「俺」の奇妙な体験談
不知火白夜
「俺」の奇妙な体験
これは、俺含む大学の友達4人で酒を飲みながらくだらない話をしていたときのことだ。
その日は、夜7時頃から
「あー、そうだ。なんかお前ら、怖い体験とか最近してない? 夏だし、ほら、怖い話みたいなの、ないかなって。いや、なんとなくだけど」
高瀬のその言葉に、俺と
「一応、実体験で、あるよ」
「マジで!?」
吉浦の声に、ローテーブルに突っ伏すような体勢になっていた俺は大きく反応し、高瀬と野田も目を丸くする。
「うん。でも、僕話すの得意じゃないから、あんまり怖くないかもしれないよ。それに、よく分からなくなるかもだけど」
「いやいや、いいよいいよ。せっかくだし喋って」
「実体験ってのがすげぇわ」
高瀬と野田に続いて、俺も早く喋ってと急かすと、吉浦は分かったと小さく返事をして、ゆっくり話し始めた。
「4ヶ月くらい前の話なんだけど。サークルメンバーで飲み会っていうか、ご飯食べに行ったんだよね。焼肉屋だったかな。飲み屋街にある店でさ。夕方6時くらいに集まって、みんなでご飯食べて酒飲んで、9時ぐらいかな? それくらいまでいたんだ。それで、帰り際にとある先輩が突然『全員でじゃんけんして、負けたやつの奢りにしよう』って言い始めて。みんな酔ってたし面白そうだからいいよいいよってじゃんけんして、最終的に僕が負け続けて払うことになったんだよ。結構な大金を」
その時のメンバーが何人かは知らないが、確かにかなりの金額になりそうだなと思いながら、スナックを口に運び吉浦の話に耳を傾ける。
「その時のメンバーは男ばっかで、人数も結構いたから金額もすごくて。痛い出費だなー嫌だなーって思ってたら、金払う伝票が見つからなくて。あれ? 他の人が持ってるのかな? って思って聞いても誰も知らなくて。それで店員に聞いたら既に支払い済ですって言われて。え? 誰が? ってみんなびっくりして疑問に思って、全員に確認したんだけど、誰も払ってないって言って。これって、たまーにあるらしい『店に来てたお金持ちの有名芸能人が支払ってくれました〜』みたいなそういう太っ腹な話か? って思ったけど、当然そんなことも無く。もう一度店員に聞いたら、店員が『既にお客様が“A大学ボードゲームサークル”の名前で支払われましたよ』って言うんだよ。でも、僕払ってないし、財布見ても領収書ないし、金も減ってない。……おかしいなー変だなーって思いながら、まぁ払ったならいいだろ、領収書も後で何とかしようって一緒にいたやつに言われて、なんだそれと思いながらもそのままみんなで店を出たんだよ。そしたらさ――」
吉浦は、そこで一呼吸置いた。俺も、野田も高瀬も、じっとその続きを待つ。
「そしたら……だーれもいないの。大体さ、飲み屋街にある店から出たら、前の道を結構色んな人が歩いてるはずでしょ。僕達みたいな大学生とか、あとは会社員とか、キャッチの人もいるかもね。そういう人たちが全然いないの。街や近くの店の電気はついてて、なんとなく賑やかな気配はしてるのに、誰もいない。人1人いやしない。……おかしいなって焦りながら周り見たら、サークルの他のメンバーがいなくなってた。みんな消え失せてたんだよね。ぽつんと僕だけがいて……いや、ひとりいたんだ。そう、高瀬と2人になってたんだ」
「オレェ!?」
真面目に話を聞いていた高瀬が、突然出てきた自分の名前に驚き、声を上げた。俺と野田もつい目を丸くする。もちろんまさかの高瀬かよ、という気持ちもあるが、ボードゲームサークルの集まりなら恐らく高瀬は出てくる可能性は低い。高瀬はダンスサークルだし、吉浦とは違うサークルなのだから。ちなみに、吉浦と野田は同じボードゲームサークルである。
そんな俺達3人の動揺に反して、吉浦は冷静に頷く。
「うん、そう、高瀬」
「……マジでオレ? ボドゲサークルなら野田じゃないの?」
「いや、高瀬だったよ。心当たりない?」
「……え、なにそれ、なんも知らん。つーかいつの話だっけ」
「4ヶ月くらい前だよ。ほら、野田。4月にサークルの新歓みたいな集まりあったよね?」
吉浦の言葉に、酒を飲んでいた野田が頷いた。
