改革派の言い分(3)

「だが、幕府の方針として参勤交代を緩めたろう。あの改革は、今後我が藩にも影響を及ぼすに違いない」

 和左衛門は、再び政治的な話題を持ち出した。

「あれですか。交代の任期を三年に一度にし、在府期間も一〇〇日に限ると」

 新十郎が、腕を固く組み直した。閏八月二十二日付けで、幕府より「参勤交代の制度を改める」とのお達しがあったのである。参勤交代の目的は、そもそも大名の財源を削ってその勢力を削ぐことにあり、長年諸大名の台所事情を苦しめてきた懸念事項でもあった。在府期間も短くなり、喜ばしいことではないのか。

「痴れ者。それだけではないだろう。大名の妻子も『どこにいてもお構いなし』という触れが出されたではないか」

 ああ、と新十郎が肯いた。

「そういうことですか」

 民政に携わったことのない鳴海には、今一つ和左衛門の言わんとすることがわからない。鳴海の戸惑いを察したのか、新十郎が解説してくれた。

 曰く、東北の諸大名の妻子もここぞとばかりに帰藩する者が増えて、当面は街道の往来が活発になるだろう。そのときに、街道にある宿場町では決まった人数や馬を提供しなければならないが、今後街道沿道の郷村だけでは負担を賄いきれなくなる懸念がある。そのときには、さらに近隣の農村に対して協力を求めることになる。いわゆる助郷制度であった。奥州街道を抱える二本松藩は領内に十三もの宿場町を抱えている。近年は富津在番の費用捻出などのため、幾度も才覚金を課税している二本松藩に対し、このままでは宿場町の者らが騒ぎを起こしかねないと、和左衛門は懸念しているのであった。

 一揆が起これば、藩の運営管理能力が問われ、幕府からどのような咎めを受けるか分からない。せめて藩の士分の者らが率先して倹約に励み、平民らの模範となるべしというのが、和左衛門の主張だった。

(ふうん……)

 鳴海は、和左衛門の言い分を興味深く聞いていた。極度の吝嗇癖には閉口するが、その言い分は筋が通っている部分もある。だが、三浦権太夫のような血気に逸る者を野放しにしておくのも、また藩政を揺るがしかねない。その均衡を見極めよという意図も込めて、与兵衛は和左衛門との対面を勧めたに違いなかった。

「ですが義父上。脱藩した藤田のような、身分の秩序を根底からひっくり返すような言い分も、また家中の乱れの元となりましょう」

 弁舌に長けているという新十郎も、和左衛門に負けていなかった。どちらかというと、鳴海の気分も新十郎に近い。あの時、「お主らには下士の思いは分かるまい」と言い捨てた藤田の言葉は、未だに鳴海の中で呪詛となって引っ掛かっている。別に下士の者らを低く見ているわけではなく、藩の規範の乱れの元となるのが嫌なのだが、上士らのその心中もまた、下士である藤田や三浦らには理解し難いだろう。

「万が一、荒事が起こった場合には、我らがおりますれば」

 鳴海は、結局当たり障りのない答えを返すことしか出来なかった。動向を探っておくのは有益だが、一方に与すれば自分の身にも火の粉が降りかかる。そのような些事で身を滅ぼしては、本末転倒だろう。鳴海がその身を捧げるのは、あくまでも長国公でなければならない。

「私も、鳴海殿は頼りにしております。先日の守山の三浦殿に対する牽制は、惚れ惚れ致しました」

 再び、新十郎が笑顔を取り繕った。だが、その目は笑っていない。鳴海を警戒しているというよりも、養父との見解の相違から何かを予感しているようだった。

「守山の三浦殿……」

 和左衛門が、微かに眉を顰めた。何か、思い当たることでもあるのだろうか。しばし黙っていたが、やがて和左衛門の口から滑り出てきた言葉は、確信に満ちていた。

「鳴海殿。三浦権太夫は現在江戸に行っておる。よって守山とは無関係。そう丹波殿に伝えられよ」

 この分だと、鳴海が丹波に頼まれて探索を行っているのも察しているのだろう。謎めいた和左衛門の言葉に、鳴海は曖昧に肯いてみせるに留めた。


 山田家を後にしようとすると、なぜか新十郎も一緒に出てきた。少し話がしたいという。もっとも彦十郎家は一之町にあり、山田家があるのは北条谷である。そこで鳴海は改めて、彦十郎家の片隅にある茶室へ新十郎を誘うことにした。茶室は狭いが母屋から独立して建てられているため、密談をするには都合がいい。

 りんに命じて茶の支度をさせると、新十郎は笑顔を浮かべた。

「さすが彦十郎家。これが真っ当なもてなしというものでしょう」

 わが義父が吝嗇で申し訳ないと、新十郎はまずは侘びてみせた。新十郎の金銭感覚が自分と同じことに、鳴海は内心安堵した。彦十郎家も台所事情は苦しいが、客人のための茶葉を買うゆとりくらいはある。もっとも和左衛門の吝嗇癖はあらかじめ与兵衛らから聞いていたので、白湯を出されても驚きはしなかった。

 茶を立てて新十郎に勧めると、新十郎は作法に則りそれを一息で飲み干した。

「ところで、話とは」

 鳴海と新十郎は、せいぜい仕事上の顔見知りという間柄だ。一緒に仕事をしたのも先日の件が初めてであるし、特に親しいわけでもない。にも関わらず、和左衛門の耳を避けたいというのは、何か事情があるのだろう。

「あの様子からすると、義父はやはり権太夫と守山の三浦のつながりを知っていると見た」

「やはり」

 鳴海も、それは何となく感じていた。三浦権太夫と守山藩の三浦が縁戚かもしれないという話は、丹波が小書院の間に家老と番頭、詰番一同を集めた際に出た話だった。それをその場にいなかった和左衛門が知っているというのが、不自然に思われたのである。郡代は藩の中では重職の部類だが、あの席には和左衛門は呼ばれていなかった。新十郎が知っているのは、脱藩の報告をするためにたまたま隣室で控えていたからである。

「樽井殿の話によれば、遠い親類に過ぎないとのことだったが」

「それはまことに違いないのだがな。郡代とて、執政たる家老の指揮命令を受ける身。たとえどのような上司であろうと、丹波殿の命令に従うのが筋というもの。それを義父は履違え、己の私憤から尊王攘夷に染まった気がする」

「新十郎殿が詫びることではございますまい」

 鳴海は、新十郎に同情する気になった。守山藩領に同行した際にも感じたことだが、新十郎も必ずしも丹波を好いているわけではないようだ。だが、鳴海と同じように、それはそれとして、個人の感情を職務に持ち込むことがあってはならないと考えているのだろう。

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