第7話 そして戦いが始まった


『うん良し。敵は引いたみたい。ま、一人失った以上これ以上の消耗は防ぎたいって感じか。お疲れさん』



 イヤホンから聞こえた海和の通信に、海和はほっと息を落とすと肩の力を抜く。緊張の糸が途切れたのか――それと同時に、海和は右手にこびりついた気持ちの悪い感覚に気付く。

気持ちの悪い感触。それはこの手で敵の首を切ったという感覚だった。


 初めての実戦だった。拠点を出てすぐ、近くにあった別の拠点から同じく出て来たのであろう攻撃チームと鉢合わせて、攻撃を受けて交戦に至ったのだ。

 自身を狙う嫌な感じがして――その直後に銃弾が海和を襲った。銃器に対する訓練は重ねていたからとっさに体が動いたが、攻撃を受けたのはこれが初めてだった。殺意の込められたその銃声に目の前が真っ白になり――もうそこからは、耳に聞こえる明星の指示に従う事しかできなかった。



『うーん、折本は少し動きが硬いかな。柊は流石、思い切りがいいね』


『やったー、褒められた!ほら、啓君も頑張って!』


『海和は――おめでとう。初の撃破ポイントゲットだな。躊躇なく攻撃できたのは良かったな』



 明星の指示は――海和自身が状況把握ができてなかったため、想像するに――的確だった。

こちらは指示に従っていただけなのに、相手の攻撃がこちらを襲うことはなかった。そして、「こうしろ」と言われたとおりに孤立した敵を狙い――その不意打ちに、驚愕の表情を顔に貼り付けた――敵めがけて突進した。

 一閃。

アドレナリンが出ていたせいで――多分、だからだと思う――躊躇することはなく、海和は右手の人差し指でひっかくように敵の首を掻っ切った。その感触を感じる間もなく明星の指示が届き、それから撃破ポイントを獲得したことを伝える神の声が頭に届いた。