「あぁ、うん、あった。でも焼肉じゃなくて天ぷら系の居酒屋だった。あと、そんなじゃんけんしようって言い出した先輩、いなかったと思うけど……」
「えぇ? マジで?」
「なにそれ。じゃあなんかもっと別の集まりだったか……それオレに似た誰かだったんじゃね?」
「……かもしれない」
「だとしても、怖いってか変な体験だよな」
うんうん頷く高瀬に、悩ましげな顔つきをした吉浦。変な話だと思ってると、野田が話の続きを促した。
「んで? その後どうしたの」
「え? あぁ、おかしいなー変だなーって思いながら高瀬……みたいなやつと一緒に少し歩いたよ。そしたら段々人が増えてきて普通の飲み屋街みたいになってきて、その先にメンバーもみんないて、合流できた。あー良かった酔ってたんだって思いながら帰った」
「まじかーお前……」
「うん、マジ。ついでに、家帰ってから財布見たら、金減ってたし領収書もあった」
「あ、ほんとに払ってたんだ。……でもそれでよかったー酔ってただけかーって帰れるんだな。オレ無理だわ」
「内心かなり怖かったけどな」
ハハハ、と3人が笑い、それに合わせて俺も笑った。続けて、俺が吉浦に他に話は無いのかと聞くと、吉浦は一瞬驚いた様な顔をしてから「あるよ」と言った。あるんだったら聞かせてくれよと言う俺に、吉浦は一瞬困惑するように目線を泳がせた。
「でもさ、その……僕、このまま話して大丈夫? 僕ばっか話してるし、野田と高瀬はなんか変な体験、ないの?」
「別にいーよ、喋っても。怖い話聞くのも面白いし、俺、そんな怖い体験してないしネタもないし」
「そうそう。おもろいから続けて」
野田と高瀬の言葉に、じゃあ、と一呼吸置いて、喉を潤すようにひと口酒を煽ってから、吉浦はゆっくりと話し始めた。
「……これも一応実体験ね。2ヶ月くらい前の話なんだけど、高瀬と野田と僕で海に行こうって話になったんだよ」
その出だしに俺は驚き、なんだよ俺も誘えよなぁ、なんて思いながら野田と高瀬を見るが、どうやら2人はなんの事か分かってないらしく首を傾げている。心当たりがないと分かるや、吉浦は驚きに声を上げたが、それはそれとして、と話を続けた。
「そうか、心当たりないんだ……。でも僕にとっては実体験だから、出来たらこのまま聞いてほしいんだけど。……うん、じゃあ、続き話すね。…………えーっとなんだっけ。そう、野田が運転する車で、高瀬が助手席で、僕が後ろの席に座ってたんだ。荷物は1番後ろの荷物置き場みたいな所に詰め込んでて。それで、海に行くことになってて。……思えばこの時点でおかしいんだよな。その頃6月だから、まだ海水浴できないのに。でもその時の僕は何も思わず、後部座席に座って、高瀬と一緒に地図確認して道案内みたいなことしてたんだよ」
吉浦は思い出すように目線を時々上に向けながら話をしていく。
「それで、最初は普通に一般道とか高速とか走ってたんだけど、途中からめちゃくちゃ細い道とか、変な山道とか行くようになって……僕が野田にこの道合ってる? って聞いても、大丈夫大丈夫っていいながら進んでくんだよ。おかしいなーって思ってたら、突然えぐい角度で山道を下ってってさ。坂道っていうより壁みたいに急な、道じゃない道を超スピードで下ってくの。多分100キロ超えてた。んで、僕は怖くてぎゃあぎゃあ叫んで、野田に止まれとかスピード落とせとか、他の道行けとか言うんだけど、野田も高瀬も平然としてんのね。それがめちゃくちゃ怖くてさ。僕の反応が大袈裟すぎるみたいで、違和感あった。……それで、山道下ったあとは見知らぬ田舎の道をゆっくり走ってたんだけど、突然車が急停止して、野田が『迷った』って言うんだよ。僕、そこでやっと普通の野田に戻ったんだって思って、あ、やっぱり? って思いながらスマホの地図見ようとしたら、なんかおかしいんだよ。……その、地図アプリの現在地の丸いアイコンあるじゃん。あれがぶるぶる震えながらぐるぐる画面全体を駆け巡ってるし、地図にある文字がみんな文字化けしてるし、地図の色も反転してるし。なんも設定変えてないのに、だよ。おかしくね? って思ってたら、野田がいきなり『道戻るわ!』っていって車をものすごい勢いでバックさせるんだよ。
