第5話 なるほど、これが青春か
「あ~、だめかぁ~。陽菜ちゃんもダメだって。もうチーム決まっちゃってるってさ」
「そっか。ってなると……」
「うん。私の方も頼めそうな人、もういないかな」
学年集会が明けて――生徒たちによるチームメンバー探しは苛烈を極めていた。チームメンバーを選んでよい、そうなれば誰もが強いメンバーを取り入れようとするのは必然。誰もが最良のチームを組めるように手を尽くしていた。
さて、現在の所、チームメンバーは明星、海和、柊、折本の4人。
上限の8人には4人足りなく、どこからか集めてくるしかなかったが――しかし残りのメンバー探し、それは今のところ困難を極めていた。
頼みの綱であった柊の広い人脈をもってしても、未だに一人も首を縦に振ってくれない。望みのあった最後の子――柊の友達の空井陽菜――からの断りのチャットを柊が見せると、折本が分かりやすく頭を抱えた。
「困ったな。まさか辰巳達と戦うって噂が広がってるなんて。おかげで誰も寄り付かない」
「辰巳達の妨害かな」
「それはないだろ。辰巳は明星との対等な戦いを望んでそうだったから――単純に辰巳が怖いんだろ。皆」
そう、メンバー探しがこんなにも困難な理由は、海和たちが辰巳と戦うことが噂になっていたからだった。海和たちのチームに入ったら辰巳と戦うことになる――そんな噂が。
海和たちが「うーん」と深刻そうな顔をしていると、一人、気楽そうな明星がため息をついた。
「ま、今回のルールだったら最善は弱いチームを狙うことだ。だから辰巳のチームに宣戦布告している俺らのチームには入らない――その考えも理解できないわけじゃないけどな」
評定戦のルールが明示された後、明星と辰巳は話し合って戦い方を決めた。
勝利条件は、辰巳チームの四人が防衛する拠点を明星チームの四人が攻撃する――その成否。つまり、明星チームが辰巳チームの拠点の攻撃を成功させたら勝ち、できなければ負けという訳だ。
評定戦全体での順位を条件としなかったのは、それがチームメンバーの地力によるところが大きいかららしい。
辰巳が望んでいるのは明星との戦い。故にチームメンバーに大きく左右される勝敗のつけ方は好ましくなかった。
「それにしても皆弱気が過ぎるな。誰か辰巳君をぶっ飛ばしてやる!みたいな気概の奴はいないのか――それとも辰巳君が強すぎるのかな?」
「それは……後者だと思う。少なくともこの一年生で辰巳に対抗できる人なんて――戌亥さんぐらいしかいないから」
海和の返答を受けて、明星は「へぇ」と呟く。
「ずいぶんとまあ、差があるんだな。同じ一年なのに」
「まあ、辰巳君は例外だよね。ランキングも一桁だし――三年生のトップレベルと比較しても謙遜ないからねー。言ってみれば……天才って感じ?」
安保庁は特殊能力者管理のため、それぞれの特殊能力者の戦力――強さに相当する指標――をランキング化している。それは特殊軍における階級的な意味をも含んだ、SからFの七段階の等級付け――そして上位百名には特別に順位がつけられていた。
戦力ランキングは全ての特殊能力者につけられており、当然海和たち学生にも等級が与えられている。しかし順位については特別に、U18の制限においての上位百人にも与えられていた。
もちろん辰巳は、U18の中でのランキング一桁である。そんな意味の柊の言葉に、しかし明星が「ん?一桁?」と首をかしげた。
「一桁内に彼はいなかったと思うけどな。だって一桁って言ったらSランクだし――」
「え、いや、もちろんU18の方だよ?」
「あぁ、そんなのあるのか……」
海和の戸惑ったような訂正を受けてそう呟く明星に、折本が「おいおい、当たり前だろ」と笑いながら言うが――なるほど、正規のランキング一位のお方は言うことが違う――と海和は呆れていた。
ランキング一桁――すなわち全特殊能力者の頂点――は他とは特殊軍が誇る人外どもだ。その強さがどれほどかと言うと、その戦力は複数師団、あるいは軍隊級とも言われ、単独で一国との戦争が可能だと噂されるほど。
