【中華F】【和風F】星宿の中をうろうろと……。古代天文学を把握するまでの迷走記。


 鷲生は今度書く平安ファンタジー小説に陰陽師を登場させようかと思っています。


 岡野玲子さんの漫画などでは超人的な魔法使いという感じですが、鷲生が持っている本では陰陽師=「天体観測する技術官僚」という紹介でしたし、鷲生もそれに沿って人物像を組み立てていく予定です。


 その鷲生が持っている本というのはコミックエッセイ『日本人なら知っておきたい日本文学』(※1)安倍晴明について取り上げた箇所(49頁)に以下のように書かれています。


「実際の晴明は国家機関『陰陽寮』に務める公務員でした」「主な仕事は天体観測したり時報だしたり」「カレンダー作って吉日を決めたり」「自然現象は個人の運勢とも連動しているという考えを元に占いをしたりです」「人を呪うのが仕事ではありません」「陰陽道は当時最先端の科学だったのです」


 大河ドラマ「光る君へ」でも、安部清明をユースケ・サンタマリアさんが胡散臭くw演じてらっしゃいますが、初登場の時でしたか「夜空の観察の仕事で寝不足なのに早い時間に起こさないで欲しい」という趣旨の台詞があり、ちゃんと天体観測の本業にいそしんでいるようですよ。


 とまあ、そんなわけで。


 鷲生も、古代の天文学とは一体どのようなものであったのかを知ろうとしたのです。


 ところが。いやあ……これがけっこう鷲生には骨の折れる作業でして……。


 なんかいろいろ試行錯誤してやっと全体像がつかめてきた感じです。


 もう少し整理できたら、中華ファンタジーの資料を紹介する別のエッセイにまとめようと思いますが、今回のこちらの日記エッセイにはそこに至るまでの鷲生の迷走ぶりを綴ってまいります。


 鷲生が古代の天文学を調べるために図書館で借りてきたのは主に以下の三冊。


『古代の星空を読み解く キトラ古墳天文図とアジアの星図』(2018 中村士)(※2)

『中国の星座の歴史』(1987年 大崎正次)(※3)

『中国占星術の世界』(1992年 橋本敬造)(※4)


 それからVixenの「星座早見盤」も購入しました!(※5)


 上の三冊の中村士と橋本敬造さんはそれぞれ東大京大の理学部卒で、大崎正次さんは東京文理科大(現筑波大)の史学科とはいえ専門は科学史で、プラネタリウムの評議員も務めていらっしゃいます。


 要するに。この分野って基本的に理系のようなんですよ……。


 例えば中村士さんの本では、地球が「歳差運動」するために北極星が時代によって変わるという話題が大きく取り上げられます。


 ええと。歳差運動とは……。地中が赤道の方が大きい扁平な形をしており、そこに主に月の引力が働くことで時点の回転軸がぶれることをいうそうです。って、ここからもう理系の天文学のハードルの高さを感じ始めるところです……。


 古代の天文学を知るには、当時と今とで歳差運動により北極星が異なっていたことを加味して考察すべきであり、その歳差運動を踏まえて古代の星図がいつの星空を描いたものなのか特定したり(それも誤差何年で何パーセントの確率で、とか)、当時の星空はこうであるはずだから古代の星図の特定の場所には誤りがあると指摘したり。


 数式とかが出てきて、鷲生にはちんぷんかんぶん。


 一応、これらの本でも文系のド素人が手に取ることを想定して、かなり初歩的な説明も用意して下さっているのですが……。それでも鷲生にはしんどいw


 歳差運動が絡むあたりは、鷲生のそもそもの問題関心とは異なっているので読み飛ばすとしても。


 キトラ古墳の星図にも描かれているという「天の赤道」「天の黄道」。


 この、「天の赤道」「天の黄道」という言葉が出てきただけで、鷲生の頭は「???」と疑問符でいっぱいに。


 もちろん「天の赤道」でネットを検索してみましたよ。それで出てくるのは「地球の赤道面を天球にまで延長し、天球上に交わってできる大円のこと」という説明。


 だけど……。


 昔の人は現代のように地動説を知りません。自分が立っている場所を中心に半球状の天空があり、その天球に天体が張り付いて見えていたはずです。


 そして、自分が立っている大地が巨大な球体だってことを知らないわけですから、赤道ってものだって分からないはずなのでは? 


 日本(あるいは古代中国)のうんと南にある、現在のシンガポールとかインドネシアとかの赤道直下の国々のことだって直接には知らないはずです。


 古代の人々は赤道面っちゅうものを知らないはずなのに、どうして古代の星図に「天の赤道」なるものが描かれているわけ???


