第21話 声劇
私の頼みを聞いた服部先輩はなぜか、ちょっと気まずそうな口調で返した。
「……来てくれるならもちろん歓迎だ。あんまり演劇に興味のあるライバーが少なくて企画が立たないことも多いからな。でもちょっとなあ……言っていいか?お前とローリエって『デキてる』んだろ?俺の今度の話って要は悲劇になるんだが、NGとかにならねえ?」
そうか、服部先輩も私とローリエの関係に気づいていないのか。私は自然に浮かんだ笑みを抑えながら答えた。
「ふふっ、心配してくれてありがとう。でも私とローリエって、実は『何でもない』んだ」
「――マジで?」
声のトーンがやや高くなったところを見ると、やはり全く想定外だったらしい。
「ああ、ローリエとは配信外ではスキンシップも、一緒に旅行とかもしたことは無いんだ。なぜか食事は作ってくれるけど、仕事に関係ない会話だってほとんどない。私はいまだに彼女がどんな人かもよくわからないんだ」
「へえ……こりゃ傑作、いや驚きだな、人気急上昇中のカップリングが、完全な『営業』とはな。なら、この件についてもあくまで仕事として誘うのか?」
「うん。彼女との関係は『師匠と弟子』みたいなものかな。配信の経験が豊富らしくてデビュー前から教えてもらってるんだ。今の人気も半分以上は彼女のおかげみたいなものだから、感謝を通り越して申し訳ないというか……だからたまにはこっちから話を持ち掛けたいと思ってさ――」
今の私とローリエの関係は到底対等とは言えない。しかし私たちはバーチャルライバーとしてはあくまで同期なのだ。私の得意分野で何か彼女に出来ることは無いかと考えてのことだった。
この後は大した話もなく、程なくして通話を終了した。だいぶ飲んでるし、今日は勉強する気にはなれない。私は空き缶を机に置いたままシャワーだけ浴びて、ベッドに身体を投げ出した。
服部先輩にはあえて話さなかったが、私がローリエを声劇に誘いたい理由はもう1つあった。あのコーテックスとのコラボ以来、ローリエの様子が変わったのだ。
彼女は私と初めて会ったときもそうだったのだが、人見知りが激しく、私以外のライバーに対し自分からコラボに誘うことは無かった。まなつ先輩とはたまに一緒にゲーム配信しているが、そのきっかけも昨年の秋にまなつ先輩から誘われたからだという。
ちなみにこの2人の配信は私との配信とは全然雰囲気が違っている。何というか……独特な言葉遣いであふれていて理解が難しい。例えば「フタエノキワミ」「VIP先生」のようなよくわからないものから、「猫駆除」のような物騒なものまである。コメントを見るとウケている人と「インターネット老人会」と批評している人が目立っている。
それはともかく、IRISの中でのコラボも少なかったはずのローリエが、あの4人コラボ以来コーテックスのメンバーとのコラボを積極的に行うようになったのである。今から考えると彼女はメンバーの大亜ふらむと知り合いだったし、あちらに旧友が多いのかもしれない。
しかしコーテックスとのコラボに傾きすぎるのは好ましくないと私は考えていた。バーチャルライバーというのはよく噂を立てられるもので、かかわりが少ないライバー同士は不仲説が立てられてしまったりすることがある。
コーテックスのメンバーとばかりコラボしているとIRISに居場所が無いのではないかという風評が立つかもしれないし、本当に孤立することも無いとは限らない。それを和らげるために声劇に誘おうと考えたのだ。
数日後、服部先輩から完成した台本が送られてきたところでちょうどローリエとのコラボ配信があり、その終了後に私は彼女に提案してみることにした。
「来月の半ば、ちょうどホワイトデーなんだけど、声劇の企画があって誘われたんだ。ローリエも……一緒にどうかと思ってさ」
通話越しであるため彼女の表情は窺い知れない。しかし数秒後の返答からはローリエの動揺を容易に想像出来た。
