第26話公爵視点1


 その日、私は息子を失った。


「レミーオを生かしたいならにサインしていただきたい」


 そう言って一枚の紙を差し出された。


「王太子殿下……一体何を……?」


「一刻の猶予もないんです。それは公爵もよくお分かりのはず。だからこそ、レミーオをこの国から脱出させる必要がある。王家は『見聞を広めるために公爵家の子息を留学にだす』という筋書きを押し通します。ですが、レミーオの保護者が貴男のままでは意味がない」


「だから……絶縁状にサインしろと?」


「ええ。いざという時はそれを提出してレミーオの安全を図る予定です。どちらにしても、この国にレミーオの居場所はない。ああ、父親の自分がいるなんて思わないでください。諸悪の根源が庇えば周りが余計にレミーオを攻撃するだけですから。公爵がする事は過去の過ちを悔い改めたとをしていただければそれで結構です」


だと?」


「はい。公爵は自分が悪い事をしたという自覚はないでしょうから。それを神殿の者に悟られては不味いんですよ」



 甥は始終、王太子としての態度を崩す事はなかった。

 結局、私はサインをする羽目になった。


 

 息子を失った一ヶ月後、神殿から王国は「破門」を宣告された。

 






 



 私には大勢の兄弟がいた。

 それでも同じ母を持つ兄は一人だけ。

 父上が亡くなると同時に始まった王位争い。

 最終的に私達兄弟が勝った。

 兄は無事に即位できたが、それでも苦い経験だった。大勢いた兄弟は私と兄を除いて全員死んだ。多くの血が流れた。



『すまないレグ二オ。本当に申し訳ない。お前にばかり辛い思いをさせてしまっている』


 兄は何度も私に謝ってくれた。

 兄のせいではない。

 私自身が納得しての事だ。


 王国を守るには必要な事だった。


 それは今も変わらない。

 あの時の選択は間違いでは無かったと――


 二度と兄弟同士が争う事がないように。

 王族の結束を固めるために。

 

 私が公爵に降ったところで、兄に不満をもつ輩は私を担ぎ出そうと目論む。結婚して子供を儲ける事はできなかった。



『どうして?……何故、結婚できないの?私を妻にすると言ってくれたのは嘘だったの?』


 嘘ではない。

 君を妻に迎えたかった。

 王位争いさえなければ。

 王族を利用しようと企む不遜な貴族がいなければ。

 

 時期が悪かった。


 いつか結婚できる日が来るかもしれない。

 それは二、三年でどうにかなる話ではなかった。何年も掛かるだろう事は嫌でも理解できた。その間ミリアリアはどうなる?愛する彼女を愛人にする訳にはいかない。それは彼女自身への侮辱にあたる行為だ。

 ミリアリアは侯爵令嬢。

 美しい盛りを私のせいで散らさせる訳にはいかなかった。


 だからこそ、親友に託した。

 親友の侯爵はミリアリアを想っていた。


 最も信頼できる人物だ。

 彼女を愛し幸せにしてくれる。


 彼なら私も諦めがつく――――はずだった。


 


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