それほどまでに隔絶した強さを誇る上位十名は――故にランキングが作られてから約70年以来、たった一度の例外を除き、その顔触れが変わったことがない。
当たり前のことではあるが、『世界最強』はその名の通り彼らの頂点だ。そんな存在からしてみれば、U18のランキングなどあってないようなものだろう。
いや、そこはちゃんと把握しておけよとは思わないでもないけれど。と、海和は「へー彼ランカーなんだ」などと死語を呟く明星を横目に、呆れた目線を送る。
「ちなみに君らは?」
「僕は……圏外かな」
「同じく」
「同じくー」
「あっ……、そ」
海和たちはこの学校の学年だけ見ても100位に入るかどうか怪しいライン。ランキング入りなどは夢のまた夢である。
海和たちの返事を聞いた明星が、気まずそうに目を泳がせると(むろん、ただのポーズだろう)話を戻す。
「それにしてもどうしようか。明星君の方は誰か頼めそうな人とかいないの?例えば、一条さんとか」
「あー、おそらくまだチームは組んでないと思うけど……ま、無理だな」
「そっかー。残念」
「これ以上の増員が無理なら、この四人でやるしかないんじゃないか?防衛は捨てることになるが、辰巳が望む勝負ができる人数には達している。……ま、評定戦の成績を捨てたくないって言うなら、ちょっと考えた方がいいかもだけど」
人数の足りないチームで戦う――それは辰巳との勝負を受ける代わりに、評定戦の成績を捨てることを意味する。
もとより勝負を挑まれたのは明星のみ。そのため、成績が惜しいのであればチームを抜けた方がいい――そう提案する明星に、しかし海和は首を横に振った。
「僕は大丈夫だよ。別に成績を求めて評定戦に挑むわけじゃないし――僕らでも強い能力者と戦える。それを証明できればなんだっていい」
「おぉ、いい気概」
「うん、だけど……」
そう言い淀み、海和は折本と柊の方を見た。
「だけど――啓と月陽は降りてもいいよ。元はと言えば、二人の意見を聞かずに僕が勝手に言ったことだし……」
そう、気がかりだったのは海和以外の――折本と柊の気持ち。
茨木と明星の戦いの後、明星のチームに入ることを了承したのは海和の独断。折本と柊は、以前からチームを組むことを約束していた――暗黙の約束をしていた――流れで、辰巳達と戦うことになったのである。
だから、もしも二人が成績を考えるのであれば、海和に止めることはできない。
そんな断腸の思いで口にした――迷惑はかけられないと思って口にしたその言葉を聞いて、柊と折本は互いに目を見合わせた。
そして――
「おいおい、俺たちがお前を見捨てて逃げると思っているのか?」
「ねー、それはちょっと私たちを見くびりすぎてるよね」
海和と共に戦うと――当たり前のように、呆れたように二人はそう言った。全く当然と思っていた共通認識を、そんなことも知らなかったのかを聞き返すかのように、二人の瞳は海和を見つめていた。
「え、それは……一緒にやるってこと?」
「当たり前だろ。それともなんだ?俺達を追い出してもっと強い味方を入れようって魂胆かよ、修樹」
「いやいや、そんなわけないけれど……でもほら、啓はよく勉強とかしてるし、月陽も辰巳とかに目を付けられたくないって言ってたし……」
それは海和から見た二人の話。一方は成績を気にし、もう一方は平穏な生活を望んでいる――つまり二人には、辰巳と戦うメリットなんてどこにもないはずなのだ。
そう疑問を投げかける海和に、しかし二人は――
「ふん、どうせ俺の実力じゃあ評定戦での成績も望めない。だったらより強い奴と戦う――つまり、より自分の身になる方を選んだ方が合理的だ。だろ?」
「私もほら、別に辰巳君たちに思うところがなかったわけじゃないし――合法的にボコれるなら、オッケーみたいな。まあ私たちじゃあ?ボコられる可能性の方が高いけど」
あっけらかんと、気にする必要はないと口にした。
それは全くの本心――という訳でもなかった。だって別に、それは辰巳達と積極的に戦う理由付けにはなっていなかったから。
だから海和は、それが二人の気遣いであると気づき――
「……ありがとう」
