峠の青鷺火

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峠の青鷺火

 森は独特の静寂に包まれていた。

 高い木々が立ち並び、夕陽の柔らかな光が葉っぱの間から差し込んでいた。風がそよぎ、葉っぱたちはささやかな音を立てて揺れている。

 その穏やかな風景とは裏腹に、どこか神秘的な雰囲気が漂っていた。

 この辺りには人の気配が全く感じられない。まるで世界全体がこの場所だけ取り残されたかのような感覚だった。

 そこを二人の女性が歩いていた。

 一人は、鮮やかな茶色の髪を持ち、軽やかなハーフアップスタイルにまとめていた。スポーティな体格と活発な笑顔が特徴で、自然体な魅力を放っている。健康的な肌に、明るく輝く目が印象的で、彼女の活発さを象徴していた。

 顔立ちは整っていているが、大学生にしてはやや幼いところがあった。背丈はそれほど高くなく、平均的な女性よりも少し低いくらいである。

 名前を平山ひらやま里奈りなという。

 ロゴTシャツにマウンテンパーカーを羽織っており、緩やかなハーフパンツを履いている。トレッキングシューズやキャップなど全体的にラフな格好をしていた。

 また、腰に巻かれたウエストポーチもアクセントになっている。

 もう一人の女性は、落ち着いた黒髪を肩まで伸ばしており、前下がりボブヘアに仕上げていた。色白で清楚な雰囲気があり、知的さと落ち着きを兼ね備えた美貌を持っている。

 身長は高くモデルのような体型をしており、すらっとした手足が印象的な美人だ。

 目鼻立ちがはっきりしており、美人だが可愛らしさも兼ね備えている。

 名前を呼ぶとこちらを向いてくれるような、親しみやすい優しさを感じさせる。

 名前を大川おおかわはるかという。

 五分袖のTシャツにジーンズといったシンプルな服装をしている。腰には重ね着をしていたクロップド丈のハンサムシャツを暑さから腰に巻き付けていた。

 ワイドブリムハットを被り、足元はトレッキングシューズを合わせている。

 二人は大学で同じサークルに所属している同級生であり、仲の良い友人同士であった。

「本当に、ここに青い鳥なんて居るの?」

 遥は不思議そうに尋ねた。

 里奈はその質問に対して得意げに答える。彼女は胸を張って自信満々の様子だ。

「もちろんよ! きっと私たちを待ってるわ!」

 そんな里奈を見て、遥はクスッと笑った。

 大学の課題として出されたレポートを書くために、青い鳥について調べることになった。

 それは、童話『青い鳥』に登場する青い鳥を探すという内容だ。

 1911年にノーベル文学賞を受賞したモーリス・メーテルリンクの童話『青い鳥』は、クリスマスの前夜、チルチルとミチルの兄妹が幸せの青い鳥を求め様々な国を旅するが、青い鳥はどの国で見つけても持ち帰ることはできず、兄妹は朝を迎えるが兄妹が家で飼っていた鳥こそが青い鳥であったことに気付き、幸せは身近にあることを知る。

 モーリスはベルギー出身の作家であるが故に、モデルとなった鳥が日本に居る訳はないのだが、二人は古典文学を研究しているということもあり、日本の古書にも青い鳥の記述があったことから興味本位で探すことにした。

「日本で青い鳥といったら、瑠璃三鳥ね」

 遥は言った。

「オオルリ・コルリ・ルリビタキの3種でしょ。それはもう知っているわ」

 里奈は不満そうな顔をする。彼女が求めているのはもっと奇異な鳥。

 それは、青く輝く鳥とか、火に包まれている鳥とか、そういったものだ。

「光る鳥って……。里奈、それ本気で言ってるの? そもそも、この森に生息しているのかしら……」

 遥は怪しげな表情を浮かべる。

 しかし、里奈は真剣そのもので譲らない。

「目撃証言があるのよ。この前、テレビでYou Tube見てた時にリモコンを適当にいじってたら、たまたま青い鳥らしい動画を見つけたのよ。ぼやっと光っててて、それが凄い神秘的で綺麗だったんだから!」

