第14話 急転直下

「フィア、大変だ。ザラが牢から消えたそうだ」


 屋敷に帰ってきたエミール様が慌ててサロンに駆け込んできた。


「大丈夫ですわ。きっと影がついているはずです」


「そうなのか?」


 全く何年公爵令息やってるのかしら?


「でも1人で逃げるのは無理ですわね。誰か協力者がいるのかしら?」


「いや、今のザラに協力者なんかいないよ。それにザラが捕らえられたと知っているのは一部の人間だけだ」


「それならザラ嬢に恨みを持つ者か、利用しようとする者の手引きですわね」


 ザラが捕らえられたことは大っぴらには発表していないが、王宮にいる者なら噂で知っているはず。


「まさかと思うけど、ステファンかも」


「ステファン様?」


「あいつ、魔法を解きに行った時、自分がやらかしたことを思い出して絶望していた。協力はしない、側近も辞めるって部屋を出て行ったんだ」


 そうなのか。ステファン様は優しくて繊細な人だし、アンリの事を愛していたから辛かったんだろうな。


「あっ、エミール様、ステファン様はアンリの事を知っているのかしら?」


 アンリは卒園パーティーで婚約破棄されたあとも「きっとステファン様は悪い魔法にでもかけられているのです。もしくは脅されているのです。あんなのは本心ではありません。私はステファン様を信じます』と言っていた。


 ステファン様が正気に戻っているのなら、苦しんでいるはずだ。「まさか、ザラ嬢を殺して自分も自死するつもりじゃないでしょうね。エミール様! 陛下に会って影からステファン様が連れて行ったかどうか聞きましょう」


 エミール様は難しい顔をしている。


「いや、さすがに陛下にはそんなにすぐに謁見するのは無理だよ」


 それもそうだわね。


「だったら今からアマーリエ様に会いに行ってきます。アマーリエ様なら何か知っているはず」


「私も行くよ。ステファンにアンリエッタ嬢の気持ちを伝えたくて探しているのに見つからないんだ。それに、もし、そんな事を考えているなら止めなきゃな。ザラはステファンが自分の未来と引き換えに殺す値打ちなんかない」


 確かにそうだ。


 私は伝書バードをアマーリエ様の元に飛ばした。


「エミール様、馬車なんてまどろっこしいわ。馬で行きましょう!」


「う、馬? 大丈夫なのか?」


 大丈夫にきまってるわ。普段から乗馬の会で鍛えてるのよ。


「ほら、早く! 置いていきますわよ!」


 エクセグラン公爵家のタウンハウスから王宮まで馬ならすぐだ。




「早かったわね。待っていたわよ。あら、あなたもついてきたのね」


 アマーリエ様は私達を待ってくれていた。


「せっかくだけど、もう全て終わっちゃったのよ。今回の件は私が父に丸投げされたから、ザラに魅了の魔法をかけられた者が連れ出した。ザラ嬢は行方不明ってことにしたの」


 どういうこと?


「ステファン様は無事なのですか?」


 心配になり聞いてみた。


「ステファンは無事よ。ちゃんと保護したわ。まさかステファンが来るとは思ってなかったから影達もびっくりしたみたい」



 アマーリエ様は扇子で口元を隠し笑っている。


 どういうことなのか説明してほしい。


「まぁ、お茶でも飲みながら話しましょうよ」


 アマーリエ様は侍女にお茶の用意を頼んだ。


 私もエミール様も、アマーリエ様に言われるがまま、椅子に腰掛けた。


「父がね。この件は王家の恥だからあまり大きくしたくないと言い出したのよ。側近の親達も同じでね。隠蔽というやつね」


「なんですか!それは!」


 エミール様が急に怒りだした。


「まぁ、王家なんてそんなものよ。もうエーベルハルトは使い者にならないみたいだから、病気ってことにして廃太子にすることになったわ。あの2人の側近も、もうダメでしょう。多分廃嫡だわね。裁判をしてザラを罰するより、魅了の魔法を使うザラを消せば良いという話で落ち着いたらしいわ。みんな保身ね」


「私はそんな話聞いていません。私も魅了の魔法の被害者です。ちゃんと裁判をして、ザラに罪を償わせてほしいです」


 エミール様もエクセグラン公爵家も蚊帳の外だったのね。


 アマーリエ様は優雅にほほほと笑う。


「あくまであの3人の家が絵を描いたの。許せないでしょう?」


「はい!」


 エミール様は激しく同意している。


 私は別にどちらでも良い。魅了の魔法が未来永劫使えなくなればそれでいい。

 

 ザラは裁判を受けても受けなくても消されるのは多分確定だろう。

 アンリエッタ以外の婚約破棄された令嬢達は元々婚約者を嫌っていたから結婚せずにすんでよかった。

 エーベルハルト殿下、パトリック様、アーノルド様は正直言って嫌なやつだったから、自業自得。いなくなっても構わないしね。

 エミール様もステファン様も、あんな殿下の側近なんかになりたくなかったのに、王命で仕方なく側近になったのだから、辞められて良かったし、

 この事件は悪いことばかりでもなかったのかもしれない。


 まぁ、私は大怪我をしたけどなんとか治りそうだしね。


 アマーリエ様がにっこり微笑んだ。


「それで、お父様には退位してもらうことにしたわ」


 え? 退位?


「もう、隠蔽とか忖度とかそんな時代じゃないのよ。古狸には退位してもらって、モーリッツが即位するまでの間は私が国王代理をするわ。あなた達にも働いてもらうわよ」


 エミール様を見ると、話が急過ぎてついていけていないようだ。


 まぁ、それも面白いかもしれない。それより、ステファン様とザラがどうなったのか教えてほしい。


「アマーリエ様、結局、ステファン様とザラ嬢はどうなったのですか?」


アマーリエ様は優雅にお茶を飲んでいる。


「まぁまぁ、そう慌てなさんな。時間はたっぷりあるから、ふたりの話を聞かせてあげるわ」


 私はまだ呆けているエミール様の足を思いっきり踏んで現実に連れ戻した。


 さぁ、アマーリエ様、顛末をしっかり聞かせてもらいましょうか。

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