 そして、「天の黄道」。


 前から不思議だったんですよ。「黄道」とか「黄道十二宮星座(西洋の話ですが)」。


「黄道」という言葉の意味をネットで検索すると、「天球上における太陽の見かけ上の通り道(大円)」という説明が出てきます。


 でも、太陽って空にある間は眩しくて見られないじゃないですか。そして昼に星は見られない。なのに、星図の中に太陽の位置が記載されているってどういうこと?


 分からないなりに「黄道十二宮星座」から色々調べてみましたが……。


 これも昔から鷲生がよく分からないのが、生まれた季節とホロスコープの星座が一致しない、というより正反対になるという現象。


 例えば、鷲生は初冬の生まれですからホロスコープの星座はさそり座です。ところがさそり座は夏の星座なのです……。


 この事実の「現代の天文学=地動説の観点」からの説明は、すぐに分かります(鷲生もそこまでおバカではありませんw)。


 季節によって星空の星座が移り変わるのは地中が太陽の周りを公転しているからであり、太陽が北半球の我々にとって冬の位置にあるときは、太陽と反対側の星々が夜に見え、公転軌道から太陽を挟んで向こう側にさそり座が存在する……それは理解しました。


 だから、初冬の鷲生が生まれた月には太陽は冬の夜空とは反対の夏の星空と同じ方向に太陽があるわけですね。で、西洋占星術では生まれ月の太陽の位置によって運命が決まるので、私のホロスコープの星座は「さそり座」だと。


 で? だけど、古代の人は地球が公転しているって知らなかったわけですよね?

 古代の人は、冬の夜空を見ながら地球の裏側に太陽があること、そしてその向こうに夏の星座が存在していることを、どうやって認識して、星図に書き込んできたの?


 鷲生の頭は「???」


 分からないことはネットで調べれば分かるようになる昨今の今日この頃ですが。それはあくまで「検索が上手くできれば」の話。


 この時点で鷲生がぶつかっていたのは「自分の分からなさを、どういう検索ワードで表現していいのか分からない」という問題でした。


 分からないなりに「赤道」「黄道」「黄道十二星座」などの検索ワードで出てきた情報にあたりまくり、そして分からないなりに図書館で借りてきて上記の書籍をせっせと読んでいたのです。


 その中のどれかに「ああ!」という説明がありました(手当たり次第に情報収集にあたっていたので引用元を思い出せなくてスミマセン)。


 エジプトなど西の方では季節(太陽の巡り)の方が重要で、早くから太陽暦だったそうなのですが。そこで、太陽について観察するのに、日の出や日没時にどの星座に近いのかを調べていたそうなんです。


 なるほど。


 鷲生の子どもが中学受験する際に「三日月」について「太陽との角度が近いから太陽が西に沈むころに西の空に現れ、太陽を追いかけて日没後まもなく沈む」と知りました。


 日の出や日の入りに太陽と同じ方向に見える星座は、観察可能です。


 そして、日の出や日没時に太陽の傍に見える星座は日々移り変わっていく(※6)。

 昨日はさそり座の傍だったのが、少しずつ離れて、だんだん射手座に近づいていくというふうに。


 つまり、さそり座とか射手座などの十二の星座の中を、太陽が一年かけて巡って行くように見える。だから一年間の星空をまとめた星図の中に太陽の通り道を書き入れることも出来る……。


 分かった! これはこれでスッキリです!


 なお、毎日観察される星空一年分を一つの画面で描いたものが、現在も理科の教材として売られている星座早見盤なのでしょう。


 星座早見盤は2枚の厚紙でできており、その上の厚紙には円い窓があります。その窓から見えるのが一日分の夜空なわけですが、反対に言えばその一日分の夜空を一年分まとめれば星座早見盤の下の厚紙のような星図が得られるのでしょう。


 さて。


 鷲生が借りてきた本には、さらっと「北極星の高さは、観察者のいる地球上の緯度と同じ」と書かれています。


 これにも「へ?」と思いましたが、これはすぐにネットで疑問が氷解しました。


 北極星は地球からうんと遠くにあるので、地球に届く光は平行だと見なせます。太陽光もそうですよね。理科の授業でも、太陽は地球から離れているので太陽光は地球に対して平行にあたるとみなすのだ、と習いました。


 北極星の水平線からの角度をaとすると、観察者の真上からと北極星との角度は(90-a)となります。地球の中心から観察者に向かう線と地軸との間の角度も(90-a)となり、すると赤道から観察者のいる緯度は90-(90-a)となり、aとなります。


 そして。


 遠く離れた天体は地球のどの地点からも平行だとみなせるのならば……。


 天の赤道について「北極星から知られる地軸に対して90度のもの」という説明もありました。


 同じく地軸に対して垂直な赤道面と、観察者が北極星から垂直に想定した面も平行であり、まあほぼ同じものと見なせることになるのだろうと思います。


 よって、星図の中に北極星から90度にある点を集めて書き込んだものが「天の赤道」であり、それは北極星が一年を通じて不動なので(※7)そこから90度という点の集合(天の赤道)も北極点を中心とした正円となるのでしょう。