 里奈は興奮気味に話す。

 青い鳥の動画を見た後、すぐにネット検索して情報を集め、この峠であることを知った里奈は、遥を誘って実際に見に来たのだった。

 遥はため息をつく。

 里奈の勢いに負けてしまったようだ。

 しかし、青い鳥を探したい、実際に見てみたいという気持ちは同じだった。

 「幸せの青い鳥」「ブルーバード」など、青い鳥は幸せの象徴とされることが多い鳥たちで、多くの人たちが魅了される鳥たちだ。

 実際、青い鳥たちは実に美しく、出会えた時には、その神秘的な姿に目を奪われてしまう。

 里奈の言うような青い鳥と遭遇する確率は、かなり低いと言わざるを得ないが、大学の授業の一環でありアウトドアが好きな二人にとっては貴重な体験となるかもしれない。

 遥も覚悟を決めた。

 二人は気を引き締め、峠の森の奥へと進んでいく。

 鬱蒼うっそうとした森の中を進むと、木々の隙間からは夕陽が差し込み、薄暗いながらも幻想的だ。

 鳥たちの鳴き声も聞こえ峠の奥に進むにつれて、小道はますます狭くなり、木々の影が濃くなっていった。

 薄暗い雰囲気が漂い、まるで別世界に迷い込んだかのような錯覚を覚えた。

 遥も里奈も不安な面持ちになる。

 しばらく歩くと、急に開けた場所に出た。

 そこには、小さな池があった。

 水面が反射し、キラキラ輝いている。

 空を見上げると、木漏れ日が降り注ぎ、鳥たちが羽ばたいていた。青い鳥が見つかるかは分からないが、こんな美しい景色を見ることができるとは思わなかった。

 遥は感動していた。

「いい場所ね。ここをベースキャンプにしようよ。夜になったら星空もきれいよ」

 里奈の提案に遥は賛成した。

 実地調査は明日からでもできる。

 今日はここで野営をすることにした。

 テントや寝袋などの必要な道具は全て揃っている。

 二人は他愛もない話をしながら食事を済ませた。

 日は時間とともに陰りを見せる。

 夕闇に包まれ始める景色というのも悪くない。

「ねえ遥は、青い鳥を見つけたら何かお願い事をする?」

 里奈が尋ねる。

 遥は少し考えてから答えた。

「お願いね……。私は、願い事よりも、自分の行動によって運命を切り開いていきたいと考えてる」

 遥はそう答えると、里奈は感心したようにうなずいた。遥はロマンチストではあるが、現実的な考え方をする一面もある。

「そういう里奈は、何かあるの? 願いごと」

 遥が聞くと、里奈は少し照れくさそうな顔をする。

「彼氏欲しい」

 一瞬の間。

 遥は吹き出した。まさかそんな言葉が出てくるとは思わず、動揺してしまう。

 里奈は恥ずかしさを隠すかのように早口に喋り出す。

「いいじゃない。私も大学生なのよ。彼氏の二人や三人くらい欲しいわ」

 里奈は冗談っぽく言っているが、内心では切実に願っているのかもしれない。

「いや。二人も三人も要らないでしょ」

 遥が苦笑しながら言うと、里奈は頬を膨らませる。

「遥はいいじゃない。美人で勉強もできるから男なんか選り取り見取りでしょ」

 里奈は不満を漏らす。

 遥は少し困惑した表情を見せる。

「別に勉強ができたって、彼氏がいる訳じゃないわ。ただの知り合い」

 遥は淡々と答えて続けた。

「心から燃え上がるような恋なんか経験したことない。この人いいな、かっこいいなって思っても、結局片思いのまま終わっちゃうのよ」

 遥の話を聞き、里奈はため息をついた。

「そっか……」

 里奈も、同じような経験はあった。

「ところで里奈は、どんな彼氏が欲しいの?」

 遥が質問すると、里奈は腕組みをして考える。

「そうね。やっぱりイケメンで身長が高くて、スポーツもできて料理もできる人がいいな。それから私のことをお姫様みたいにさ……」

 里奈は理想の彼氏像をつらつらと語り出す。とても具体的で具体的な人物像が浮かぶようだ。遥は少し苦笑いをしていた。

 お伽話の中に出てくるような外見をして、高級車を乗り回していたりする王子様タイプのイケメン。あまりにも理想が高すぎて夢見がちな里奈に対して、遥はまだまだ子供だと思ってしまった。