もうそれがめちゃくちゃ速くて。しかも野田、全く後ろ確認しないの。無表情で前方を見つめたまま、これまた100キロ位の速度でギャリギャリ上がって。壁みたいな角度もバックで昇ってって……僕はヤバいヤバいって思ってたんだけど、野田は無表情だし、高瀬も無表情で何もビビってる様子はなくて。……それで気づいたら普通の一般道みたいな道にいて、何事も無かったように野田がごめんなー迷っちゃったーって笑って、高瀬もふざけんなよびっくりしただろなんて返してて。その頃にはスマホの文字化けとか色とかは直ってて、なんとか海に向かったんだけど……僕は全然笑えなくて、リアルに頭抱えちゃった。……それに、何しに海に行ったか全然覚えてなくて……。泳いだ記憶もなんか食べた記憶もなくて。……なんだったんだろうな、あれ」
話が終わったらしく、吉浦が長い溜息をついた。しばらく、時計の音やグラスの中の氷が揺れた音以外なにも聞こえず、シーンとしていた空気感の中、野田が、恐る恐る喋り始める。
「…………それ、夢だったんじゃないか?」
苦い笑みを浮かべながらの言葉に、正直俺もそう思うと同調した。だって、2人とも心当たりないって言ってるし、現実だとしてもそんなこと起こるわけないし。いや、これは決して3人で出かけやがってみたいなそんな気持ちではなく。
「……やっぱり、そうなのかな」
野田と俺の言葉に、吉浦は考え込むような仕草をして、そうぼやいた。続けて、高瀬がこんなことを言う。
「……多分、そうだって。オレと野田と吉浦で海に行ったことはあるけど、それ、去年の8月くらいじゃなかったか? 吉浦がずっと飯食ってたり、野田がずっこけて砂まみれになったり、オレがことごとくナンパ失敗するのをお前ら笑ってたりしたじゃねえか。ほら、その時期の写真だってまだ残ってる。でも、2ヶ月前にそんな写真は無いな」
高瀬が、スマホの写真フォルダを確認しながら言った。確かに画面には砂だらけで笑う野田の写真や、山盛りの焼きそばを食べている吉浦の写真があった。あれ、俺、これ誘われてないよ? ……少し寂しく思いながらも首を傾げる。
「俺の方もそんな写真ねぇな。チャットの方も、そんな2ヶ月前に海行こうなんて話してないぜ? その頃は……買ったゲームの話してる。つーかそもそも海開きしてないのに海行くか? 潮干狩りなら6月にも行くみたいだけど、この3人でわざわざ潮干狩りなんて行かないと思うし……」
「だよなぁ……そもそも何しに行ったか覚えてない時点で、夢だったのかも。……いや、夢だとしてもめちゃくちゃ怖かったんだよ。それだけは分かって!」
「大丈夫、分かってる。お前相当怖かったんだろうなーってのは喋ってる感じからつたわったから。俺も実際怖いって思ったし」
焦る吉浦と、その怖さに共感を示す野田。ついでに高瀬もうんうんと頷く中、俺は、それだけ吉浦にとってリアリティのある夢だったんだろうなんて言って、酒を飲む。
――と、ここで俺はあることに気づく。1つ目の焼肉屋の話が4ヶ月前。2つ目の話が2ヶ月前。ちょうど2ヶ月置きで吉浦は妙な体験をしているのだ。そう思うと、もしかしてそろそろまた夢であれ現実であれ、吉浦に奇妙な体験が降りかかるんじゃないかな、なんて思った。その思い付きをそのまま口にすると、吉浦は目を丸くしたあと、何だか不安げな顔をして、こんなことを言った。
「……奇妙な体験なら、もう、してる、かも。というか、今……」
「えっ、マジで?」
「うそ」
高瀬と野田が少し驚くような反応を見せる。もちろん俺も驚いた。どんな話? と聞いた俺に、吉浦は言いにくそうに話し始める。何だかめちゃくちゃ不安そうな、怯えるような様子で。
「……いや、多分、これは、僕がおかしいだけだと思うんだけど。僕が記憶力がないとか、薄情者だとか、そういうやつなだけだと思うんだけど…………」
そう前置きをした吉浦は、俺の方を見て、ゆっくりと、とんでもないことを言った。
「…………あんた、誰?」
え、とつい声が零れる。何言ってんの、吉浦。俺は――
「最初は、こいつは高瀬か野田のどっちかの友達なんだろうなって思ったんだよ。なんか合流した時あたりからいたし。でも、いつまで経ってもどっちからも紹介されないし、名前わかんないし、話しててもマジで誰なのかわかんないし。……自分のこととあんたら2人のことはわかるんだよ。僕は
