを作成した。本当につぎはぎだがジャーキーなどの保存食を持っていくのには事足りるだろう。

そして集中していたせいか眠くなって来た、アルスも明日に備え目を閉じるのだった。


そして四日目、外の世界へと飛び出る日だ。二人は珍しくほぼ同時に目を覚ました、そしてリリアは日光浴と言う名の露出をしに、アルスは夜に作ったバッグに保存食量を入れていた。

現在は日が昇りかけている、そろそろ出発してもおかしくない時間だ。アルスは忘れ物がないかチェックしてからカバンと食料バッグを抱え外に出た。


「あれ?服着てるの?」


「もう行くからね。その前にやるよ、装髪」


そう言って黒い粉を見せつける、そしてリリアの手前に座るよう促される。アルスはリリアの足にはさまるような形で座った、そして目を閉じるよう言われたのでしっかりと目を閉じた。


「じゃいくよー」


そう聞こえた直後頭に何かが降りかかってきている感覚がする、そしてリリアの手の感触もする。髪の隅から隅までワシャワシャされた、水面で色を確認してみると少し赤に染めている黒髪の少年にしか見えない。

準備は万端だ。荷物も、見た目も、心の状態も。


「行くよ!」


「うん!」


そう良い返事をしたアルスの心は不安でいっぱいだった、だがリリアが近くにいると安心できる。不安と安心が混じり合う少し気持ちの悪い感情を全身に乗っけながらリリアにくっついて未知の世界へと飛び出していくのだ、自分の育ての親のような物『ギフト・ソード』を手中に収めるために。



第1話「杖の女と無剣の勇者」

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