「私も恋愛経験があるわけじゃないけど、里奈の理想は高すぎる気がするな。もっと現実を見ないと、里奈が行き遅れても私は知らないからね」

 遥が言う。

「だからこその青い鳥なのよ。流れ星に願いをしても叶わないかもしれないけど、青い鳥なら、もしかしたら私の願いを叶えてくれるかもしれないでしょ?」

 里奈は力説する。

 遥は微笑んでいた。

 どんな青い鳥が出てくるのか、本当に見つかるのか分からないが、里奈の幸せを願ってあげたいと思った。

 遥はスマホを取り出すと、カメラモードにした。

「青い鳥が出たら写真を取らなきゃね。テストを兼ねて記念撮影もしておこうか」

 遥が提案すると、里奈は笑顔で頷いた。

 二人は、池の畔に立った。

 カメラを構えて、背景にこの森の美しい自然を収めた写真を撮る。

 反射する光がまた美しかった。

「よし。里奈、今度は二人で自撮りしてみようか」

「いいね。やろやろ」

 遥は里奈の隣に並ぶと、インカメラに切り替える。ピースサインを作ってお互いを覗き込むようにして撮影した。

 続いて、二人共後ろ向きになって背中合わせに自撮りをする。さっきと同じ要領で写真を撮ると二人が写っていたが、今度は背中から光が伸びていてそれぞれの影も見えていたためか少し幻想的だった。

「どう。うまく撮れた?」

 里奈は遥のスマホを覗き込む。

 すると、彼女は驚いたような表情を見せた。

 なぜなら、撮った写真の背景に青い光が浮かんでいたのだ。

「え? これってもしかして……」

 里奈はびっくりして、背景となった池の向こう側を見ると、青い光が点滅していた。

 二人は顔を見合わせる。

 まさか、と思った。

 本当に青い鳥が見つかったのか?

