35,我が儘聞いてよ



「ギャァ、ギー」

「うんうん、そっか」

「ギギ、グゥ」

「嫌だよねぇ、もうちょっとなんとかしてもらおっか」

「ガルル……グゥン」

「そうだったの? じゃあ私からも話してみる!」

「ギュル!」

「いいね! お願いしよっか!」

「ガァ! グルンッグゥー!」

「え、それは……うーん……」

「クルル……」

「そ、そんな目しないでよ!」


 人も動物だ。


 誰だったか、お偉いさんが言っていた気がする。

 私達は独立した言葉を使い、意思疎通を図っている。

 それは人間だけにとどまらず、犬や猫、ドラゴンだってそうなのだ。


 人が理解できないだけで、彼らは仲間や家族と会話をしている。

 私は人間だから、他の種族が何を話しているかなんてわからない。


 けれど、目を見れば伝えたいことは大抵わかるんだ。




「何を話しているんだ」

「バーミンガム団長! お怪我は⁉」

「止血はした。派手に動かなければどうってことない」


 少し離れたところがなんか騒がしい気がするけど、今は団長とドラゴンが無事ならそれでいい。


「ドラゴンも随分と落ち着いたな」

「はい、沢山暴れて少しスッキリしたみたいです!」

 それで、お願いがあるんです」

「お願い?」


 あ、しくった。


 私の申し出に、団長の片眉が動いた。

 図々しかったかな……そうだよね、私のせいで怪我したし、こんな騒ぎになって……でもこれはどうしても……。


「アイリスの願いならなんでも叶えよう。何か欲しいものでもあるのか?」

「え?」

「初めて自分から何か欲しいと言ってくれたんだ。夫として是非叶えさせてくれ」


 反射的に視線を上げると、翡翠の瞳が柔らかく光を灯していた。


 初めて会ったときは怖いと思った。

 あの時、こんな綺麗に見えるなんて思わなかったのに。


「アイリス?」

「えっ、あ、えっと……」

「ゆっくりでいいぞ」

「その……。




 生のトナカイ肉を、買って欲しいです……」


 キュルッ、と、後ろでドラゴンが嬉しそうに鳴く。




「あー……やはり腹が減っていたのか」

「違います‼ ドラゴンです‼」


 お腹が空いたらせめて露店のホットドッグでも強請るわ。

 どこの世界にお腹が空いたら生のトナカイ肉を強請る女がいる。


「それから水じゃなくで氷がいいらしくて」

「グゥ」

「もっと定期的に空気の入れ替えをしてほしくて」

「ガル」

「カラカラに乾燥した干し草のベッドが欲しいそうです」

「ギャッ!」

「わかった、すぐに用意しよう」


 団長の即決力が凄いです。


 近くにいた飼育員らしき人に手短に事を伝えると、あっという間に外に出て行ってしまった。

 早速手配をしに行ってくれたのだろうか。


「あと何か欲しいものは?」

「ンガァ!」

「え、本当に言うの?」

「ギィ」

「またとない機会だ、ドラゴンが何を望んでいるのか教えてくれ」


 さっさと言え、とドラゴンまで目で督促してくる。


「……私もここで暮らしてほしいと、言っています」

「却下だ」


 即答だった。


「ガァ!」

「ごめん、やっぱりダメだって」

「ンギッ! ギィ!」

「毎日来てほしいの⁉」


 流石は赤ん坊、我が儘が可愛い……じゃなくて。

 どうしたものかと団長を見やると、渋い顔をしてドラゴンを見下ろしている。


「随分と心を開かれたな」

「ええ、話してみればとてもいい子です!」

「だが子供の我が儘にしても行き過ぎだ。妻を毎日こんな長距離移動させるのは、夫として許せないな」

「ギュオン‼」


 どんなやり取りだ。


 また殴り合いが始まるんじゃないという重い空気。

 どうしたものかと冷や汗をかいていると、後ろから朗らかな声が飛んできた。


「そうだよー! アイリスは実家に帰るんだ、通うのは無理があるね!」

「ホーリングスワーグ団長‼」


 オブライエン副団長の焦った声と一緒に、明るい髪が揺れた。

 しかし視界に入ったのは一瞬。団長が私の前に立ちはだかった。


「可哀そうなアイリス……君は昔から純粋だったからね、変な男に騙されてしまったんだ」

「アイリス、聞くな」

「え、でも、」


 超見覚えがあるんだけど。


「退いてよアドウェル‼」

「ランドール、つまみ出せ」

「仮にも応援しにしたんだけど⁉」

「その礼はまた後日……っこら!」


 隙をついて団長の腕から顔を出した。




「やっぱり。なにやってるの?




 お兄ちゃん」


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