そう告げると、背後で明星が「これが青春か」などとじじ臭いことを呟いた。
■
「さて、評定戦まで残り二週間足らず。君たちを辰巳チームと戦えるぐらいには鍛えていきたいところだが――」
特殊士官学校――その学内には様々な訓練施設が備えられている。辰巳と明星が戦ったVR機が設置されている特殊訓練棟、広大なグランドと野外訓練場にトレーニングジム、そしてここ――屋内能力試験場。
地下に建設されたそこは、化学的にも物理的にも安全な材質で構成された壁に囲まれており、あらゆる能力が安全に試せる試験場になっている。
白く無機質な広い部屋――明星と海和たちは訓練着を身にまとい、向かい合う形で立っていた。
「じゃ、まずは各々の能力からみていこうか。どんな能力を持っているのか――柊君からどうぞ」
「はーいっ」
柊は手をあげながらそう言うと、とてとてと壁に向かって歩いて行った。そして壁に足を付けたかと思うと――「よっ」という掛け声とともに両足を壁に置き、そのまま歩き始めた。
まるで重力を無視したかのような光景だったが、しかし下向きに垂れる彼女のポニーテールがそうではないことを示していた。
「じゃん!これが私の能力です!」
「ふーん。力場操作の類じゃないし――接着か?」
「おっ、正解!私の能力は『体に触れたものをくっつける能力』。今は足だけがくっついてて、後は踏ん張って立ってる感じかな?どんなところでもくっつけるよ!……あと――」
柊が近づいてきた海和に手を伸ばし、「握って」とアイコンタクトをしてくる。促されるまま手を取ると、今度は「登ってみて」の声。柊と同じように、壁を上ってみればよいのか――そう考えて壁に足をかけると、自分の意志とは関係なく、足が壁にくっついた。
「うわ!なんだこれ。くっついて――離れない」
「こんな風に、私が触れてる物質も何かにくっつけることができる。だけど手を触れてる時だけで――」
そう言ってパッと柊が手を離すと、それまでどうやっても離れなかった海和の右足が突然解放された。どうやってかくっついた足をはがそうと奮闘していた海和は、バランスを失ってよろめく。
「――離すとこうやって、元に戻る」
「接触型の超能力か。敵の無力化に利用できそうだけど、触れてる間だけってのがネックだな」
「うん。触れられる距離まで近づけるなら、そもそも攻撃すれば良くって、わざわざどこかにくっつける意味がないんだよね。だから機動力と――格闘ぐらい?それ以外には役立たないかなって感じ」
柊はそう言って肩をすくめると、能力を解除して「ほっ」と壁から床に降りた。
『体に触れたものをくっつける能力』。確かに便利そうな能力ではあるが、意外と使い道は少ない。壁や天井を移動するにしても、重力操作の能力などとは異なり、『ものに触れている』条件を満たさなければならない。つまり、少なくとも一方の足が壁や床につけられていなければならないから、走ったりすることはできないのだ。
「はい、じゃあ次――啓君!」
「了解した。俺の能力は『糸を操る能力』だ。物体を形状と物理特性で限定した操作系の能力で、『糸』の条件を満たすものを操作する。こんな風に――」
そう言うと折本はどこからか取り出したワイヤーを宙に浮かべ、近くにあった人間を模した人形の首に巻き付け――そのまま上に持ち上げる。
人間の強度を模して造られたのっぺらぼうの人形――ワイヤーで首がつるされ、ぽきりと曲がった。
明星が「うわ、グロ」と呟く。
「ワイヤーはオッケーなんだ。糸じゃないけど」
「糸の組成は問わない。捩じってあるか、紡いであるかなど――つくりも。だから、糸っぽい形と糸っぽい性質を満たしてくれればどれでも操れる」
「うーん……、こういう細い感じの糸は?弾みたいに飛ばしたりできるような」
「それは針だろ?基本的に全体長さと半径の比が一定以上の物は操れない」
「じゃあこう、撲殺できる感じのやつは?」
「それは棒だろ。曲げとねじりで変形しにくいものは操れない」
「なるほど……。じゃあ糸に武器がついてる、例えば鎖鎌みたいなものは――」
