第17話

 どうするか迷った。

 落書きを消して普通に座るか。それとも、どこか別の席に座るか。

 

 教室内の席には常に余裕がある。

 何故なら出席率はいつも100%ではないからだ。


 これは、実際なってみて解ったことだけど、貴族って暇なようでいて何かと日々忙しい人種なのだ。

 当主ともなれば領地経営はもちろんのこと、何もない日に突然、外せない予定が入ったりもする。と言ってもそれは主に社交関連ではあるのだけれど──しかし、貴族間の繋がりや交流というものは、彼らにとって時に命綱となるほど重要で、ゆえにどれだけ忙しくともそれらを無視するなど絶対にできないのだ。

 そんな『大人の付き合い』に加え、私の父のように政治へかかわる身分となれば、その分の仕事も鬼の如く追加される。

 もちろん、学園に通う子弟はまだ成人前の子供に過ぎないけど、だからと言って家の経営や社交に無関係ではいられなかった。跡目を継ぐ者ならなおさらだ。つまり、社交デビュー前の非公式な顔見せ、みたいな感じで、ちょくちょく家の社交に付き合わされたりする訳である。


 そういった事情も鑑みてか、学園も特に出席率に煩くなかった。


 なので生徒も毎日来る人ばかりではない。中には一週間に一度くらいしか見ない顔もあった。

 おまけに授業は一部選択制である。三つの必須科目以外は、皆、好きな授業を選んで参加するので、人気の授業と不人気の授業とでは、出席する生徒の数が大幅に異なったりした。


 しかし本日最初の授業は必須科目の一つである、魔法理論だ。ということは、いつもより出席率が高い。下手をすると席が埋まる。開始時刻を考えても、あまり迷ってる時間は無かった。


 ということで結局、私は落書きを消すのを諦めて、他の席に座ることにした。


 一応、試しにハンカチで拭いてみたのだが、その落書きは特殊なペンで書かれてるらしく、簡単には消えそうになかったからだ。

 うん。これたぶん、魔法油性ペンだわ。消すのに特殊溶液が必要なやつ。

 私が席を変わるのを見た生徒たちは、慌てたように次々と席へ着いた。まあ、そりゃそうよね。誰だって気分が良くないわ。あんな稚拙な落書きのある机で授業受けるの。なにせ私だって嫌だもん。しかも、明らかに私宛だし。まあ、亡き母がデベソだったかどうかは知らんけども。


 結果、授業開始三分前には、落書き席以外は全部埋まってしまっていた。


 今日に限って出席率が良い。

 最後の一人が休みだと良いわね…なんて考えていたら、軽やかにスキップを踏んでたっぽい足音がドアの前でピタリと止まった。そして、さっきまでのスキップは耳の迷い?とでも言うかのように、しずしずとおしとやかにドアが開かれた。うん。足音誤魔化すの、あと十秒遅かったよね。

「皆様、おはようございま……す!?」

 ドアから机の上の落書きは見えない。

 見えないのにも関わらず、その人物は一瞬硬直した。

 いつもと違う席に座る私の姿を見て。


 ああ……なるほど??

 犯人はお前か!!


 心の中で名探偵がビシィッと指差しをした。

つか、解りやすすぎでしょ…その反応??素人探偵でも秒で犯人わかっちゃうわ。

「……………ッッ!!」

 ため息ついたら、なんか睨まれました。いや、これ自業自得でしょ。諦めて席に着きなさい。

「…………」

 開始時刻の鐘の音に押されるようにして、しぶしぶと落書き席に着いたのは…紫がかった黒髪と瞳の絶世の美少女。はい。もう誰だかお分かりですね??


 本作のヒロイン…であるはずの、キャスリーナ・グスタフ男爵令嬢だった。


 ──っていうか、ことさらどうでも良いけど、ヒロインなのに字が汚いな??ひょっとして平民出身っていう設定生きてんのかしら。だとしたら、このクソゲー、変な所でリアリティ有り過ぎるな…ッ??

 などと、どうでも良いことを考えていたら、斜め前に座ったキャスリーナ嬢がニヤリと笑うのが見えた。おいおい…可憐なヒロインの見せる笑顔じゃないぞ??と私は脳内で突っ込みを入れ──そしてふと、あれ??これってひょとしてヤバイ状況なのでは??と思った。

「……………ッッ!」

 すると、案の定、ヒロインは大袈裟な身振りで顔を覆い、わざとらしく声を上げて泣き始めたのである。しかもちゃっかり、教室へ先生が入って来るタイミングに合わせて!!


「酷いわっ、アウローラ様…!!」


 あっ、やっぱりそう来たか。

 うん。まあ、そうなるよね。

 この状況、ことの最初から見てない人なら、絶対、私の仕業と思うはずだもの。


「こんな酷い落書き…あんまりです…!!」


 いや、それ、私の字じゃないからね。

 ついでにそんな特殊なペン、私持ってないわよ??


 ごく自然な流れで私を冤罪に落とそうとするキャスリーナ嬢を見詰めながら、やれやれ…また面倒な展開になりそうだ…と内心で深い深いため息をついた私だった。

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