 そして今――海和はついさっき、敵を倒したばかりの右手を眺めていた。小刻みに震えるその右手を。



「……嫌な感覚だった」



 ぽつりと、海和は明星に返事する。

震える右手を見て――少し落ち着いて、自分のやったことを振り返って、そして出て来た海和の言葉。その言葉に、明星が聞き返すかのように返事をする。



『ふーん。やってみて、次も同じように――躊躇なくできるか不安になった?』


「正直ね。もしかしたらもう一回同じ状況になったとしても、さっきと同じようにできる自身はないかな。直前で手を止めてしまうかもしれない」



 それは海和の正直な感想だった。

実際にそこに立って、そしてやってみないと分からないことではあるが、自らの手で敵を攻撃する――それは思っていたよりも衝撃的な出来事だったから。

 しかし



「でも――やるよ。出来るか出来ないかを今考えても仕方ないしね。次もできる――そんな気持ちでやってやる」


『お前……凄いな。俺なんてちょっと戦っただけでもう胃に穴が開いてるのに』


『啓君はちょっと繊細過ぎない?もっと私を見習った方がいいかなー』


『調子に乗ってるとこ悪いけど、柊にも直した方がいいところがあるからな?例えば……敵が目の前にいるのに俺の通信に大声で返事するとことか』


『う゛っ、ごめんなさい……』



 しょんぼりとした柊の声が聞こえてきて、海和はふ、と笑みをこぼす。


 そう、自分たちはこの一週間にわたる――文字通りの意味での――血のにじむような特訓を乗り越えて来たのだ。それも、『世界最強』による直々のトレーニングを。

 茨木達の能力の対策も考えて来た。どうすれば彼らを倒すことができるのか、この一週間それだけを考えて来たのだ。



『よし、一息も付けたところでそろそろ行こうか。戦闘の音で他のチームがやって来ても面倒だし――早くしないと辰巳達の拠点が他チームに攻略されても大変だ』


『だな。俺らの体力があるうちに行かないと危険だしな』


『よーし、じゃあ辰巳拠点目指してレッツらゴー』


『ら?』



 そんな柊のもはや失われて久しい死語を合図として、海和たちは辰巳チームの拠点へと歩を進めた。





 時は遡り一週間と少し前、小さな会議室の中。



「基本的な作戦としては、辰巳チームを分断して各個撃破していくことになる」



 明星は電子ホワイトボードに図を描くと振り返り、椅子に座る三人を見る。告げられた作戦の内容に折本が手をあげて口をはさむ。



「不可能だ。俺達はそれができないから五組なんだぞ?第一、一対一の戦いで俺達が勝てないのは半年前の評定戦で証明済みだ」


「そうだよねー。半年前のとは条件が違うってのは分かるけど、それでも私、勝てる気しないもん」


「ま、不安になるのも分からなくはないが――ただ、一対一と言っても半年前とは状況が違う。戦うフィールドは入り組んでいて周りには物があふれているから、能力の差は立ち回りで埋められる」



 明星はそう言い切ると、



「だからここで、戦い方をある程度考えておこう。辰巳チームの中で自分と能力の相性が良いのは誰か、敵の攻撃方法は何が予想できるか、そして、それらにどのようにして対処すればよいか。事前に考えておけば、まあ、対等ぐらいには戦えるんじゃないか?」


「うへー、それでも対等かぁ。まあじゃあ、ぱっと目の覚めるような作戦をお願いしますよー」


「何言ってるんだ。君たちも一緒に考えるんだよ。自分の能力のことは自分が一番わかるんだから」



 言われて柊は、机に突っ伏して「はーい、すいませんー先生」と声を出す。



「それじゃあ防御チームの構成予想と、割り当てだけど――」


「――ごめん、それなんだけどちょっといいかな」



 と、明星の誰が誰と戦うのかを具体的に決めようとしたその声を、海和は遮って、



「もし仮に――防御チームに居たらって話なんだけど――僕の相手は茨木にしてくれないかな」


「――ほう。そりゃまた一体なんで?茨木と君じゃあ能力の相性もあまり良くない――むしろ悪いと言えるぐらいだと思うけど」


「それは……」



 そう、茨木と海和の能力の相性は悪い。茨木の能力は海和のそれの上位互換と呼んでもいいほどであるし、攻撃範囲も茨木に分がある。海和が強化できるのは指一本に対し、茨木が棘にできるのは両手の指、腕、その他いくつかの部位であり、数も多い。

 普通に考えれば、海和は茨木の相手をするべきではない。

 でも。



「……倒したいからだよ。それ以外に理由、いる?」



 半年前の評定戦で苦汁を舐め、能力の差を見せつけられた。それ以来茨木の存在は、海和の心の中に大きな壁として残り続けた。


 ――ここで超えなきゃ、次はない。


 そんな気持ちで海和が発した一言に、明星は目を丸くして、



「オッケー、じゃあ茨木は海和の担当ってことで。いいかな?」


「ま、修樹がそうしたいなら、特段反対する理由もない」


「異論なしっ」


「うん、まあ厳しい戦いになるだろうけど――何、そう言う戦いの方がかえって力が湧いたりするもんだよ」


「お、背水の陣的な?」



 「そうだね」と海和はつぶやき、来たる茨木との戦いに決意を固めた。


 絶対に勝ってやる、と。





「いや、楽勝だったな。こちらはケガすらしてないぞ?」


「だよね。痛みがあるって聞いてちょっとビビってたけど、案外大したことないのかも?」



 大きなアウトレットパーク、その中でも管理棟と名付けられた建物の屋上。

少し高い位置からパークを見渡しながら話すのは、辰巳チームのメンバーである転手てんじゅ念同ねんどう。堅い口調でひらひらと手を振って見せたのが転手で、軽い口調で肩をすくめて見せたのが念同である。