 しかし、こんなことがあるのか……とも思っているようだった。

 いや、実際に現れたのだから信じるしかないだろう。

 本物の青い鳥ではないかもしれないが、この森にだけ現れる摩訶不思議な鳥かも知れない。

「行こう遥!」

 里奈は遥の手を引っ張り、池の方へ駆け出す。

 二人は、その光に導かれるようにして走った。

 青い光は点滅しながら二人を導いていく。

 やがて、二人がたどり着いたのは小道から少し外れた場所だった。草をかき分けながら進んでいくと、そこには小さな野原があった。

 太陽の光を反射して、辺りにたくさんの小さな輝きが見えるのだった。

 その中には青い光の粒があり、それが飛び回っていたのだ。それはまるでお伽話に出てくるような幻想的な光景だった。

 光の中央にいたのは、鳥だった。

 小鳥のような小さな体ではなく、大柄で美しい青色をした鳥だ。

 青いだけではない、鳥は火に包まれていた。

 その美しさは、見るものを魅了し、心を鷲掴みにするものだった。

 思わず見惚れてしまい動けなくなってしまうほどの圧倒的な存在感がそこにあった。

 遥と里奈は言葉を発することも出来ず、ただただその様子を見守ることしか出来なかったのだった。

 すると青い鳥と目が合った気がした。

 里奈は、はっと我に返る。

 青い鳥の目に危険を感じた彼女は、遥の手を摑んでその場を離れようとするが、足元の枝を踏み外してしまう。

 里奈は転倒してしまった。

 それに気づいた青い鳥は、すぐにこちらに向かってきた。

 二人は逃げようとするが、あっという間に眼の前まで迫られてしまう。

 青い鳥は、嘴を開くと火を吐いた。

 火が地を這って二人を襲う。

 その攻撃に、里奈と遥は左右に別れて逃れた。

「え!? 鳥が火を吹くなんてどういうこと?」

 里奈は驚き、狼狽えていた。

「それは、こっちのセリフよ。幸運の青い鳥じゃないの?」

 遥は、不満を漏らす。

 二人は立ち上がって体勢を整えようとしていると、青い鳥が翼を広げて上へと飛び立とうとしていた。

「上から来るわよ」

 遥は、里奈に呼びかける。

「ちょっと、待ってよ遥」

 先んじて動く遥に、里奈は追いつく。

 青い鳥が、頭上から落下してきた。

 二人はそれを避けると、木々の間に飛び込む。

 木々の間を縫うように走っているが、青い鳥も同様に木々の間を縫うように飛んで来る。

 このままでは、いずれ追いつかれてしまうだろうと思われた。

「どうしよう遥!」

 里奈が小声で言う。

「彼氏ができるように願ったら。願いが叶ったらボールになって消えてくれるかも知れないわよ」

 遥は、冗談半分で言う。

「どこの龍の神様よ。あんな火を吹くようなのが、お願いなんて叶えてくれる訳ないでしょ!」

 里奈は反論する。

 二人は、茂みの中に飛び込み身を隠す。

 すると青い鳥は、二人の姿を見失ったのか、その場で旋回し始める。

 どうやら見失ったようだ。

 二人はほっと胸を撫で下ろす。

 だが、油断は禁物だ。

 いつ見つかるか分からない恐怖感を抱きながらも、打開策を探す必要があった。

「一体何なのよ、あの鳥は?」

 里奈の質問に遥はスマホを開いて調べ物をしていた。

 だが、それらしい情報が見当たらない。

 それどころか検索しても出てこないのだ。

 こんな生き物は見たことがないし、世界中を見渡しても見つかることはないのではないかと思うほどだった。

 それは二人が一番よく知っていることだったが……。

 そんなことを思っていると、遥の手が止まった。

「……里奈、分かったわ。あれは、青鷺火あおさぎびよ」

 遥がそう言うと、里奈は驚いて聞き返す。


青鷺火あおさぎび

 青鷺とは、ゴイサギという鳥の別名で、長生きしたゴイサギは妖怪になると考えられていた。

 江戸時代の妖怪画集として知られる鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』や『絵本百物語』にも取り上げられ、老いたゴイサギは胸に鱗ができ、黄色い粉を吹くようになり、秋頃になると青白い光を放ちつつ、曇り空を飛ぶともいう。

 江戸後期の戯作者・桜川慈悲功の著書『変化物春遊』にも、大和国(現・奈良県)で光る青鷺を見たという話がある。

 それによると、化け柳と呼ばれる柳の大木に毎晩のように青い火が見えて人々が恐れており、ある雨の晩、1人の男が「雨の夜なら火は燃えないだろう」と近づいたところ、木全体が青く光り出し、男が恐怖のあまり気を失ったとあり、この怪光現象が青鷺火の仕業とされている。