 一方、「天の黄道」については。


 地球の地軸が公転面に対して23.4度傾いていることから太陽の高さは季節により異なります。だから、北極星を中心とした星図の中では北極からの距離が異なるために赤道からずれた円になる……ということなのでしょう。


 これで、鷲生なりにキトラ古墳などの星図の意味が分かったような気がします(ただ、キトラ古墳の図は図でちょっと正確ではないそうですが ※8) 


 さて。


 星図の「天の赤道」「天の黄道」はだいたい分かりました。


 鷲生がアマゾンで買った星座早見盤を実際に手で動かして弄っているとより分かりやすくなります。


 ただ、この星座早見盤、現代の天文学=西洋の星座が載っているんですよね。


 これのアジア版があればいいのに……天の赤道に二十八宿が載っていて、古代中国・日本での星宿や星の名前で夜空を説明してくれる星座早見盤。


 それがあればアジアンファンタジーを書くのに役に立ちそうです。


 そして探してみると……。


 世の中には同じことを考える方はいらっしゃるものでw


「中国の星座早見盤 漢末200年版」というものが、販売されているのを見つけました。


 売ってらっしゃるのは楽史舎さま。売られている場所はBooth。


 鷲生が別の探し物をしていた時にも、楽史舎さまの商品を見つけたことがあります。


 楽史舎さまは、Xのアカウントの自己紹介によりますと「歴史サークル」とのことですし(※10)、BOOTHとは「クリエイターの想いがこもった創作物が集まるマーケットプレイス」とあり、要は趣味で作ったものを、通販で買えるというものです。同人誌とかですね。


 ですから、「専門家」という言葉を「アカデミックポストを持っている人」だけに限定すると専門家ではないことにはなってしまいます。


 ただ、「楽史舎」さまの本やグッズは、中国関係の書籍販売で有名なあの東方書店さまでも一部取扱いがあるそうですし、大学の研究室にもあったりするようです(※11 正式な蔵書かどうかわかりません。学生さんが趣味で持ち込んだのかもしれませんが)


 商品のラインアップとかXのポストとか面白いので、鷲生もこれを機に楽史舎さまのアカウントをフォローすることにしました。


 歴史の学術論文を書く上での参考図書には挙げられないかもしれませんが、ファンタジー小説を書くのに世界観を膨らませるのにはとてもよさそうな本やグッズが一杯です。


「中国の星座早見盤 漢末200年版」も購入しようかと考えています!


 皆さまもご覧になられてみてはいかがでしょう?


 *****


 ※1『日本人なら知っておきたい日本文学』 2011 蛇蔵・海野凪子 幻冬舎 

 https://www.gentosha.co.jp/book/detail/9784344020375/


 ※2『古代の星空を読み解く キトラ古墳天文図とアジアの星図』(2018 中村士 東京大学出版会)

 https://www.utp.or.jp/book/b378014.html


 ※3『中国の星座の歴史』 鷲生が借りてきたのは「昭和62年」(1987年)とありますが、2023年に普及版がはっこうされています。

『中国の星座の歴史』 2023 大崎正次 雄山閣

 https://www.yuzankaku.co.jp/products/detail.php?product_id=8922


 ※4『中国占星術の世界』1992 橋本敬造 東方書店

 https://www.toho-shoten.co.jp/toho-web/search/detail?id=4497923703&bookType=jp


 ※5 Vixen 星座早見盤

 https://www.vixen.co.jp/product/1101371/


 ※6 このサイト様の説明が鷲生のイメージに近いかと思います。

 Mathematica 「Web連載 暦の起源・第10回 古代の時間」

 https://mathematica.site/web-mag/calendar/c-10/

2024年7月26日追記 中村士さんの『古代の星空を読み解く』16、30頁にも似たようなことが記述されてました。


 ※7 地球が公転してても、北極星との距離に比べるとすごく小さいので季節によって北極星の見え方が変わることはないそうです。


 中学受験ナビ「北極星が動かない理由とは? 3つの疑問をもとに天体の理解を深めよう」


 https://katekyo.mynavi.jp/juken/31146


 ※8 奈文研  キトラ天文図の観測年代に関する「謎」

 https://www.nabunken.go.jp/nabunkenblog/2021/07/20210701.html


 ※9 Booth 販売ページ

 https://booth.pm/ja/items/1492565


 ※10 楽史舎Xアカウント

 https://x.com/sangatsu_rakshi

 Webサイトも見つけました。

 https://www.diced.jp/~rakushi/index.html


 ※11 山口大学の公式サイトの写真に「自然な形で」写り込んでいるそうですよw https://x.com/sangatsu_rakshi/status/1775854300473995358

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