「それは鎖だろ。と言うか糸に何か不純物がついていた時点でそれはもう糸ではないんだから、操れない」
「……なるほど」
「うわ、めんどくさっ」
まるで明星の気持ちを代弁するかのように柊が口をはさみ、「あ、いい意味でね?尾生の信みたいな?」とよくわからないフォローを入れた。
折本が操れる「糸」を定義するのは、ほかならぬ折本自身。しかしその性格あってか、糸の定義は細かいらしく、能力の適応範囲の幅も狭まっていた。
「……よし、じゃあ最後。海和君」
「おっけー。僕の能力は……」
と言って海和は、先ほど折本が持ち上げて床に落とした人形を拾い――そして握りつぶした。正確に言えば、右手人差し指の力だけで破壊した。
「これが僕の能力。『右手人差し指を強化する能力』だよ。名前の通り、右手の人差し指だけを強化する能力」
「へえ、超人化かな」
「うーん、専門家が言うには超能力らしいけど、詳しいことは分からないんだって。前例がないわけじゃないんだけど、珍しい能力みたいで……」
通常、特殊能力は「超人化能力」と「超能力」に分けられる。超人化能力が自身の体に働く能力で、超能力がそれ以外に働く能力――と言った具合だ。その分け方ならば、自分の体の一部を強化するような能力は超人化なのではないか、と考えられるのだが――と言うか、海和も能力が判定された時にそう言ったのだが――専門家の話によれば、特別な超人化能力である「変質」と「変形」のどちらにも当てはまらない。
では、基礎能力の身体強化が一部分にのみ集中した形なのではないかとも思ったが、しかしそれもないらしい。基礎能力とは原理的に、体の全体に働くものであって一部分のみが重点的に強化されるようなことはない。むろん体の各部を比較して、多少の誤差程度のブレは出ることがあるが、しかし海和の強化は誤差と言うにはあまりにも強すぎた。
そのため、海和の能力は超能力に分類されていると、そういう訳だ。
海和の話を聞いて、明星は少し考えるように顎をさすると、
「ま、接触型の超能力みたいなもんか。それはさておき――どれぐらい強化されてるんだ?」
「うーん……、あの鉄の人形は無理だけど、その一個手前なら削ぎ取れるぐらいには力があるかな」
「なるほど。そういう使い方か……」
「それぐらいしか使い道がないからね」
海和の能力はその特性上、近づいて触れないと攻撃ができない。そして触れたとしてもできることと言えば、指一つサイズの攻撃のみ。削ぎ取るにしても、ナイフより若干優れた攻撃力――それが自身の能力に対する評価だ。普通に銃を撃ったほうが強い。
「――で、どうかな。これが僕たちの能力なんだけど……」
三人の能力を聞いて、明星は「うーん」と目を閉じながら天井を仰いだ。どうしようかと悩んでいるような表情。
……こちらとしても良いリアクションがもらえるとは思っていなかったが、ここまであからさまな反応をされると凹む。
「まー、弱いのは想定外だったけど、予想以上だな」
「うっ……」
「ひどっ!でもそれでも勝てるんでしょ?そう言ったじゃん」
「勝てるとは言ってない。太刀打ちできるって言っただけで――……うーん、これは連携の訓練だけじゃダメかな」
「……あのー、この中で一番強い明星君が主軸で戦って、私たちが補助をするってのじゃダメかなぁ」
柊が恐る恐る手をあげながらそう聞くと、明星は「ダメ」と一刀両断し、
「いや……君たちでも頑張ればやれるってことを証明したいんだから、それじゃだめでしょ。ていうか、俺は今回戦うつもりないぞ?」
「えっ!?」
「今回はチーム戦だからな。俺は君らの指揮に徹して、戦闘は君たちに任せたいと思ってる」
告げられた明星の考えに――一同は驚愕する。
「そんなの――無理だろ。明星が戦わないとなれば三対四だぞ?地力で劣る上に人数まで不利となれば、そんなの勝てるわけがないだろ」
「そうとは限らない。チーム戦で重要なのは地力よりもむしろ戦い方だ。俺が戦うよりも指揮に回る方が勝ち目は高いと思うけどな」
「……明星君が戦って、指揮もするってのは?」
「それ、君らいらないじゃん」
