第38話シャルル王太子視点2

 

『それは殿下のせいではありませんよ』


『無理して笑う事なんてないんです』


『シャルル様は十分頑張ってます。寧ろ、頑張り過ぎているのでは?』


『シャルル様の人生はシャルル様のものですよ』



 そう言ってくれたクラスメートの少女は王太子の私ではなく、私自身を認めてくれた。

 


『あなたは悪くない』


 その言葉にどれだけ救われた事だろう。

 誰かにそう言って欲しかった。


 抑圧された世界で生きてきた私にとって、それは初めての経験だった。

 私に寄り添ってくれる存在がいる事が嬉しくて仕方がなかった。

 彼女――ラティーが隣にいる事で息苦しさが和らいでいく気がした。

 初めて本当の自分でいられる場所を与えてくれた人。

 彼女とならこの息苦しさからも解放されるかもしれない。

 そんな予感があった。



 しかし――


 婚約者の存在が私たちの間に暗い影を落としていた。


 国のために、民のために――


 その為だけに生きていく。

 そう心に決めていた筈なのに……。


 この思いは捨てなければならない。


 解っているのに……どうしても諦めきれない自分がいる事に愕然とした。



『私達は正しくあらねばならない』


『誰に恥じる事のない選択をしなければならない』



 ――ああ、まただ。


 また、この言葉が頭の中で繰り返される。

 煩い! 黙れ!! 何度も心で叫ぶ。

 耳を塞ぎたい衝動を抑えながら。

 家族から、そしてこの国から植え付けられた呪いの言葉。


 正しさ――――それが常に私を縛り付けていた。




『なら、王女殿下に伝えましょう』


『許されない事だ』


『そんな弱気になっちゃあダメです!言ってみないと分からないじゃないですか!!シャルルは相手に気を使い過ぎなのよ。もっと楽に考えよう?』


『楽に……?』


『そうですよ!』


『だが……』


『もう!正直に告白する事はですよ!』


『そうか?』


『はい!』


 

 ラティーの言葉は魔法のようだ。

 私に勇気をくれる。


 そうだ。

 これはだ。


 正しい行いならモンティーヌ達も文句は言えない筈だ。



 その時の自分は、この行動は何もおかしな事では無いと思った。

 元々、愛のない政略結婚だ。

 国のための結婚で、そこに個人の意思はない。


 我が国の信頼はまだまだ取り戻せていない。

 だが、それを政略結婚でなかった事にするのは間違っている。


 そう、信じて疑わなかった。

 イリス王女も伝えれば理解する――――と、本気で思っていた。


 それがどういう結果をもたらすのか考えもしなかった。


 ラティーと共に正直に話した。


 自分がイリス王女を愛していない事を。

 ラティーという恋人がいる事を。

 恋人を愛し、これからも共に居たいという事を。

 だからイリス王女とは婚姻できない事を。

 両国の関係は婚姻というものではなく、別の形で友好関係にありたい事を。


 話し終えた私に王女は言った。


 お可哀そうに――――と。


 その直後に護衛兵がなだれ込んできた。

 まさに一瞬だ。

 私とラティーは強制的にその場から連れ出された。


 王宮に連れ戻された私を待っていたのは両親からの叱責だった。


「お前は何をしているのだ!?」

 

「申し訳ございません……」


 何故こんな事になった?

 私はただだけだ。

 それなのに……。

 どうして……?


 その後、厳しい監視下に置かれ、自室に閉じ込められた。

 部屋の前には常に近衛騎士が見張っている。

 扉の外には食事を持ってくる使用人以外誰も来ない。

 ただひたすら沈黙だけが支配していた。

 私の判断は間違っていない。

 だってそうだろう?

 のだから。


 なのに……何故だろう?

 胸の奥にポッカリ穴が開いたような喪失感に襲われた。

 それは日に日に大きくなっていく。

 まるで私の心を蝕んでいくように。



 事実上の監禁生活を送っていた私は知らなかった。

 私のせいで王国が窮地に立たされているという事に。



 

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