「ま、先ほどのチームが特別弱かっただけでもあるか。私の『手レポート』に反応すらできていなかったからな」


「……もしかしてそれって『手』と『テレポート』をかけてる?別にうまくない上に分からないし、しかもダサいからやめなね」


「なんだと?私の能力を愚弄するとは、ただでは済まさないぞ?」


「愚弄してるのは転手さんのセンスだよ……」



 と、呆れたように念同が口にすると、そこで彼らの耳に通信が入った。

 今、管理棟の中の一室――チームの防衛拠点として指定された場所――にいるはずの辰巳からだった。



『おい、じゃれるのはいいが集中は切らすな。一チーム撃退しただけで調子に乗るんじゃねえ』


「――おっと、聞こえていたか。不安にさせてしまったのはすまないが、しかし大丈夫だよ。私も念同もパークの監視は怠ってない」


『そうか。じゃ、まあいいが――……』



 転手の言葉に辰巳は言葉を切ると、



『……前にも言ったと思うが、転校生のチームが見えた時は気をつけろ。他は雑魚だが転校生は油断ならない』


「転校生って言うと……癸亥君の方?茨木には勝ったって聞いたけど――そんなに強いのか?」


『さあな。油断ならない相手なのは確実だが――……そこにいる茨木にでも聞いてみたらどうだ?』



 辰巳にそう言われ、転手と念同は茨木を見る。通信が聞こえてないわけではないだろうが、茨木は二人とは少し離れたところで、ふてくされたように片膝を立てて座っていた。



「なあ、茨木。どうだったんだよ」


「……うっせえな。知らねえよ」


「知らないってこたぁないだろ?戦って負けたんだから。なんか感想とか――」


「――知らねえって言ってんだろ。どうしても知りたけりゃ、てめぇら自身で確かめてみりゃいいだろ」



 にべもない態度。先ほどの戦闘では普通に戦っていたので防衛戦自体のやる気をなくしたわけではなさそうだが、チーム分けが決定してからずっとこの態度である。


 そんな茨木の返答に、念同は肩をすくめて転手と顔を見合わせる。



「ちぇっ、なんだよその態度。俺らが何か悪いことしたか?茨木、お前ここ最近ずっとおかしいぞ?」


「ふ、そう言ってやるな念同。彼は今、絶対に負けるはずがないと思っていた五組の生徒に惨敗し、傷心の身なのだよ。ならば優しく取り扱ってあげねばなるまい?」


「うぇー、俺、男なんか慰めたくないぜ?」


「むろん、私もだ。……ま、いくら転校生君が強かろうと、辰巳と私たちでかかれば問題ないだろう。他のメンバーが大したことないのであれば、チーム力の差で勝てる――……ん」



 転手は何かに気付いたような声をあげると念同から目線をそらし、目をしかめて遠くを注視する。それにつられて念同も、そして茨木もそちらの方向を向く。

 その先には、



「――……おっと、噂をすればなんとやら」


『なに?』


「求めていたお客さんだぞ?辰巳。癸亥チームだ」



 まるでショッピングでもしに来たかのようにパーク内を歩く、海和と折本の姿だった。





「――二人?」


『ああ、あれは――……折本君と海和君、だったかな?確か。癸亥君と柊君の姿は見えない』


「……二人、か」



 通信を受けて、辰巳は考える。


 これが他のチームであれば、例えばついさっき撃退したチームなどであれば、念同と転手を向かわせて戦わせただろう。彼らは辰巳が認めた超能力者、二対二なら絶対に負けはないし、仮に他のメンバーが隠れていても彼らの能力であれば対処は可能だ。

 しかし、これが癸亥チームとなると話は別だった。



(転校生との戦いで、一番避けなけりゃならねえのは混戦だ。四対四、それが一番まずい)



 茨木との戦いを見て、辰巳は明星の強さが自分と同等かあるいはそれ以上であると予想していた。しかし数で利を取って勝利するのは性に合わない。故に一対一、あるいは最低でも二対二程度で戦う必要があると考えていた。

 複数対複数の戦いは混戦になりやすい。そして混戦においては、辰巳が雑魚と考えているものですら脅威になりかねない。並みのチームであればそれでも勝つ自信はあったが、明星の強さが未知数な今、海和たちをデコイに使われるような事態は避けたい。



