訳のわからぬ探偵は

浅川瀬流

第一章 噂の探偵

第1話

 早く佐伯さえきにおはらいをしてもらわなければ。


 ……死ぬ。

 直感的にそう思った。呪い殺される——


 * * *


 ゴールデンウィークが終わり、五月病なんてものがいたるところで流行はやる時期。特に大学生は授業をサボるやつがグッと増える。友達同士で授業に出席する日としない日でシフトを組んでいる者を何組も見かけた。


 根が真面目な秋斗あきとはそんなことはせず、眠そうな顔で授業が始まるのを待っている。右隣に座る春樹はるき、さらにその横に座るのぞみは、秋斗の課題をせっせとうつす。授業はシフト制にしていない彼らだが、課題はちゃっかりシフト制を取り入れていた。


 必修である英語の授業は、入学してすぐに受けたテストの成績で自動的にクラスが分けられる。グループワークやペアワークをする中で自然と気の合う奴もでき、よく一緒にいるようになったのが後藤ごとう春樹と倉田くらた希だ。

 希に関しては、秋斗と中学まで同じだったから、自己紹介したときはお互いびっくりしたのを覚えている。霊感があるという共通点で当時仲が良かったとはいえ、制服姿の印象が強い中学とは違って大学は私服だ。意外と気づかないものだな、と秋斗は思った。


「秋斗、問三のやく間違ってる」

 希はメガネをはずして服でふいた。今日の午後に体育の授業があるという彼女は、髪をポニーテールにしている。

「さっすが倉田さん、頭良い~」

 のんきな春樹は希の答えに写し変えた。


 だったら自分でやれよ。秋斗はため息をつく。


 課題を写し終えたらしい春樹は、手持ち無沙汰ぶさたに脚をぷらぷらさせた。

「そうそう二人ともさ、この大学に探偵がいるって知ってた?」

「んあ? 探偵?」

 唐突な春樹の問いかけに、秋斗はあくびをみ殺しながら反応した。

「そ、探偵。四年の女の人が一人で探偵サークルをやってるんだってさ」


 一体どこからそんな情報を仕入しいれてくるのか。ここは私立でかつマンモス大学だ。春樹の顔の広さにはびっくりする。

 希は頬杖ほおづえをつき、横目で春樹を見た。

「探偵って、なにか事件でも解決してるの?」

「ウワサによると、恋人の浮気調査とか試験の問題を教えて欲しいとか、そんな感じらしいよ。ただ単に相談に乗る場合もあるし、占いみたいなこともしてくれるとか」


 指を折りつつこたえる春樹は、「ね? 面白そうじゃない?」とあどけない笑顔を二人に向ける。この後の展開を予想している秋斗と希は、春樹を通り越して視線をわした。代表して秋斗が質問する。

「それで? その探偵がどうかしたのか?」

 春樹はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、口角を上げた。

「四限終わったら一緒に行こうよ!」


 ほらきた。秋斗と希は二人同時に天をあおいだ。春樹はまるで小学生男子のようなノリで、あれやろう、これやろうと言ってくる。

 好奇心旺盛おうせいすぎるのだ。


 この前も、バラエティー番組で見たバンジージャンプがしたいと急に言い出し、大学帰りにそのまま連行された。高所恐怖症の秋斗は何が何でも嫌だと断り、春樹と希が橋の上から落ちていくのを見届けた。ジェットコースターなど激しいアトラクションが好きな希はめっちゃ生き生きしていたっけ。


 春樹が悪い奴じゃないのはわかっているが、毎日何かしら面白い情報を仕入れては連れ回されるので非常にエネルギーが消費される。秋斗は最近眠れないことが多いのに、だ。眠れていないから疲労が蓄積するばかり。はぁ……と秋斗は深いため息をついた。

 眠れない原因を希は呪いだという。春樹の実家ははらい屋なのだが、会うたびに希は「早く後藤くんの家でお祓いしてもらいなよ」とうるさい。


 希の霊感が強いことを秋斗が一番よく知っているし、彼女の霊感を疑っているわけではないのだが。自分に霊感がある分、自分が視えないものはどうも信用できないのだ。


「見に行くだけだからな」

 秋斗はあきれながらつぶやいた。断れば良いものを、そうできないのは彼がお人好しだからだ。春樹もそれをわかってて誘ってくるのかもしれない。当の春樹は顔をほころばせた。

「やった! 倉田さんは?」

「私はパス。今日はバイトだから」

「そっか~、どんな感じだったか報告するね!」


 教授が講義室に入って来たので話は終了した。ズボンのポケットに入れたスマホが振動する。机の下でメッセージアプリを開くと、希からだった。

『また面倒くさいことに巻き込まれないようにね』と。秋斗は『それは春樹に言え』と返した。

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