 青鷺火は火の玉になるともいう。火のついた木の枝を加えて飛ぶ、口から火を吐くという説もあり、多摩川の水面に火を吐きかける青鷺火を見たという目撃談もある。

 ある侍が真夜中に青白く光る火の玉がでるという噂を聞いて現場に向かった。現れた火の玉を刀で斬りつけたところ、その場に大きなゴイサギが倒れていた。

 科学的には水辺に生息する発光性のバクテリアが鳥の体に付着し、夜間月光に光って見えるものという説が有力と見られる。

 また、ゴイサギの胸元に生えている白い毛が、夜目には光って見えたとの説もある。


「なに? あれって妖怪なの?」

 里奈が聞き返すと、遥は頷いた。

「とんだ青い鳥だった訳ね」

 遥は、ため息をついた。

 妖怪なんて信じていない遥でも、目の前に現れた青い鳥がこの世のものとは思えないような雰囲気を持っていることは感じているのだろう。

 いや、もしかしたら本当に、この世とは別の存在なのかもしれないとすら思い始めているのかもしれないと思ったら背筋が冷たくなるのを感じた。

 二人は、ふと頭上に羽ばたきを聞いた。

 そろって頭上を見上げると、青い鳥が2人をめがけて飛んできているのが分かった。

 里奈は立ち上がって逃げようとするが、足がもつれて転んでしまう。

 遥も同じように尻餅をついてしまった。

 その間にも、火の鳥と化した青鷺火が降りてくる。

 二人は茂みから飛び出す。

 遥は転がりながら枝を拾うと、青鷺火に向かって投げた。

 しかし、木の枝は青鷺火が軽く火を吐くと簡単に燃え尽きてしまった。

 里奈と遥は全速力で駆け出すが、青鷺火はそれを嘲笑うかのように悠々と追いかけてくるのだった。

 二人は森の中を必死に走るが、どこまでもついてくるようだ。

 まるで地獄の追いかけっこのような感覚が二人の全身を包んでいた。

 冷たい汗がダラダラと流れ落ちていき、呼吸も乱れていた。

「ねえ。火の妖怪なんだから、水をぶっかけたらやっつけられない?」

 里奈が遥に提案する。

 しかし、遥は首を横に振った。

「たぶん無理ね。伝承だと雨の日でも、青鷺火は現れているんだから」

「ああ。さっきウンチクで、そう言ってたわね」

 里奈は、力なく笑った。

 木々の間を縫うように走っていたが、運悪くそこは急斜面になっていた。

 そして足を踏み外してしまった二人は滑り落ちてしまう。

「きゃあ!」

 里奈は悲鳴を上げるが、斜面を転げ落ちていく。

 遥も同じように滑り落ちる。

 幸いにも、斜面は短くすぐに平坦な場所に到着した。

 里奈は、全身泥だらけになって倒れていた。

 その横では、遥も同じように倒れているが、ちょうど落ちたところが木と木の根の間に窪みになっており、クッションのような役割となって体をぶつけることはなかったようだ。

 だがそれでも痛いものは痛く、起き上がるのに苦労していた。

「遥大丈夫?」

 里奈が声をかける。

 遥は、すぐに起き上がった。

「ええ。何とかね」

 そして、周囲を見回すと自分たちが森のかなり奥深いところまで来てしまっていることに気づいたのだった。

 そこに青鷺火が襲いかかる。

 里奈は細めの枝木を拾うと、正眼の様に構えた。

 剣道や剣術の経験はない。映画やアニメでよく見かける主人公の真似をしてみるが、動きがぎこちないのは当然だ。

「里奈、無理よ!」

 遥は先程、棒を投げて燃え尽きたことを見ていただけに、里奈の行為がどれだけ無謀かを察する。

「こ、この!」

 だが、里奈は諦めない。泥臭く食い下がるように枝木を振るう。枝木は空を切る、ヒュンヒュンという風切り音を奏でた。

 青鷺火の嘴が開き、火の息を吐きかけた。

「きゃあああ!」

 里奈は、悲鳴を上げながら夢中で枝木を振るう。彼女に襲いかかった火が枝木に巻き付く。

 遥は枝木が火によって燃え尽きるものだと思っていたが、予想に反して青鷺火の吐いた火は枝木に掻き消されたのだ。

「え!?」

 驚く遥の前で、火の気を消された枝木は煙を立ち昇らせながらも元の形状を保っている。

 その瞬間、遥は近くに広葉樹の低木があることに気づいた。

 葉は互生し、出羽状複葉で小葉は広披針形で先端が少し突きだし、幹は叢生そうせいし幹の先端にだけ葉が集まって付く独特の姿をしている。

 里奈の持っている枝木を見ると、樹皮は褐色で縦に溝があった。

 南天の木だ。

 南天の幹は細く、2~3cmと細い。

 枝木だと思っていたのは、南天の幹だったのだ。

「そっか。南天の木の力なのね」

 遥は、南天にまつわる伝承を思い出した。


【南天】

 メギ科ナンテン属の常緑低木で、1属1種の植物。

 中国原産で、日本には平安時代に伝わった。庭木として植えられ、冬に赤くて丸い実をつける。乾燥させた実は南天実なんてんじつとして咳止め伝統医薬とされる。

 冬の寒い時期でも青々とした濃緑の葉が茂り、さらに赤い実を付けること、そして難を転ずるという意味にもなると考えられており、古くから縁起物として扱われ、厄除けや魔除けとして日本の家庭でもたくさん栽培されてきた。

