第15話 自分の気持ち(トレイシー視点)

(私がレンを、異性として好き?)


 唐突に言われ、思わず奇声を上げてしまうが、深呼吸をして一旦気持ちを整え、反論をする。


「何故そのような事を言うのかは分かりませんが、彼は理不尽な理由で屋敷を追い出さられ、私はそれを指をくわえて見る事しか出来なかったのです。その贖罪をしに会いに来ただけですよ」


「だけって、それが何だか嘘くさいんですよね」


 リジーは疑いの目を向けて来る。


「良いとこのお貴族様が平民であるレンさんの為に、わざわざこのような所まで来るというのが、まずあり得ないんですよね。それもこんな夜更けに。追い出した事に対して罪悪感を持ったとしても、そこまでする必要あります?」


「私がいつの時間に来ようがあなたには関係ないでしょ。それにこの時間を指定されたのは占い師の方ですから、私が決めたのではありません」


 ややムッとした口調で返せば、副長が私とリジーの間に入ってくる。


「リジー、そんな言い方では話し合いにならないですよ。お嬢様、すみません。リジーはレンさんに助けてもらった事があるので、気になっているのですよ」


「え?」


 レンがこの子を助けた? そしてこんな可愛い子が気にかけている?


 何だろう、妙に胸がざわざわするわ。苛立ちというか、嫌な気持ちだ。


「そして私もレンさんにはお世話になった一人です。レンさんはとても優しくて、沢山の人が彼によって救われました」


「レンがそんな事を?」


「えぇ。彼は今や私達にとってもいなくては困る人なのです」


 俄かには信じられない。


 屋敷に居た彼は確かに優しかったけれど、率先して動く人ではなかった。でも二人がレンについて話す仕草や表情には感謝の気持ちが滲み出ているので、嘘ではないだろう。


(レンにはもう居場所があるのね)


 安心した気持ちと、寂寥感が心を掠める。


(私はレンの事を何も知らなかった。このような交友関係がある事も、人に感謝される様な事をしていたというのも)


 レンは既に自分の道を歩んでいる。


(私が居なくても平気なのね……)


 何だろう、そう考えると凄く胸は痛いし鼻の奥もツンとしてくる。


 だがそれらの気持ちを抑え込み、ひとまずレンについて教えてくれた二人に礼を述べる。


「もう、レンには新たな居場所があるのですね……それを聞けただけでも良かった」


 彼は自らの力で未来を切り開き、私の知らない道を歩んでいる。


 だから屋敷に戻ってきて欲しいという話を拒んだのだと、思った。


「そうですね、彼は今奮闘しています。新たな生活と、そしてあなたの為に」


 何故そこで私の事が出て来るのだろう。


「私の為? 彼は私の元に戻る事を拒みました。もう私の事は過去の人だと思ってるはずですよ」


 そこのリジーという可愛い女性も身近にいるのだし。


「逆です。彼はあなたの未来の為に、頑張っている。知ってますか? 彼はあなたの良き伴侶を探しているのですよ、あなたが碌でもない婚約者と一緒になって、不幸にならないように」


「え?!」


 そんな事は欠片も言われていないのだけど、どういう事かしら。


「彼はあなたのこれからを心配して、相応しい男性はいないかと私とリジーに相談をしてきたのです」


「そんな事しなくていいのに……私にはそんな男性、必要ないわ」


 一緒になりたい人は決まっている。


 自分の為に身を挺して私を守り、離れていても私を想ってくれる人。


「そうですよね。それではお嬢様、ここで話が戻るのですが――」


 副長が含みのある目を私に向ける。


「お嬢様はレンさんの事が好きですよね?」


 リジーが言った事と同じなのに、今度はすっと耳に入ってくる。


 色々と自分の気持ちに気づいたからだろう。けれど。


「……わかりません」


 今の私にはこの気持ちに名前が付けられなかった。


 そうしてその後は特に大事な話をすることもなく、そろそろ帰らなければという時間になる。


 すっかり夜も更け、通りにはほぼ人もいない。


(待たせているあの子は大丈夫かしら)


 付き添いで来てくれた侍女の身を案じて応接室を出ると、ホールの片隅のテーブル席に、いかつい男性と私の侍女が座っているのが見えた。


 聞けば彼はこの商業ギルドのマスターで、外でうろうろしている侍女を見かねて建物内に入れてくれたのだという。


「帰りは送っていきますよ。大事な仲間の大事な人だ。何かあったら大変ですからね」


 彼もまたレンには助けられていると話をしてくれた。


(レンは慕われているのね)


 心が温かくなり、落ち込んでいた気持ちが少しだけ救われる。


 屋敷に帰り、その日から数日経過する。すると転機が訪れた。


 話し合いに行こうと思っていたのだが、その前に婚約者がすんなりと元婚約者となり、力を得ようと人脈づくりに勤しもうと思っていたらどんどんと人が集まってきて、家ではなく私の協力者となってくれたりなど、信じられない事が次々と起こる。


(あの日、レンと別れてから、何だか良い事尽くしだわ)


 色々な人と話をし、その中では結婚話についても浮上するが、その度にレンの顔がちらついてしまい、無理であった。


 けれどそれはマイナスな事ばかりではなく、寧ろ異性と話す事で逆に気持ちが固まる。


(今なら何でも出来るような気がするわ。今生の別れのようにレンには言われたけれどこのままでは諦めつかないもの)


 また断られたとしても何度でも思いを伝えに行こう。












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