動物を愛する底辺令嬢は、気が付いたら婚姻届に署名していました

石岡 玉煌

1,馬よ、我が癒やしよ



 動物は尊い。


 まるで鏡のような存在だとすら思えてくる。

 こちらが愛情を注げばその分返してくれるし、嫌悪を抱けば彼らもまた憎悪を含んだ目で蔑んでくる。まあ私はそんなことしないけど‼


 私こと、アイリス・クラークは胸いっぱいに空気を吸い込んだ。

 入ってくるのは若草と生ける獣の重厚な匂い。


 誰しも生きる上では癒しというものが必要である。


 にやける顔を隠すことなく、その美しい毛並みに顔を埋めた。


「~~~っ! ああっ……癒される……!」

「ブヒヒン!」

「今日も綺麗だね、ウィル!」


 ウィル、と書かれた名札を通り越して、スルッと毛並みに手を滑らせた。

 私が先ほどまで丹念に磨いていたお陰か手触りも一級品の絨毯のようだ。


「怪我も随分よくなってきたね!」

「ヒーン!」


 ここはパルディアン国王立騎士団にある、厩舎だ。


 私が王立騎士団に入団して早一年。

 初めてここに来たとき、彼……というか、馬だけど。ウィルは足に怪我を負っていた。普通の馬なら早々に見限られるだろう。しかしウィルは誰かの愛馬らしく、かいがいしく治療を受けていたのだ。


 今まで見た馬の中でも一等美しく輝いている馬。

 一目でその毛並みに惚れ込んだ私は、業務時間外でもたまにこうやって様子を見に厩舎へ通っていた。


 右手にブラシ左手にフォーク、背後には山のように積まれた牧草ロール、馬の鳴き声に包まれながら頬をその綺麗な毛並みに寄せる。


「(やっぱり人間より馬だ、絶対……)」

「ヒヒン……」


 白い毛並みに金色の鬣。まるで物語にでも出てきそうなほど美しい馬だ。

 まるで私の心を読んでいるかのように、優しい目を私に向けてくる。


「私が騎士団に馴染めないの心配してくれるの? やっぱりお前は優しいねぇ……!」

「ヒーン」

「え? 自分からもっと輪に入っていけって?」

「ヒヒン」

「そうすれば昼時もここでボッチ飯しなくてもいい……って言われても……」

「ブルッ!」

「きっと恋人もできるぅ……⁉」


 なんというハードルの高いことを言うのだ。

 もしかしたら人間の私より馬のウィルの方が恋愛に精通しているんじゃ無いだろうか。というか、絶対私より精神年齢高いと思う。




「ちょっと! アイリス! ここに居るの⁉」

「げ」


 この声は……!

 ウィルの巨躯に、思わず自分の体を隠した。


「隠れたって無駄よ! 早く出てきなさい!」

「ちょっ……! そんな大声出したら馬が驚くよ……!」

「引っかかったわね」


 あ。と思ったときには既に遅かった。

 あっという間にウィルの陰に隠れていた私を見つけ出すと〝彼女〟は私の腕をムンズと掴んで陰から引っ張り出したのだ。


「い、痛いよ……マリアン……」

「何を言っているの。もうすぐ朝礼の時間よ!」

「いやだぁ‼」

「いやでもなんでも! 王立騎士団の一員である以上出る義務があるのよ!」


 彼女ことマリアン・クラベルの言うことはもっともだ。

 頭ではわかっている。けれど!


「あんな毎朝大声で騎士訓叫びながら外周する意味ある⁉」

「体力作りよ」

「もう疲れたよぉ……!」


 同室兼同期のマリアンは私と正反対だ。

 決して冷たくは無いが、険のあるブルーの瞳は騎士らしく凜としており、耳の下で切りそろえられた栗色の髪は涼しげに風に揺られている。

 竹を割ったような性格で、友達も多く信頼も厚い。その上剣の才能だってある。


 比べて私はどうだ? 人付き合いは苦手、ウジウジした性格、友達おろか知り合いだって殆どいないに等しい。

 あ、自分で言っていて悲しくなってきた。

 しかし彼女がいなかったら、私はきっと王立騎士団を早々に辞めていたことだろう。


「はら、髪に草がついているわよ」

「あ、ありがと」


 流石騎士様。街の夢見る乙女が憧れそうな手つきで、私の背中まであるくすんだ茶色の髪についていた草を取っ払ってくれた。

 ウィルの食べかすの草だ。


「ほら、遅刻するわ」

「風邪引いてお腹下して腸が出る寸前って上官に言っておいてよぉ……」

「何言ってるの。そんなこと言ったら病院行きよ」

「それはあかん」

「その前に女性として色々失うわよ」

「ブルル……」

「(せめて食あたりとかにしてもらえって? そんな馬鹿丸出しな理由で!)」


 ああ、憂鬱だ。今から手に血が滲むまで剣を握って、口の中に血の味が広がるまで走り込んで……!


「マ、マリアン~……!」

「あなたの意思でここに来たんでしょう。頑張りなさい」


 はい論破。


 見送るウィルに助けを求めるが、彼は優雅に草を食むだけ。


 結局マリアンに引き摺られて、厩舎から出る羽目になったのだ。

 

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