 南天は「難を転ずる」→「難天」→「南天」という意味合いで縁起の良い木とされ魔除けや火災除けの効果があると言われており、昔から人々に愛されてきた。

 植えられる場所は、鬼が出入りする方角とされた「鬼門」(北東)か、その対極にある「裏鬼門」(南西)、「ご不浄」(トイレ)の脇が選ばれた。


「里奈。この南天の木なら、妖怪をやっつけられるわ」

 遥は、里奈に起こったことを手早く説明した。

 南天の木の力によって、青鷺火の火を食い止めることができたのだ。

「そ、そっか。なら、ここから私達の反撃ね」

 里奈は緊張で乾いた唇を舐めると、枝木を握る手に力を込める。

 青鷺火は2人に向かって滑空するように急迫する。

 そして火の息を浴びせかけるが、そこで里奈の持っている南天の木によって防がれてしまい、またしても燻り消えてしまうだけだった。

 やはり南天の力が通用すると確信して、里奈は青鷺火が動揺している瞬間を狙って南天の木を青鷺火に叩き込む。

 青鷺火は翼を叩かれ、一度地に転がる。

 だが、すぐに起き上がり嘴を開いた。

 里奈に火の吹き付けるが、里奈は南天の木で火をかき混ぜて、それを防ぐ。

 すると、青鷺火は体制を立て直して飛んで来た方向を逆に逃げ出す。

「逃げたわ!」

 遥は青鷺火が逃げ出したことに、ほっと胸をなでおろす。

「よし。追うわよ」

 里奈の言葉に、遥は驚く。

「どうして?」

 遥は、青鷺火が逃げた方向に近づいていく里奈を止める。

 だが、里奈は強い口調で言うのだ。

「ここで逃がしたら、また戻ってくるかもしれないでしょ」

 それを聞いた遥も、渋々ながら納得したのであった。

 二人は枝木を手にして追いかけるが、森の中では一度見失ってしまったことから足取りを見失う危険性もあったのだ。

 それだけに何としても青鷺火に見つけ出したいという欲求に駆られているのだった。

 青鷺火は身体が火で覆われているために、夕闇には目立つ。

 普通の鳥ならば追跡することなど出来なかったろうが、火を纏う妖怪の為に彼女達にとっては、追跡することはさほど難しいことではなかった。

 二人は青鷺火を間近で目撃した小さな野原に行き着いた。

 すると、青鷺火は樹の下でうずくまるようにしていた。

「弱っているのかしら?」

 遥の言葉に、里奈は怪訝に思いながら近づいて行く。

「退治する絶好の機会よ」

 里奈は、南天の木をそっと掴んでいた手が熱くなる感覚に襲われた。強く持っていたせいで手が汗ばむ。

 二人は用心しながら青鷺火にそっと近づく。

 あと、5歩もすれば南天の木を叩き込むことができる距離まで行って、里奈は気づいた。

 その様子に、遥は訝しげに里奈が見る方向を凝視した。

「あ……」

 遥は、青鷺火の前に雛鳥が三羽並んでいるのを見る。

 雛鳥は、里奈と遥を恐れるように小さな体を更に小さくして震えていた。

 青鷺火が親鳥なのだろう。

 青鷺火は雛鳥を守るために、懸命に威嚇する。

「……青鷺火が襲ってきたのって雛を守ろうとしていたのね」

 遥は切なそうに呟くと、里奈は深くため息をついた。

 青鷺火は里奈を見つめる。

 それに気づいた里奈は、南天の木を力いっぱい遠くへと放り投げた。

「大丈夫よ。私達は、もう何もしないから」

