自殺しに来たら、いつのまにかイケメンと観光してた
「やっぱこわい……」
会社をクビになり、彼氏にも捨てられ、途方に暮れた私(29歳独身)はいま、自殺の名所に来ています。いろいろ調べて、どこに行こうか悩んだ末、ここに決めました。いわゆる二時間ドラマに出て来るような断崖絶壁なんですが――
「というか、何で自殺すんのこんなに大変なの? ラクに死ねる方法なかったんかい!」
「ですよね~」
急に背後から声を掛けられて、私は文字通り飛び上がりました。そう、20センチくらいは飛んだと思います。ウソです。2センチくらいでした。
慌てて振り向くと、そこには30代ぐらいのイケメンが。
……イケメン? なんで?
「あ、あなたもひょっとして……?」
「いやあ、お恥ずかしい。僕も怖くなっちゃって……って、こんな場所、普通は怖いですよね」
「なんだこわいの私だけじゃなかったんだ。よかったあ~」
同志の存在を知り、急に力が抜けてしまいました。
「覚悟出来るようになるまで、よかったら一緒に観光しませんか? あ、僕でよければですが。車で来てますし」
「貴方、ホントに自殺しに来た人ですか? ナンパじゃないんですか?」
じいいいい……と睨め付けてやりました。
イケメンを。
確かに怪しすぎますよね、と頭を掻いた彼は、私に遺書を差し出しました。
「中を見ても?」
「もちろん」
そんなもので身の証になるもんか、と身構えつつ読んで1分後に超絶後悔しました。
彼の家族は全員、筆舌に尽しがたい方法で惨たらしく殺されました。
犯人は彼の知人でした。
家族がどれほどまでに酷い殺され方をしたか、血を吐くような想いで書かれたのでしょう、克明に記されていました。
そして、お人好しの自分が殺人鬼を家に招き入れ、そして自分だけが生き残ってしまったことを深く悔いて、死のうと考えた、と。
「うえええ……すびばせん……こ、こんな可愛そうな人がホントにいるなんてええええ」
私はあまりの内容に号泣しました。
こんなイケメンが命を散らそうとしているなんて、世の中間違っている。
もったいない。人類の損失だ。
「なんか、すいません。これ使って」
イケメンが私ごときにハンカチを差し出してくれました。
だから何で死ぬのこの人。
意味わかんないんだけど。何故? ホワイ?
じゃあせめて最後の願いだけでも叶えて差し上げようじゃないの、この私ごときが!
「いきましょう! 観光!」
本当に嬉しそうに輝くイケメンの美相。
冥土の土産にいたします。
ありがとうございますありがとうございます。
◇◇◇
車に乗ると、イケメンと私は自己紹介しました。
といってもあまり意味はないのだけど。だってその情報、これから必要? あの世で会ったとしても要らないでしょう。捨てた世界の個人情報なんて。
イケメンは急ぎ近隣の観光情報をスマホで検索すると、
「この中で行きたい場所ありますか? 複数でもいいですよ。回りましょう」
「そうですねえ……」
と言いかけて、私のおなかの虫が鳴きました。
「ふふ、まずは食事ですね」
運転席と助手席の距離感で、輝くイケメンスマイルを喰らう私。
ここで死にたいです。羞恥心で即死したい。
◇◇◇
というわけで、ジェントルイケメンのエスコートで丸一日観光と地方グルメを満喫した頃には、とっぷり日が暮れていました。人生最後の日が、こんなに素敵なものになったなんて、きっと良いことのなかった私への、神様からのご褒美なんじゃないかとすら思いました。
「そろそろいきますか?」静かに彼が言いました。
「あの、今日は本当に楽しかったです。……正直、こんなに楽しいデート、でいいのかな、マジで初めてでした。あ、私はいいんです。おかげさまで冥土の土産も出来ましたし。でも……でも貴方は、貴方には、死んで欲しくない。――わがまま、ですよね」
「奇遇ですね。僕も貴女と全く同じ意見です。どうしましょう……」
数瞬思案した私は彼に提案しました。
「とりあえず日も暮れちゃったし、また明日考えませんか? 今日はどこか泊まって」
「そうですね。じゃあ、今から二部屋取れる宿を検索――」
「一部屋でいいです。……見張ってないと、死んじゃいそうだから」
終始笑顔を貼り付けていたイケメンが真顔になりました。
「奇遇ですね。僕も貴女と同じ意見です。貴女に死なれると困るから」
それが十秒だったのか十分だったのか分からない。短くも長くも感じる時間、私たちは見つめ合いました。
ただ、互いに生きていて欲しいという純粋な気持ち、それが重なった瞬間。
どちらともなく抱き合って、唇を求め合いました。
イケメンもったいない、なんて下衆なことを考えていた昼間の私を殴りたい。
◇◇◇
翌朝。目覚めると、一緒に寝たはずの彼がいない。
「**さん!!」
私は飛び起きました。
黙って一人で、と最悪の想像をして、心臓が潰れそうになりました。
「おきた? おはよう~」
寝癖頭のイケメンが、歯ブラシを咥えながら洗面所から顔を出しました。
「ああああああ、バカバカあああああ!! 死んじゃったかと思ったじゃない!!」
泣きじゃくりながら彼の胸に飛び込むと、私は子供みたいにポカポカ叩きました。
「ご、ごめんなさい……僕がそんなことするわけないでしょう」
「昨日まで自殺しようとしてた人の言葉なんて、信用できません!」
「僕は信じてますよ、貴女のこと。初対面の僕に、死んで欲しくないって思ってくれた貴女のことを」
「……私も信じて、いいですか?」
「貴女がよければ」
彼のキスはペパーミントの味がしました。
◇◇◇
そして一ヶ月後、私たちは出会ったあの街で入籍しました。
式もせず、ひっそりと、でも確実に人生をやり直し始めました。
なんか私ばっか得してるのですが、ま、いっか。
(了)
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