第74話 少女なりの一線

「いらっしゃい、尾山くん」


「これは?」

 伸びた3人を指差して言う。


「回収してきた。君は今まで散々虐められてきたでしょ? それを逆手に取って慰謝料でも貰おうじゃないか」


「どうやるんですか?」


「裁判を起こす。諸々は専門家に任せた方がいいだろうけどね。傷跡や痣が証拠になる。そして今日のことは彼奴らが家まで殴り込んできたため、仕方なく近くにいた駛瑪家の警備が不審者を取り押さえたことにする」


 どう? と組んだ両手の上に顎を乗せた。その様子は教室での彼女と打って変わって賢く、柔らかく見えた。


「それで、上手くいくなら」


「まあそこは保証できないけどね」


 苦笑しつつも、成功を疑っていないようだ。葵守は思う。こんな未来、1週間前の自分は想像もしていなかったと。


「学校には連絡を入れておくよ。だから早めに慰謝料を取る準備でもしておきなよ」


 ぱちん、とウィンク。この日を最後に彼女からの連絡は途絶えた。連斗先輩にお礼を伝えると、彼女は報酬を受け取らなかったことを聞いた。


 彼女、濡羽さんは裏に生きている。きっと人を殺したり、俺にはわからないような惨いこともしているのだろう。


 それでも。医者として、1人の人間として。持つべき軸を定めて真っ直ぐに進んでいる彼女が眩くて、憧れだ。


「ありがとうございました、濡羽さん」


 ぽつり、と夕焼けの茜空に向かって呟いた。



「ただいまー」


 濡羽は仕事を終え、自身の家に戻っていた。如が用意しておいてくれた夕食を食べていると、椥が不思議に思ったのか聞いてきた。


「結局、カミサマって何だったんですか?」


「さぁ? 分からずじまいね」


「それより、今回は結構手を焼いたってことは報酬もたんまりあるんすよね?」


 少し期待の色を滲ませて沓耙が言う。それに対する返答は全員の予想を上回るものだった。


「学生から金をせしめるわけにもいかないから、達也にこれを貰っておいた」


 手の中でくるくると回転する何とも表現し難い、言うならば、"小さな日本刀"。


「それってつまり……」


「学生たちに良い顔して得してるだけっすよね」


 衝撃を受け、続きを語れない如の代わりに沓耙が言い切った。


「えー、そんな酷い言い方しなくてもよくない? だって学生に色々言うよりも達也にお礼を貰った方が早いでしょ」


「それはでも、折角のカッコいいお姉さん感が音を立てて崩れていきますよ」


「別にいいよ、それくらい」



 同じ頃、アルージエの2人組。


「え、兄さん? それ本気で言ってるの?」


「あぁ。姐さんはお前らに報酬を要求しなかった代わりに一番上等な日本刀の職人が作った短刀を持っていった」


 さあっと連斗の顔が青くなっていく。達也はもう諦めたらしく、悟りを開いている。


「あんなにカッコよく言っておいてそんなことある!? おかしいよね!?」


「それが姐さんというひとなんだよ、連斗……」


 もう何も言えずに絶句する他なかった。



 しかし、濡羽は思うのだ。この刀を貰いはしたが、達也から渡してきたのだ。そして私は友人に対する仁義を果たした。


 裏社会で生きていくには、変わらない芯を持ち、人を殺すなりに一線を引くことができなければならない。


 それをできなければ、それはただの破落戸ごろつきと変わらないような存在だ。何の思いもなく、人を殺して犯して。そこを区別するのは難しいけれど。



 私は私なりの仁義を持って、死ぬまでここで生きると決めたのだから。



 1章完。

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