ゲームオーバー
公園から俺たちのいる方向に向かって吹いた強い風。
木々を揺らし、土埃を巻き上げるその風はダイレクトに俺の顔を叩いてきた。
その結果、風は俺の前髪をかき上げて通り過ぎていった。
突然の風に俺は目を反射的に瞑ってしまうが、風に対して反対方向を向いていた風祭さんはその様子をバッチリと目撃してしまう。
「うわー、ビックリした……」
風に意識を割かれ、鮮明になった視界を認識するのにラグが発生してしまう。
「あっ……!!」
急いで前髪を下ろすも時は既に遅し……。
「……雪月花の雪宮唯……?」
「いや、違います。人違いです」
俺は踵を返し、急いでその場を立ち去ろうとするが、さっきよりもさらに強い力で服の裾を掴まれた。
「いやいや、絶対にそうだよね! 雪宮唯だよね! ドラマとかSNSとかで何回も見たことあるもん!」
「まじで他人の空似です!」
「でも、名前同じじゃん!」
「名字は違うだろ!」
「芸名なんでしょ!?」
「違う! 母方の名字だ!」
「ほら!」
「……あっ」
誤魔化すのに必死でついついボロが出てしまった。
後悔しても後の祭り……。
あー、今までちゃんと気をつけていたのに……。
なんでこんなことに……。
後悔と気まずさで顔を背ける。
さようなら、短かった俺の学生生活……。
少しでも味わえてよかった……。
自分の迂闊さへの怒り、手から零れ落ちていく普通の高校生活への未練にガックリと肩を落とす。
「えっ、あー、えっと……あ、ちょっとお話しようか」
俺のあまりの落ち込み具合に面を食らったのか、視線をキョロキョロと忙しなく動かしながら、優しく語りかけてくる風祭さん。
俺は観念して首を縦にふるしかなかったのだった。
公園のブランコに座りながら無言の時間が過ぎていく。
話をしようとはなんだったのだろうか……。
いや、まあ何をどう切り出せばいいかわからないのだろう。
それは自分もそうだし……。
「……あのさ、なんでアイドルの雪宮唯がうちの高校に通ってるの? しかも正体を隠してまで。うち、芸能科とかない普通の私立高校だよ?」
自分が引き止めて話に誘った手前、意を決して風祭さんから話を切り出した。
「それは、普通の学生生活を送りたかったから……ですね。俺、小学生の頃から芸能活動やってて、まともに学校の友達と放課後とか休日に遊んだこともなかったし、学校でも『芸能人の雪宮唯』として見られて腫れ物扱い……とまではいかないにしても距離感あったりして仲のいい友達もできなくて……。クラスで友達とどこに行った、どこで遊んだ……みたいな話を楽しそうにしてるクラスメイトをずっと見てきて凄く羨ましかったんです」
「あー、まあ確かに芸能人を遊びに誘うとかハードル高いし、そもそも話しかけづらいのはわからなくはないなー」
「それにドラマの撮影で学校も休みがちになってたし、行事にもあんまり参加できてなかったから、そりゃ友達はできないのは当たり前っすよね。もちろん、芸能の仕事は好きだし、辞めたいとは思ったこともないですけど」
「そっか……。で、なんで変装みたいなことしてるの? あ、色眼鏡で見られちゃうからか」
「まあそれもあるんですけど、事務所からキツく言われてて……。自分が雪宮唯だってバレると余計な騒動や迷惑が学校だったりうちの学生だったりに掛かるから、バレたら転校しなきゃいけないって」
「あ……」
そう、だからバレるわけにはいかなかった。
入学してこれまで学校ではきちんと意識してたし、学校外でも仕事の時以外は前髪を絶対に上げることもなかった。
でも気を抜いた瞬間にこれだ。
ここが学校だったら、見ていた人がこの子以外にもいたら……。
もう潮時なのかもしれない。
たった3ヶ月だったけど、友達もできたし、放課後や休日に遊びに行ったり、雪宮唯としてじゃなくて白鳥唯として学生生活を送れたんだ。
それで十分だろ。
「だから風祭さん、君が芝居をしていたこと、他の人にバラされるかもなんて心配はしなくていいですよ」
「え? それって……」
「じゃ、俺そろそろ行くっすね」
とりあえず帰ってシャワー浴びたらマネージャーさんに連絡して、これからの相談しなくちゃな……。
ブランコから立ち上がり帰ろうと歩きだす。
「あの! 私にお芝居を教えて!」
歩きだしたのだったが……そんな言葉でまた足を止めてしまう。
振り返ると風祭さんもブランコから立ち上がり、両手を胸の上に重ねながら顔を赤くして肩で息をしていた。
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