第16話 愛してる(ステファン視点)

 ここはどこなのだろう? 


 たしかザラを牢から出して、ザラにささやかな復讐をしていた。

 さぁ、これからナイフで切り刻んでいこうかとナイフを取り出したところから記憶がない。


「ステファン様、気がつかれましたか?」


 優しい声のする方に顔を向ける。


 アンリ……。


 まさか、死ぬほど会いたかったアンリがすぐ側にいる。


 私は夢を見ているのだろうか? それとも死んだのか?


 きっと会いた過ぎて幻影を見てしまっているのだな。


「ステファン様、大丈夫ですか?」


 アンリが手を握ってくれた。暖かい。幻影にも体温があるのだな。


 幻影でもいい。アンリと一緒にいたい。苦しくて涙が出そうになる。


 アンリは優しく微笑んで私の顔を見ている。


「こ…こ…は?」


「王女宮のゲストルームですわ。ステファン様は森で倒れているところをアマーリエ様の騎士の方々が発見して、こちらに運ばれてきたそうです」


 森で倒れていた?


 そういえば、あの時ナイフを出したあたりから記憶がない。


「魔法が解けてよかったです。あの魔法には後遺症があると聞きましたが大丈夫ですか?」


「あぁ、少し頭が痛いくらいだ」


「エミール様が薬を飲ませたから大丈夫だと仰っていましたが、目が覚めるまでは心配で心配で私……」


 アンリはポロポロと涙を流す。


「アンリ、すまなかった。魔法にかかっていたとはいえ、私はアンリを傷つけた。アンリを苦しめた。冤罪でアンリを断罪し婚約を破棄した。もう、アンリにこんなふうに看病してもらえるような男ではない。罵ってくれ、殴ってくれ。私のことなど足蹴にしてくれればいい。アンリには幸せになってほしい」


 涙が止まらない。あの時のことが頭の中に悪夢のように流れ込んでくる。


 自分がしたことが許せない。あの女を八つ裂きにして、自分も死のうと思った。

 私に魔法をかけてアンリを傷つけさせたあの女だけは許せない。


 アンリには幸せになってほしい。


 私ではもうアンリを幸せにはできない。私なんかよりもっと良い男と幸せになってほしい。


 でも私以外の男と仲睦まじくしているアンリの姿を見る勇気はない。もう生きていたくない。


「悪い夢を見ていたのですよ」


 アンリは優しく微笑んだ。


「私はステファン様は悪い魔法にかけられているか、もしくはいう通りにしないと私に危害を加えると脅されていると思っていました。ステファン様を信じていました。全てが終わった後ステファン様はきっと私のところに戻ってきてくれると」


「アンリ……」


「両親にもステファン様のご両親にもそういうことだから婚約破棄はしませんと言いました。だから私達はまだ婚約中なのですよ。ステファン様は自分のしたことを悔いて、私から遠ざかろうとしたでしょう? ダメですよ。そんなこと許しません」


「しかし、私は罪を犯した。アンリを苦しめた」


 私ではダメだ。こんな私ではアンリを幸せにできない。


「だったらその罪を償ってください。一生、私のそばにいて私を幸せにしてください。私が死ぬ時に幸せでした。ありがとうございますと言わせてください。私から離れるなんて許しません」


 アンリは微笑みながら涙を流している。

いいのか?


 こんな私がアンリの側にいてもいいのか?


 幸せになってもいいのか?


 しかし、私はあの女を牢から連れ出した。あの女はどうしたのだろう?


「アンリ、やっぱり無理だ。私は牢からあの女を逃した。そしてあの女を殺そうとした。自首するよ。だから私の事はもう忘れて幸せになってくれ」


 コンコン


 扉を叩く音がした。


 扉の方に目をやるとエミールとシルフィア嬢が扉を少し開け顔を出している。


「ザラを連れ出したのは国王陛下の手の者らしいぞ」


「国王陛下は魅了の件を隠蔽するためにザラ嬢を連れ出し、殺害しなかったことにしようとしたんですって」


 どういう事だ。


「ステファンは私が飲ませた薬が効き過ぎて森で倒れてたんだ。ごめんな。その間にザラ嬢が憎過ぎてそんな夢みたんじゃないのか?」


 まさか、そんなわけない。


「そうそう、お前が寝てる間にこの国は色々変わったんだ。国王は退位して、エーベルハルト殿下は廃嫡になった。私とお前はどういうわけかアマーリエ様に気にられちゃったようで、アマーリエ様の側近にされたんだ。アマーリエ様はモーリッツ殿下が成人するまで国王代理を務める。あの人、人使いが荒そうだから、早く元気になってくれよな」


「そのうち、アマーリエ様から呼び出しがあると思うわ。それとふたりの結婚式はアマーリエ様が仕切ると張り切っていらしたわよ」


 ふたりの言っていることが夢のようで理解ができない。


「じゃあ、おふたりさんのお邪魔をしちゃ悪いから私達は行くわね。お幸せにね」


 シルフィア嬢はエミールを引っ張って手を振りながら部屋から出ていった。


 信じていいのか?


 私の罪は無しにしてもらえるのか?


 そのかわりにアマーリエ様の元で働けということなのか?


 それならこの命かけてアマーリエ様のもとで働きます。


 忠誠を誓います。


「ステファン様、もう逃げられませんね。アマーリエ様は怖いですからね」


 アンリはクスッと笑った。


「アンリ、私でいいのか? 本当に私なんかでいいのか?」


「私はステファン様だけです。ステファン様がお嫁さんにもらってくれないのなら、自死いたしますわ。ステファン様のいない人生などいりません」


「自死などさせない。愛してる。もう二度と離さない。これから先も私と一緒に生きてくれるか?」


「はい。もちろんですわ。私も離れません」


 私は力いっぱいアンリを抱きしめた。



 エミール、恨んで申し訳なかった。


 きっとお前が色々動いてくれたんだろう。

 今度は私がお前とシルフィア嬢がうまくいくように助けるよ。


 私を見捨てないでくれてありがとう。





*ステファンはエミールにめっちゃ感謝してますが、エミールはそれ程何もしてません(笑)

これから先、ステファンとエミールは長い人生をアマーリエ様の側近として、また親友として過ごすことになりますが、この時はふたりともまだそこまでは知らないのでした。


いよいよ次話でやっと最終回です。

23時に投稿します。

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