まさしくその通り。そもそもの話、たぶん明星一人で辰巳チームを壊滅可能なため、明星に役割を持たせすぎると海和たちのやることがなくなってしまう。
だから明星を戦わせるぎることは海和たちにとっても良くない――……良くないことはわかるのだが。期待した戦力が見込めないという残念感もぬぐえない。
柊たちが「えー」と言った表情を隠さずに明星を見ると、明星はこほんと一つ咳ばらいをした。
「……うん、とはいえだ。このままだと勝つのは厳しい。チームの連携を上げるにしても、やっぱり地力の差はぬぐえない」
「だ、だよね!もうちょっと強くならないと!」
「いや、いくら能力者とはいえ二週間足らずで強くなる――地力をあげることは不可能だ。だから、それ以外の所を強化する」
「それ以外?」
首をひねる海和に、明星は指を突き立てて、
「今回の評定戦。君たちが初めて経験する事があるね。何かな」
「初めて――……あっ、アルタレルムを使うこと?」
「そう。君たちは今回初めて、現実世界での戦闘――『実戦』を経験する。痛みとリアルの伴う戦いを」
半年前の評定戦然り、今までの対人訓練はどれも汎用のVR機を用いて行われた。それは痛みのないゲームチックなお遊びの戦い。それを初めに体験した半年前の評定戦こそ、互いに攻撃し合うに多少の躊躇を感じはしたが、今は誰もが、それをリアルな殺し合いとは認識していない。
しかし、今回の評定戦はそれとは違う。
「アルタレルムの再現する舞台に降り立って、敵と相対して――そこで初めて君たちは、それが今まで経験してきたものとは全くの別物だということに気づくだろう。そして躊躇するはずだ。自らの身に走る痛みと、相手の命を絶つことのリアルさに」
数多ある戦場を経験し、そしてそれを実際に行ってきた者の言葉。それはまだ学生に過ぎない身の海和たちの心に重く響いた。二週間後に起こる戦い――その重さを認識し、唾を飲み込む音が耳に響く。
「そこに君たちが乗じる隙がある。冷静に、躊躇なく君たちが行動できれば、それは大きなアドバンテージになる」
「でも……そんなことできないよ。少なくとも僕たちにはまだ経験がない」
「何――そんなの、これから経験すればいいさ。今日、仮想世界でなく、この場所を指定したのもそのためでね」
笑って答える明星に、海和は背筋に寒いものが走る。なんてことはないように、しかしとんでもない事を答えた明星に。
同じくそこに、何か薄ら寒いものを感じたのだろう――柊が元気なく笑って、
「えーっと、何をするのかな。明星君」
「そんなに怖がることはない。別に殺しやしないさ。ただ――」
明星は足のホルスターに取り付けてあったナイフを取り出し、空中で一回転させるとキャッチしたそれを海和たちに向け、言った。
「君たちには痛みと覚悟に慣れてもらおうと思ってね」
■
「ねぇ、ちょっといいかしら」
「……おや、戌亥さん」
一組の教室。
戌亥の呼びかけに一条は扱っていたタブレットの電源を落とし、前の椅子に腰かけた戌亥に目線を合わせる。目が合っているようでどこか遠くを見ているような――ここにある全てに対して興味なさげな、そんな視線を向ける彼女と戌亥は対面した。
「なんの御用ですか?忙しいので手短に頼みます」
「じゃあ単刀直入に言うわね。あなた、私の派閥に入りなさい」
告げた言葉に、教室からの注目が集まるのを戌亥は感じる。戌亥が直接スカウトに来る――その意味を知っている者たちからの注目が。
戌亥は学年を二分する勢力のトップだ。その戌亥が自らに下れと口にすることは、その実力を認めているという意味になる。
しかしそんな注目も柳に風、一条は「派閥?」と首をかしげる。まるでそのようなものがあると知らないような口ぶりで。
「あなたの下につけ、と言う事でしょうか。それであればお断りさせていただきますが」
「……ま、そうよね。あなたならそう言うと思っていた」
一条がこの学校に転校してきてから数日。しかしそんなわずかの間の関りだけで、彼女の性格は同級生たちにある程度知られていた。
