針道の富豪(7)
「……そういうことか」
鳴海は、思わず呻いた。
「そういうことでございます」
謎掛けのような会話に、衛守が交互に鳴海と善蔵の顔を見やった。
「どういうことです?兄上」
焦れた弟に、鳴海は説明を補足した。
「善蔵殿は、米と交換した塩を江戸や上方で高く売り、その利を針道の再建費用に充てるつもりだ。であろう?」
「はい、ご名答でございます」
善蔵の答えに、衛守にしては珍しく、ぽかんと間抜け面を晒した。先程の仕返しとばかりに鳴海が衛守を肘で突くと、ようやく衛守は顔を引き締めた。
「……怖いですね、商人というのは」
衛守の素直な感想に、善蔵は片頬を上げた。
「何を申されます。それがしは、たかが一人の平民に過ぎませぬよ」
おどけた物言いだが、鳴海は衛守の感想がよくわかった。日頃、やはり商人である黄山と交流のある鳴海でさえ、この善蔵に対しては親愛の情を抱くと同時に、恐れも感じた。善蔵からすると、どちらかと言えば学者肌の黄山すら、赤子の手を捻るようなものだろう。まして、駆け引きの苦手な武士など、言わずと知れている。
だがそのしたたかな商人は、鳴海ら武士に負けず劣らず、二本松藩への忠義心も持ち合わせている。味方にすれば、これほど心強い相手はいないに違いない。
二人は屋敷の居間に通されると、改めて一族が世話になった礼を述べた。善蔵の居室は質素ながらも、趣味が良い。調度品も一見質素でありながら、実は彦十郎家の家財に負けていないぐらいの金がかかっていると見受けられた。
そのくせ、丹波のように贅沢な趣味を見せびらかすのではなく、二人の前に出された湯呑茶碗は、当地で最近流行りつつある「万古焼」だったりするから、憎めない。
農民らが次々と炊き出しの雑炊を受け取ってうまそうに啜る様子を見守りつつ、鳴海は先日の会話の様子を衛守に伝えた。
「――というわけで、丹波様に絡め取られそうなところを、善蔵殿に救って頂いた」
那津の嫁ぎ先として、春山家を紹介したいという善蔵の咄嗟の作り話は、今思い返しても誠によくできていたと、鳴海は感心していた。
「確かに、那津もこの春で十六になりましたからね。もうそろそろ嫁入り先を探し始めてもおかしくはないですが」
衛守が微かに笑みを浮かべた。自分自身が上崎アサとの結婚を考えていることもあるし、兄の立場としても、やはり妹の嫁入りは気にかかるらしい。すると、善蔵は眉をひょいと上げた。
「
鳴海は、衛守と顔を見合わせた。もちろん第一の希望は家中の者との縁組が望ましいが、三春の春山家は、三春藩でも名門の一つである。彦十郎家としても、悪い話ではない。下の妹の縁談は、思いがけないところから舞い込んできたものである。
「秋に父上の喪が明けたら、考えてみよう。それまで先方の縁談がまとまらなければ、であるが」
鳴海は、熟考の末に肯いた。
「かしこまりました。こちらも、春山家に彦十郎家のご意向をお伝えしておきます」
何でも春山家には、本宮の浦井家から嫁いだ娘もいるらしい。本宮も二本松藩の領土の一部であるが、浦井家は財政面での貢献が認められ、天保年間に正式に商家から藩士へ昇格した家柄だった。二本松藩士の縁組は家中での婚姻が一般的ではあるが、隣藩の者との縁組も、時折聞こえてくる話である。
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