「――ほ、ほ、本当?お誘いは嬉しいけど、私、声優は経験ないけん、上手くできるかわからんよ?」
ローリエはコラボ頻度が増えたことでかなりスケジュールが過密になっている。もしかしたら断られるかもという不安があっただけに、彼女の返事に私は安心していた。IRISの中でのコラボに控えめだったのは、単に誘うのが怖かっただけなのかもしれない。
「演技は大丈夫。参加者は未経験も多いし、私が教えるから。普段お世話になりっぱなしだからさ、今回は私に任せて」
「うん。ありがと。それで、筋書きはもうあるん?」
「あるよ。今回はいわゆる『マフィアパロ』ってジャンルだね。『もしもIRISのライバーがマフィアだったら』という設定で話が進むから、役名は私たちの名前そのままなんだ。私たちは対立する勢力の跡継ぎ同士なんだけど、それを知らずに親友として長年過ごしてきた。でも対立が激しくなって2人は引き裂かれ、最後に互いに銃を突きつけあって対峙するんだ」
「なかなかハードやねー。でもそういうジャンルってあるよね。他にも時代劇とかSFとかに他のアニメのキャラを落とし込んだり。というかもう、私たちを題材にした二次小説がネットにある」
そう言うローリエの口調は嬉しそうだった。ひとまず誘ったかいはありそうな感じだ。
「嬉しいよね。リスナーさんに私たちの話を書いてもらえるの。今回は服部先輩が書いたものだけどね。でもそういうのを演じてみるのも、きっといい経験になるはずだよ」
うまい具合に話が進んだ。IRISに入ってからもうじき1年。なかなか演技をする機会に恵まれなかったが、クイズ大会を機に仲間が出来て、相方とも少しずつ対等な関係に持っていけそうと思うと、自然に言葉が弾んだ。
「それはそれとして、台本は博多弁じゃないから、そこはきっちり指導させてもらうよ」
「ひっ……!」
ローリエは小さく息を漏らした。
◇
――1カ月後
声劇:『Congenital』
「ローリエ!どうして私たちがこんなことにっ……!?あなたは本気で私を撃つつもりなの!?」
彼女はすぐには答えなかった。眉一つ崩さずに拳銃の安全装置を外す。そして静かに答えた。
「知らないわけじゃないでしょ、カイネ。私とあなたはいずれこうなる宿命だった。もう何人も死んでる。後戻りは出来ない。それに、あなたも私に銃を向けてるじゃない」
「死人が出た、それが何?あんなの周りの人たちが勝手にやったことでしょ?ローリエ、二人で逃げましょう。ここで相打ちになったように見せかけて、どこか遠くで人生を、関係をやり直すの!その準備はできてる。この爆弾で死体を隠滅したように見せかけて、あとは銃が2丁転がっていればそれで十分なはずよ!」
私は今にも泣きだしそうな声で彼女に呼びかけた。しかし願いもむなしく、彼女は引き金に指をかけた。
響く銃声。銃弾は私の脚の血管を正確に射抜いていた。私は銃を落とし、出来たばかりの紅い水溜まりの中に横向きに崩れ落ちた。全身に冷たい汗が流れ、呼吸は浅く、速いものに変わっていった。
「はっ……はあっ……ローリエ……どうして……?」
彼女が私に近づく足音が聞こえる。もはや顔を上げて彼女の表情を見る力もない。視えるものは次第に
「ごめんなさい。あなたと過ごした時間は本物だった。でも私はあなたと出会うずっと前から、
「ロー……いっしょに……」
そこで私の意識は途絶えた。ローリエはそれを見届けたとたん目に涙を浮かべ、膝立ちになり目の前の死体に顔を近づけた。
(これが私の、私なりの贖罪……母さん、カイネ、またいつか、いっしょになりましょう)
しばらくすすり泣く声が続いた後、耳をつんざくような爆発音があたりに響き、物語は幕を閉じた。
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