 里奈は、なだめるように優しい口調で青鷺火に語りかける。

 遥は怖がらせない様に、身を低くする。

 里奈も、それに習う。

「可愛い」

 遥が思わず、呟いた。

 雛鳥は丸々と太っていた。

 身体が燐光のようにボヤッと光り、その姿は愛嬌がありとても可愛いく見えたのだ。

 親鳥の青鷺火も雛鳥を守ろうとしているのか、ときおり鳴き声を上げている。

 里奈は木を見上げた。

 そこには枝が積み上げられた巣が見えた。

「遥。きっと雛は、巣から落ちたのよ」

 里奈は、遥の肩を叩いて木の上を指す。

 二人は、青鷺火も巣から落ちた三羽の雛鳥を庇っていたということを改めて理解する。

 里奈は熟考する。

「ねえ。雛を巣に戻してあげようよ」

 里奈の提案に、遥は青鷺火を見る。

「怖いけど、危害を加えることはなさそうだし」

 遥はおずおずと青鷺火に近づき手を差し出すが、威嚇される気配はない。

 里奈は近づき、雛鳥に手を伸ばすと青鷺火は翼を広げて一鳴きする。

 大きな姿と、鳴き声に二人はビクつく。

 だが、青鷺火は火を吹くことはなかった。

「遥。肩車して」

 里奈が、震える声で遥に頼む。

 青鷺火の雛鳥を抱き上げ、巣に戻すには、上向きの身長が必要ということだ。不安そうな顔で見上げてくる里奈を見て、遥は結局折れたのだった。

 遥は、里奈の脚を持ち、彼女の股を首の後ろに回す。身体を持ち上げて肩車して立ち上がる。

「……ちょっと里奈。アンタ重いわよ」

 遥は悪態をつく。

「失礼ね。体重増えてないんですけど」

 里奈は、頬をふくらませて怒る。

 声の調子から怒っているようにも感じるが、遥にはそれが冗談であることを理解した。

 いつものような気安い雰囲気だあることが分かる。

 そんな空気を察すると里奈も肩の力が抜けていく。

 他愛もない、いつもの二人の呼吸だ。

 遥は里奈の足裏を支え、肩のあたりまで持ち上げる。里奈は慎重に体を伸ばし、やがて完全に立ち上がると青鷺火の雛鳥を巣にそっと戻す。

「よし。良いわよ」

 里奈の言葉に、遥は地獄から開放された気になり、慎重に里奈を肩に戻し、しゃがみこんで彼女を地に下ろした。

 それから里奈と遥は、その場を離れる。

 巣を見ると、青鷺火が愛しそうに雛鳥を嘴で撫でているのが見えた。

「せっかく青い鳥を見つけたと思ったのに、その正体が妖怪だなんてね」

 遥の言葉に、里奈も相槌を打つ。

「いやいや。妖怪に遭うなんて、かなりの強運よ。しかも、私は雛鳥に触っちゃったんだから」

 里奈は、まだ興奮冷めやらぬという具合だ。

 遥は、雛鳥と青鷺火が親しげにしているのを見ていた。

「母は強しね」

 遥は感嘆した。

 親が子を想い、子が親を慕う。

 そこに、人と同じく愛情がある。

 そのことを痛感して、遥は感嘆したのだ。

 妖怪もまた同じ生き物なのだと理解できたのであった。

「さあ。ベースキャンプに戻ったら、飲むわよ」

 里奈は、目を輝かせて遥を見る。

 今夜も里奈と遥は、盛り上がるだろう。

 青鷺火が暮らす森は、青い火の光が舞い、夜闇がにわかに明るくなっていた。

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