あれから約1年後
「唯ー、お前英語の宿題やったー?」
「そりゃもちろん」
「まじ!? 頼む! 見せてくんね?」
「佐藤さ、この前もだったろ? ちゃんと宿題やりなよ」
「いやー、部活終わって家帰ったら机に向かう気起きなくてよー」
「……はぁ、昼休みミルクティとメロンパン買ってきてね」
「おお、サンキュ! ガンダで行ってくるわ!」
高校に進学して約3ヶ月。
平穏無事な毎日を送ることができている。
「てかさ、もう暑くなってきてるけど、そのクソ鬱陶しい髪切らないのか?」
「あー、まあ、なんかこれが落ち着くから」
「ふーん、まあお前がいいならいいけど」
そう言うと俺の隣の席で高校での最初の友達、『佐藤 和樹』が俺の英語のノートを持って席に着いた。
佐藤が言ったクソ鬱陶しい髪型とは、前髪は目元を、サイドは輪郭を隠すようなほどに伸びているような髪型だ。
さらにそれに黒縁のフレーム大きめの少し度の強い眼鏡。
傍から見たら、オシャレにあまり興味のない地味な野暮ったい男子に見えていることだろう。
それにはもちろん理由がある。
芸能科のない一般校に進学するに当たって、事務所から正体がバレないようにとキツく言われたからだ。
一応人気のある芸能人だという自覚はあるので、もしバレた場合にはこの生活を送ることはおろか、学校にも迷惑が掛かってしまうことは理解している。
同じ学校の生徒から四六時中見られたり、無遠慮な記者が待ち伏せして自分以外の生徒にしつこく取材と称して追い回す可能性もあるかもしれない。
だからこそ、この野暮ったい格好をすることに対して文句を言いようがないのだ。
というか、その程度で文句を言おうなんてあまりにも贅沢すぎる。
メンバーや事務所への迷惑を含め、そのような危険性があるにも関わらず、自分のわがままを突き通してしまったのだから。
ただまあ、こんな自分にも良くしてくれている友人に偽りの自分で接しているのは後ろめたくあるのだけれど……。
「うっし! 終わった終わった! ありがとな唯! 助かったわ」
「ん、次はちゃんと家でやって来いよ。俺だって毎回やってきてる保証なんてないんだから」
「とかいいつつ、なんだかんだお前ってきっちりやって来てるよな。真面目くんというかなんというか」
「宿題忘れて放課後に居残りとか、バイトに支障が出るかもしれんしな」
未だに芸能活動は続けているので、もし居残りになって収録やレッスンなどに遅れることになったら信用にも関わる。
だから移動中の車内や休憩中の楽屋などスキマ時間を使って、授業の予習や宿題を片付けている。
正直キツいと思うこともあるけれど、これも自分のわがままの代償だ。甘んじて受けよう。
「そういや、お前どこでバイトしてんだよ。てか、なんのバイトしてんだよ」
「昔からの知り合いのところでちょっとな。接客業とかじゃないから探っても無駄だぞ」
「えー、せっかく冷やかしに行こうと思ったのに」
「例え普通に接客業でも冷やかしに来るのは止めとけ」
「へいへい。で、今日はバイトあるのかよ?」
「ああ、放課後にな。佐藤も今日部活だろ?」
「いつも通りなー。強豪じゃないから練習時間長くないし、1年生でもボール使って練習できるのはありがたいわ」
「そっか。まあ、お互いに頑張ろうな」
「おう!」
そうお互いに言葉を交わして、授業の準備を始めるのだった。
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