第22話公爵子息視点2


 鏡に映る自分の顔を見る。

 赤……いや、赤茶色の髪に緑の目。

 僕は母に似ていない。

 肖像画の母の顔立ちは艶やかな大輪の花のような美貌だ。

 父は茶色の髪に緑色の瞳をしたキリッと整った顔立ちをしている。


 僕は…僕の顔は線が細い。はっきりした顔立ちというよりも全体的に薄い印象を受ける。二人の子供なのに。二人に似た処がまるでない。父と母はとても美男美女なのに。


『お母様と同じ髪の色ですね』


 そう言われるたびに嬉しかった。

 美しく才能あふれる母に似たところがあると思えたから。


 ああ、そういえばいつからだろう?

 周囲の大人の視線。

 それが嫌な目線になったのは。

 茶会に呼ばれるたびに、パーティーに出席するたびにまるで探る様な、どこか値踏みするような眼差し。


 今、ようやく理解した。彼らのあの視線の意味を。

 僕は母の子ではない。母以外の女性から生まれた不義の子なのだ。


 その事に周囲は気付いている。

 ちょっと違う。王弟の父に面と向かって訊ねる者はいない。きっと「本当に公爵夫人の子供か?」と疑問視されていたんだ。王宮に仕える者達は僕を腫れ物のように扱う。父を見る目が厳しかった気がする。そうか。王宮の者達は僕の生みの母を知っているのかもしれない。だからあんな目を僕達父子にするんだ。


『どこが似ている髪だ』


 神殿の偉い人の声が聞こえた気がした。

 あれは誰もが思いながらも口にできなかった真実だった。


 鏡台に置かれた花瓶を衝動的に鏡に向かって投げつけた。


 バリンッ!!


 破片が飛び散り床一面に広がり、僕の頬に破片が飛び血が流れる。赤い血。でもこの血は母と同じではない。


「きゃあぁぁぁぁぁ!!」


 背後でメイドが悲鳴を上げた。


「何事ですか!?」


 騒ぎを聞きつけて護衛達と家令が部屋に飛び込んできた。


「坊ちゃま!どうなさいました!」


 家令が血相を変えて駆け寄ってきた。

 

「何でもない」


「ですが!」


「本当に何でもない!!」

 

「……わかりました。ですが、怪我をされていらっしゃいます。手当致しますのでこちらへ……」

 

「放っておいてよ!」


 僕に触れようとした手を払い除けた。悲しそうな顔をした家令は僕を優しく抱きしめた。

 

「坊ちゃまは悪くないんです」


 悪くない筈がない。

 老人にしては力強い腕の中に閉じ込められて身動きできなかった。

 

「何も言わなくていいのです。私達はわかっておりますから。坊ちゃまは何も悪くありません」

 

「離してっ!」


 暴れても家令の力には敵わない。

 

「旦那様にも事情がありました。どうか許してあげてくださいませ」


 許す?

 何を?

 母の子だと偽っていたこと?

 それとも他にも何かあるのか?

 

「なにを許せって?」

 

「坊ちゃま」

 

「う……ぐすっ……ぅえぇ~ん」


 涙が止まらなかった。

 

「ぼっちゃま……」


 優しく頭を撫でられる。

 

「ひくっ……なんで皆そんなこと言うんだよぉー!みんな嫌いだぁ!大っ嫌いぃ!うわあぁぁ~ん!」


 小さな子供みたいに大声で泣いた。

 こんなに泣くなんて生まれて初めてだった。


 僕が泣きわめいている間も家令はずっと抱きしめていてくれた。



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