冷静沈着で、他のクラスメイトと不必要な関りと持とうとしない興味のなさ。その外見の美しさも相まって、なにか話しかけてはいけないような雰囲気が彼女にはあった。
それを考えると、確かに一条の返答は納得がいくものだった。彼女が誰かの下に付くことを良しとするわけがない。
ただ――しかし戌亥が「そう言うと思っていた」と言ったのは、彼女のその性格だけが理由という訳ではなかった。
「と、言うと?」
「分家の私の下にはつけないって言うんでしょ?分かってるわよ」
「……いえ、別にそういう訳では」
「隠さなくたっていいわよ。戦後に従属関係は消えたとはいえ、未だ家格は戌亥や辰巳よりも一条の方が上だものね」
戌亥は方便を口にする一条の言葉に、両手を広げながらやれやれと言うように鼻を鳴らす。
一条の返答は戌亥の予想の範囲内だった。
一条家は由緒ある名家。故に戌亥には、一条家の人間が進んで戌亥に従うところが想像できなかった。
自らよりも位の低い同級生に、どうして頭を下げられようか。
しかし戌亥は、その考えが気に食わなかった。たかが生まれる家が違っただけ、その程度の違いで自身が下であると判断されることが。
だから戌亥は、自らよりも高い地位に立っていると勘違いしているであろう一条の、その鼻っ柱を叩き折ってやろうと声をかけたのだ。この学校では私の方が上――それを分からせるために。
戌亥のわずかな言葉から、しかしそんな考えを感じ取れたのか、一条はため息をついた。
「……わかりましたよ。ま、あなたがそう思われるのであれば何を言っても無駄ですし――で、私にどうしてほしいと?」
「話が早くて助かるわね。あなたは家柄に恵まれたというだけでふんぞり返っているようだけれど――いい?この学校で必要なものは何だと思う?」
「そうですね。……強さ、でしょうか」
「ええ、そう。分かってるじゃない。だからどちらが上かは――強さで決めましょう」
戌亥がそう言うと、一条は「なるほど」と頷いた。
「次の評定戦、私のチームは優勝を目指して動く。それを止めて見せなさい」
「評定戦、ですか。適当にやろうかとも思っていましたが――……いいでしょう。チーム戦と聞いているのですが、私のチームメンバーはどうしましょうか」
「それぐらい自分で集めなさいよ。メンバーを集めるのも実力のうち、でしょう?」
「そうですか。ではそのように」
「ふん、虚勢は人一倍のようね。どこまでできるのか楽しみにしてるわよ」
最後まで生意気な奴だ――そう戌亥は思いつつも、そう言って席を立つ。
一条の能力は『温度を操る能力』だ。初めの自己紹介で、本人がそう言っていた。
温度を操る――弱くはないが破壊力のあまり無い能力だ。少なくとも戌亥のそれには及ぶべくもないほどの力。
単体であればさほど脅威ではない。しかし組まれたチームによっては厄介な相手にもなりかねないか。
「……吉川。一条が誰ともチームを組めないように手を回しておきなさい」
「え?できなくはないが――……でもいいのかよ、勝負するんじゃなかったのか?」
「私は辰巳と戦わなきゃいけないの。イレギュラーな小石に躓いている暇はないでしょ。それに――」
戌亥は一条の態度を思い出す。
冷静で自ら以外の者に興味を示さない高慢さ。そして戌亥の神経を逆撫でするような、慇懃無礼な物言い。
「――舞台にも上がらせず、圧倒的戦力差で叩きのめして敗北感を味合わせる。あいつにはそれがお似合いよ」
学校の外では絶対的権力を持つ一条家のお嬢様。そんな彼女が何もできずに惨めに敗北するのもまた一興だと、嗜虐的に戌亥は笑った。
■
『
第二回評定戦 チーム分け(確定版)
第一チーム(8人)
辰巳 隆元
茨木 仁
岡田 達也
転手 静香
小川 舞
念同 雄二
藤崎 悠里
山口 正幸
第二チーム(8人)
戌亥 風華
北園 凪
白川 修一
常世 白嗣
芳賀 幸也
三谷 佐那
山止 麗
吉川 徹
…
第二十チーム(4人)
癸亥 明星
折本 啓
海和 修樹
柊 月陽
第二十一チーム(1人)
一条 蓮月
』
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