青年期 266

「…まあとにかく。偽名を名乗ってる間に俺が敬語を使ってると変に思われるから、話し方は変えるよ?」


「構いません」


「あと、場所も移動した方が良いと思うけど…どうする?」


「私達は貴方の判断に従いますわ」



分身の俺の確認に姫が肯定し、安全を考えて提案すると姫は分身の俺に任せるような事を言う。



「んじゃ町の方に移動した方が良いかもな。ココだとライツに近いからアッチがその気になれば簡単に拉致れそうだし」


「…では移動の準備をいたします」


「…とりあえず…代行の居るトコに連れてこうか。アッチなら安全でしょ」


「そうですね。領都ならばライツも手は出せないでしょう」



分身の俺がそう伝えると姫は直ぐに準備を始め、移動先を適当に決めるとおばあちゃんも賛同してくれた。



「…金は持ってる?」


「…少しであれば…」


「じゃあ代行に工面するよう言っといて。俺に渡す分を削っても足りなければ請求して」


「分かりました」



分身の俺の確認に姫は少し困ったように呟き、分身の俺がおばあちゃんに指示を出すと頭を軽く下げて了承する。



「…そこまでしてくれるんですか…?」


「この恩はいずれライツに戻って余裕が出来た時にでも返してくれればいいからさ。期待せずに待ってるよ」


「分かりました。いずれ、必ずお返しします」



警戒した様子を見せながらも不思議そうに聞く姫に分身の俺がわざと恩着せがましく言うと姫は少し柔らかい表情になって頷いた。



「じゃあ俺は帰るから後は任せても大丈夫?」


「はい。後は私にお任せ下さい」


「移動中にかかった費用とか残業代や特別手当は代行に請求して。…紙と書く物持ってる?」


「わざわざ辺境伯様が一筆書かずとも、代行ならば口頭報告だけで十分かと存じます」


「…それもそうか。じゃ、お願いね」


「はい」



分身の俺の確認におばあちゃんは自信満々に肯定し、分身の俺が金銭面の話をして手紙を書こうとするもおばあちゃんに止められてしまい…



代行補佐が領内で不正なんて出来るわけないか。と思って後はおばあちゃんに任せ、分身の俺は人気の無い場所に移動して分身を解除する事に。



…その一週間後。



政府から『領内でライツの王女を目撃しなかったか?』という内容の手紙が届いたが…



俺は『男性であれば領民からライツの偉い人を見た、という情報が数件届いていた』との曖昧な返事を出す。



そして念の為にクライン領の代行に注意や警戒を促すための手紙を送る。



「…団長、ちょっといいか?」


「…どうかした?」



昼過ぎにドアがノックされ、隊長の一人がドアを開けて確認してくるので俺は報告書から目を話して用件を尋ねた。



「なんか知り合いからライツの王女に似たやつを領都で見た、って手紙が来たんだが…」


「ただのそっくりさんじゃないの?例え本人だとしても偽名を名乗ってたら本当に本人かどうか確認のしようが無いと思うし」


「…おいおい、そういう…勘弁してくれよ…」



隊長の微妙な顔をしながらの報告に俺がとぼけるように返すとソレで察したのか、隊長はため息を吐いて顔に手を当てながら呟く。



「…大丈夫なのか?かなりの爆弾だぞ?」


「本当にそう思う?昔の立場ならいざ知らず、今ならこの程度ただの爆竹でしょ」


「ばくちく?」



隊長は心配したような顔で確認するので俺が余裕の態度で返すもまだ通じなかったらしく、不思議そうな顔で聞き返してくる。



「威力の無い音と見た目だけのこけおどし、ってコト」


「…だといいんだがな」


「大丈夫だって。ライツが協定違反をやらかしてくれたら合法的に領土を奪い取るチャンスじゃん」


「…団長、まさかソレを狙って?」



俺が説明すると不安そうに返すので笑ってそう告げると隊長は驚いたように尋ねた。



「はっはー、『災い転じて福と為す』『転んでもタダじゃ起きない』ってね」


「よく分からんが…よく考えてみたら団長が知らないはずも無かったか。何か考えがあるのなら心配するだけ損だな」



俺は笑いながら肯定するようにことわざを言うも隊長は理解し切れないように呟き…



冷静になって納得したのか安心した様子を見せて部屋から出ていく。



「…何かあったんですか?」



隊長と入れ違いで部屋の中に入って来たお姉さんがドアを閉めながら不思議そうに尋ねてくる。



「ああ、ほら、あのライツの王女の件でちょっとね」


「ああ…なるほど。またライツと戦争にならないか心配になったんでしょうね…ライツ側に近い所の町を預かってる人は攻め込まれる危険がありますし」



俺の返答にお姉さんは納得しながら隊長の様子を思い返すように言う。



「まあそれだけじゃなく、俺が国から責められてまた領地没収を食らわないか…って心配もあると思うよ」


「うーん…前までならともかく、今の坊ちゃんは権力も兵力もありますから…国としても反乱を起こされるリスクを考えれば難しいと思いますが…」


「だよね」



俺が隊長の不安の種の一つを予想するように返すもお姉さんは微妙な顔をしながら否定的に呟くので、俺は同意して返した。

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