怒涛の勢いで喋る吉浦に圧倒されるように、2人は僅かに押し黙り、吉浦から俺にぎこちなく視線を向ける。そして、その2人も、青白い顔をして、こんなことをいった。
「……いや、俺も、わかんない。え、なに、吉浦か高瀬の知り合いじゃねーの?」
「いやいやいやオレのツレじゃねーよ。お、お前らどっちかのツレだろ!?」
「いや知らないって! 俺、変だなーって思ってたんだよ、いつになったら紹介されるんかなーって」
「オレもそれ思ってたんだけど!? なんで野田も吉浦も言ってくれねぇんだろうって……」
ガタガタと立ち上がり、焦った様子で3人が俺から距離を置く。
――嘘だろ。今度は俺が顔を青くする番だった。慌てて俺は自分の名前を言う。俺は⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎だって。昔からお前らの友達だろうが、と。けれど、吉浦も、野田も、高瀬も言うのだ。お前なんか知らない、と。そんな名前に心当たりは無い、と。学部にもサークルにもいない。念の為吉浦がスマホのアドレス帳を確認したが、そんな名前は入ってないという。そんな馬鹿な。俺のスマホにはお前たちの名前がちゃんとある。見てくれ、確かめてくれ、俺達はちゃんと――友達だろ?
画面に出したアドレス帳を突きつける。恐る恐る吉浦が画面を見ると、すぐさま嫌悪感に塗れた顔をした。
「……え、なんであるの怖……」
「誰がここまで細かく教えたんだよ俺らのこと」
「オレ知らねぇよ。⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎なんて知らねぇし、いつからオレたちのこと知ってんだよ。なんだよ、ストーカー的な奴かよ!?」
――何言ってんだよ、高校の時から、俺ら4人は、友達だろ?
俺その言葉に、3人が、意味がわからないといった顔をする。
「……僕達、全員、出身県バラバラなんだけど……?」
「だ、大学に入って、学部とかサークルとかが同じで、知り合った……ん、だよな……?」
「高校が同じなわけねぇんだけど……お前、まじで、なんなんだよ……」
――え、いやいや、同じ野球部で3年間一緒に頑張ってただろ?
「――っ、んなわけないじゃん! 警察! 警察、呼ばなきゃ! ごめん、僕電話できないからどっちか電話して!」
「そうだな! えっと、えっと、警察って何番だっけ!?」
「110番!」
目の前で3人が騒ぎ始める。吉浦が何かスマホを操作していて、野田が慌てて電話をし始めて、高瀬が机の上のものを退けて、バリケードみたいなのを作り始めた。なんで、友達に、こんなことをするんだろう。出身地バラバラって嘘をつくんだろう。なんで、3人に信用してもらえないんだろう。ほら、中学の時から、全員サッカー部で、同じことしてて、ほら、俺達って、友達、だよね? あれ、中学? 高校? いや、どっちでもいいけど、さ。ほら、みんな、友達――だった、じゃん? なんでそんな顔するんだよ?
周りの音が遠くなったような感覚の中、俺は、混乱した頭を抱えて、いつの間にか手に持っていた酒瓶を、勢いよく振り下ろした。
それから数日後。報道番組でとある事件が伝えられた。
「次のニュースです。8月×日夜9時頃、A県N市のアパートの一室で、男子大学生3人が男に暴行されるという事件が起きました。
逮捕されたのは、A県T市に住む山田
21歳の男子大学生2人は、頭を殴られるなどしましたが軽傷で、20歳の男子大学生は骨を折るなどの重傷を負い病院に搬送されましたが、命に別状はないということです。
山田容疑者は『自分は、彼等3人と小学生の頃からの友達だ。それなのに3人にお前は誰だと言われた。ショックで殴ってしまった』と主張していますが、男子大学生3人は、出身地が全員異なっており、山田容疑者についてもなにも知らないと言っているそうです。警察では現在、山田容疑者と被害者3人から、それぞれ事情聴取を行っています」
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