第5話

「ええと…あの、貴女、大丈夫?」

 友人らに助け起こされながら、座り込んで涙を零す美少女に声を掛ける。

 いや、本当の話、これって体当たりされて転ばされたあげく、顔に擦り傷作った私の台詞と違う気がするんですけども!?ていうか、なんか鼻血まで出てきたんですけど!!

「大丈夫ですか、アウローラ様!」

「ええ…有難うございます」

 慌ててハンカチで鼻を抑えつつ、私を気遣う令嬢に微笑んで応える。


 ちなみに彼女らの名前は、肩までの紅茶色の髪をウェーブさせているのが、マリエッタ・ファロー伯爵令嬢で、同じく肩までの金髪を緩く内巻きにしているのがアルテミア・キルティング伯爵令嬢。

 そして今私を助け起こしてくれているのが、背中までの髪を一部三つ編みにして前へ垂らしている、エアリアル・ラテ・リッティベア侯爵令嬢だ。

 3人ともこの学園における私の友人であり、悪役令嬢物で言うところの『公爵令嬢の取り巻き』に値する。


 とはいえ、物語の中のおべっか連中なんかと、心優しい彼女らを一緒にされては困りますけどね。


「アウローラ様、血が出ていますわ…!!」

「他に怪我はございませんか?」

「制服がこんなに汚れてしまって…!」

 心配そうな顔で私を気遣う3人の令嬢に、私は鼻を抑えつつ『大丈夫よ』と再度微笑んで見せる。

 すると彼女らはようやくホッとした表情を浮かべるが、同時に、物言いたげな困惑した視線を地面に座ったままの令嬢へ向けた。


 うん。まあ、そりゃあ、対処に困りますよね。

ぶつかってきといて、謝りもしないんだから。


「……立てますか?」

 仕方なく私は、内心の呆れや悪態は一切顔に出さず、淑女スマイルを浮かべて彼女に声を掛けた。すると、

「ひどいわ…ッ!!アウローラ様、こんな仕打ちをなさるなんて…!!」


 ………………はい??


 何故だか言いがかりそのものの台詞を吐き出すと、彼女は『わっ』と声を上げて本格的に泣き始めてしまったのだ。


 ええええっ、いや、ちょっと待って。

 どうしてこの状況で、そんな台詞が出る??

 つーか、なんで、私が意地悪したことになってんの。

 いきなり後ろから体当たりしてきたの、あんたでしょうが??

「は………あの…??」


 突然の事態に頭の中へ『?????』と疑問符が物凄い勢いで飛び出してくる。

 どういう謎展開よ、これ??

 ていうか、そもそもあんた誰???


 私は彼女の名前も知らないのに、なんで彼女は、いきなり私を苗字でなく名前呼びしてるのだろう。


 前世でもそうであったが、特にこの貴族社会においてはマナーが厳しい。

名前や愛称なども、親しい者か本人から許可されたのでない限り、軽々しく呼んではいけなかったはずだ。


 ひょっとして、どこかで会ったことがあるのだろうか??


 そう思い直して、アウローラとして生きた16年の記憶を掘り返してみたが、やはり、彼女に該当する記憶は欠片として出て来なかった。当然、そんな彼女に、名前を呼ぶ許可を与えたはずもない。

「どなた……?」

「……さあ?」

 小さな話し声に気付いて周りを見ると、3人の令嬢も『この人誰??』と顔を見合わせていた。

 ああ、良かった。知らないの、私だけじゃなかったのね。

 彼女らのその様子を見て、私はホッと胸を撫で下ろす。


 一瞬、マジで、転んだ拍子に突発性の記憶喪失になったかと思ったわ。


「……アウローラ様?」

 自分がおかしい訳ではないとハッキリ確信したので、私は、彼女らの問い掛けるような視線を受けて、堂々と困惑顔で『わかりません』と首を傾げて見せた。

 おかげで誰も彼女に心当たりが無いと知れたが、だからと言ってこの状況が解決する訳でもない。

「…………」

「…………」

 私と友人らは困惑顔のまま無言で、改めて座り込んで泣く令嬢へ視線を送った。


 紫がかった黒髪に、紫色の大きな瞳。

 桜色の小さな唇と、筋の通った形の良い鼻。

 制服の上からでも解る、華奢ですらりとしたスタイル。

 

 どっからどう見ても絶世の美少女──ということ以外何もわからない、正体不明、言動不可解な女は、相変わらずしくしくと可憐に泣き続けていた。

「なに?どうしたの?」

「さあ…?」

 気が付くと周囲には登校途中の野次馬が大勢集まっていて、彼女の勇ましい突撃シーンを見損ねた人達からすると、どう見ても私達の方が悪役な状況になっていた。


 うーん…どうしたものか。

 どうにも収拾がつかない。

 いっそ無視して校舎へ入っちゃう??って、それも酷いか。

 でもなぁ。話しかけても意味不明だし。

 ああ、見なかったことにしたい……!!


 なんて自暴自棄になりかけていた、その時、


「そこで何をしている!?」

 混乱する学園校舎前広場に、救いの神のような男の声が響いた。





 ──しかし私は知らなかった。

 

 その精悍な声の持ち主が、まるで役立たずどころか、さらにこの状況を悪化させ、混乱に拍車をかける地獄の使者であることを。 

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