(と、すりゃあ攻撃チームが分散してる今の状況は願ってもない。他の雑魚を各個撃破できるまたとないチャンスだが――)



 ――が、それが相手の作戦である可能性もある。


 まず、明星の姿がまだ見えていない以上、辰巳は防衛拠点から動くことはできない。他の者は明星を止められないから、拠点を奪われて負ける確率が高くなってしまうためである。

 加えて、二人に対して他の三人を向かわせることもできない。明星と残りの一人が拠点に攻めてきたら、辰巳が一人で不利な戦いを強いられてしまうからである。



(となりゃあ向かわせるのは二人か一人……、いや、罠であった時に引くことも考えると――)



 ――テレポートの能力を持つ転手。


 転手の能力は、『自分を何かと入れ替える能力』。手で触れて『記憶』したものと自分自身を入れ替えることができる。右手と左手に記憶できる対象はそれぞれ一つずつであるが、一度記憶した対象は距離、状態の如何によらず入れ替え可能である。


 今、転手が記憶しているのは、パークの各地にテレポートするために配置した入れ替わりのための人形二体である。一体は管理棟の中、辰巳の傍にある人形。どちらの転移先も絶対そこでなければならない、と言うほどの重要度はない。

 なら、撤退のためのテレポート先を記憶させ、彼女を一人向かわせるのが最適か。もし罠でなかった場合でも念同あたりを記憶しておいてテレポートさせれば、すぐに二対二に移行できる。



「――……よし、転手。念同とそこにある人形を記憶して、一人で――」



 そう思い、指示を飛ばそうとした矢先だった。



『――……海和。海和だとぉ?オイ、辰巳。俺も行く』



 茨木の声が、通信に割り込んできた。

 自身が迎撃に向かうという茨木の言葉に辰巳は一瞬考え、良策ではないと判断をくだす。



「茨木。お前は残って拠点の防衛役だ。転手を偵察に向かわせる」


『あ?偵察だぁ?オイ辰巳、敵は雑魚二人だろ?もしかしてビビってんのか?』


「罠の可能性がある」


『罠?んなもので――俺がどうにかできるわけねえだろ!あんな奴らが考え付くような策に、俺が負けるわけねえんだからよ!』


「……ダメだ。残れ」


『うるせえ!さっさと行ってぶっ殺してきてやる!』



 プツリと通信が切られ、直後に念同の『あ、おいちょっと待てよ!』という声が聞こえてくる。

どうやら命令を聞かずに茨木が飛び出して行ってしまったらしい――そう判断し、辰巳は頭を抱えた。あんなにバカな奴だったっけ――と。



『どうするんだい?辰巳。茨木は行ってしまったが』


「あー……、転手、お前が記憶してるのは俺んとこの人形とパーク入り口の人形だったよな」


『ああ』


「なら、パーク入り口の奴を消して代わりに念同を記憶して、茨木を追え。仮に二人だけならそのまま撃破。三人だったら俺のところ人形を消していいから、念同、茨木、お前で撃破。転校生が現れたら念同の代わりに茨木を記憶して、俺のところまで撤退――いや、俺を呼び寄せて三対三の方がいいか。四人だったら撤退しろ」


『了解した』



 短い返事と共に通信が切られ、辰巳は深いため息をついた。




――


辰巳の指示についてちょっと解説。


①柊が現れた時

 辰巳の所にいる人形を削除し、その場にある適当なものを記憶

→適当なものと念同を入れ替える


②明星が現れた時

 辰巳の所の人形と自分を入れ替え

→辰巳を記憶し、自分と人形を入れ替え

→人形を削除し、その場にある適当なものを記憶

→適当なものと辰巳を入れ替え


③四人になった時

 念同を削除し、茨木を記憶

→自身と人形を入れ替え

→人形を削除し、適当なものを記憶

→茨木と適当なものを入れ替えて撤退



転手ちゃんは右手と左手に一つずつ、二つの何かと自分を入れ替えることしかできないのでちょっとめんどくさいです。



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