21.用件は?
茶色の髪が、太陽の光を受けて甘いキャラメルブラウンに輝く。雲一つ無い青空を切り取ったようなアザーブルーの瞳が、柔らかく光を称えている。
まだ若く、自分たちと同じ世代の男は人の良さそうな笑みを浮かべて部屋の入り口に立っていた。
何故彼がここに? という疑問と困惑が波のように押し寄せてくる。
「急にごめんねー。ちょっと近くに寄ったからさ!」
「そうでしたか。ですが申し訳ありません、バーミンガム団長はつい先ほど任務で外出しました。急ぎのようであれば早馬を出しましょうか?」
「いいよ、直接会いたかったんだ」
そう言って彼はアドウェルの席に座った。
そこは代々陸上軍団の団長しか座ることの許されていない席だ。
これは宣戦布告だろうか。
もしそうであれば……と、固唾を飲むが、目の前の男はヘラヘラと笑って椅子で遊んでいるだけだ。
「すれ違いかー、俺とアドウェルは相思相愛だと思っていたんだけどなー」
「申し訳ありません、今朝方急に入った任務ですので」
スッ……と、男の目の光が無くなった。
それと同時に、背筋に冷たい物が走る。
いけない、この人を早くここから出さないと。
「アラン・ホーリングスワーグ団長。本日はどのようなご用件でしょうか」
「やだなあ、そんな他人行儀は悲しいよ」
何が他人行儀だ。
彼こそはアラン・ホーリングスワーグ。空上軍団を統べる男だ。
その座に上り詰めたのは、アドウェルと同時期だっただろうか。そうなると、恐らく三年前だろう。
若く、それも二人もトップに立ったことは、当時国中でもちょっとした騒ぎになったものだ。
勿論彼らはその後も皆からの期待を裏切らない。
驚くべきカリスマ性と実力を元に、騎士だけでなく獣を馴致し、このパルディアン国を守ってきたのだ。
国民の憧れの的、と言っても過言でない。
その憧れの的が、何故なんのアポも無しに押しかけてくるのだ。
こちらの疑心暗鬼を生じた態度を汲み取ったホーリングスワーグ団長が、一段と目を細めた。
「そうだよね、よその団長が急にこんなことしちゃビックリするよね。驚かせちゃったかな」
「他の者が見れば卒倒するでしょう」
「だね。まあランドールでもいいや。ちょっと面白い話を聞いたんだけどさ」
彼の胸元に、空上軍団のエンブレムが刻まれた徽章が輝いている。
その色は見間違うことなく、金色。
アドウェルと同じ役職の団長のみが着ける、唯一無二の色だ。
「アドウェルが結婚したって噂がこっちにまで流れてきているんだよね。本当?」
「はい、昨日籍を入れられました」
「君もそこに居合わせていたんだってね」
僕の記憶の中では、比較的温和な人だと思っていたんだけどな。
項がピリピリするのは、ホーリングスワーグ団長から滲み出る殺気だ。
一体、何が彼をそうさせているのだろうか。
「アドウェルは急にどうしたんだろうね。彼女とアイリス・クラーク、だったかな。彼女とは以前から懇意にしていたのかな?」
「プライベートのことは何も聞いておりません」
「そっか。アイリス・クラークだったかな? 確かに彼女は婚姻届にサインをしてた?」
「はい、この目でしかと見届けました」
「本人がサインしたんだ。乗り気だったの?」
そこで言葉がつまる。
いや、どう見たって乗り気じゃ無かった。だって騙し討ちだったし。ちょっとした詐欺みたいなもんだったし!
それをこの人に言うのか? というか、意図が全く読み取れない。あの二人の結婚が、そんなにこの人の興味を掻き立てるのだろうか。
どの方向からオブラートに包んで言おうかと考えていると、ホーリングスワーグ団長が立ち上がった。
「ま、大体検討はついてるけど。今日はこれくらいにしておくよ」
「そう、ですか」
そこにいたのは、通常運転のヘラリとした顔だった。
さっきまで感じていた殺気は、すっかり陰の中へ消え去り気配も感じない。
「やっぱりそういうことは本人に聞くに限るよね。うん、そうしよう。
アドウェルに伝えておいてよ、近いうちに飲みに行こうって」
「承知いたしました」
軽い。とてつもなく軽い。
団長同士の会食となれば、それなりの場で正装し、粛々と食事をするものだ。
それを「仕事終わったら駅前の居酒屋集合な!」くらいのノリで言ってのけるなんて!
「(アドウェル、きっと面倒くさがるだろうなぁ……)」
伝えた結果は目に見えている。
噂好きの職場のお陰で、彼らは今から各方面より好奇心の視線を向けられるだろう。
……自業自得だけど。
結局訪問の意味もわからぬまま、ホーリングスワーグ団長を見送るしかなかった。
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