第4話 魅了されている間のエミール様は
「フィア、こんなことになってすまない」
エミール様にフィアと呼ばれたのは久しぶりだわ。ザラ嬢が現れてから口も聞かなかったものね。
「私は大丈夫ですわ。それよりエミール様、お身体は大丈夫ですか? 魅了の魔法が身体から抜けた後は後遺症が出ると学びました。後遺症は?」
確か授業で習った気がする。
「後遺症かどうかわからないが、手が震えているのと頭痛がある」
よく見ると確かに手が震えている。
「効くかどうかわかりませんが回復魔法をかけますね」
私はエミール様の手を握った。
「なぁ、フィア、私が何をしたか教えてくれないか? 思い出そうとしても頭にモヤがかかったようになり、思い出せないんだ。父上や母上、使用人達の態度からして私は酷いことをしたようだ。本当に申し訳ない」
エミール様は頭を下げるけど、何をしたかわからないなんてあり得る?
「本当に何も覚えていないのですか?」
「あぁ、最後に覚えているのは、婚姻式のドレスの注文にレベッカサロンにふたりで行って、その夜に殿下に呼ばれて王宮に行った。王宮には殿下とザラ嬢、そしてパトリックとアーノルドがいて、あとからステファンが来た。ザラ嬢が殿下の婚約者のデルフィーヌ嬢から嫌がらせを受けているという話をしていて……そのあたりから記憶がないんだ」
新学期が始まってすぐじゃないの。
「それは、あの時に注文したドレスだろう? 綺麗だ。すごくよく似合っている。もうできたんだな」
時間が経っているのがわからないのか?
「エミール様、このドレスを注文した日からもう1年経っているのですよ」
「1年?」
「そうです。もう学園を卒園して、今日は私達の婚姻式だったのです」
「婚姻式……」
「エミール様は私のような女とは結婚などしないとおっしゃり、暴れて逃げるので、先程のように縄で縛られ、猿ぐつわをされていたのです」
「そんなことを言ったのか……申し訳ない」
エミール様は項垂れている。
「では、私がザラ嬢に階段から突き落とされて骨折し、卒園式や卒園パーティーに出られなかったことも覚えてないのですか?」
エミール様は目を見開き驚いている。
「骨折! 大丈夫なのか?」
何を今更だ。
「エミール様は階段から落ちた私より、落としたザラ嬢を心配して階段を駆け上がりましたのよ。私は痛みで気を失っていたのですが、あとから聞いた話では、エミール様は私のことをザラ嬢を突き落とそうとして失敗して階段から落ちた馬鹿者と罵っておられたそうです。目撃者も多く、私が落とそうとしたのではないと冤罪は晴れましたが、それでもザラ嬢は私が突き落とそうとしたと言い張っていたらしく、エミール様も殿下も側近の方々もザラ嬢を信じていたのではないのですか? 私はその日から学園には行っていないので後のことは知りませんわ。エミール様はお見舞いにも来てくださらなかったので、あの日以来、今日の婚姻式まで一度もお会いしておりませんでした」
話しながらあの時のことを思い出して怒りがぶり返してきた。
「すまない。記憶がないとはいえ、フィアがそんな目に遭っているのに、怒るどころがそちら側にいたなんて」
エミール様は悔しそうに拳を握りしめている。
「私は卒園パーティーに出られなかったのでリアルで見てはいないのですが、殿下をはじめ、エミール様以外の側近の方々はザラ嬢を虐めたと冤罪をきせ、婚約者の方々に婚約破棄を突きつけました。皆さんもう愛想を尽かしておられたので快く婚約破棄を受け入れられたそうです。私は婚約破棄され損ねてしまったので、今日嫌々婚姻いたしました。エミール様もお嫌でしょうから白い結婚で行きましょう。私のことはお気になさらずザラ嬢の元へお戻りください。皆の気を引きますのでその間にお逃げ下さいませ」
エミール様は頭を抱えている。
早く王宮に戻ればいいのに。
エミール様が急に立ち上がった。
戻る気になったのかしら。
「フィア、すまない。こんなことをしても許してもらえるとは思わないが、本当に申し訳なかった」
いきなり、私の足元で土下座をした。
「フィアのいう事はなんでも聞く、記憶がないから許してくれなんて都合の良いことを言っているのはわかっている。でもフィアを失いたくない。白い結婚なんて言わないでくれ。頼む。なんでもする。なんでもするから私を捨てないでくれ」
いやぁ、土下座して、縋りつかれてもねぇ。
「もう失ってます。私の気持ちは無くなりました。3年間は小公爵夫人としてがんばります。その間、エミール様はザラ嬢のところへ行ってくださいます。殿下の側近としての仕事もおありでしょうし、またザラ嬢と会えば私のことなど忘れますわ。愛しいザラ嬢と幸せになって下さいませ」
意地悪だわ私と思ったがこれくらい言ってやってもいいだろう。
義父は1週間ザラ嬢から離して魅了の魔法を完全に解くつもりのようだが、また殿下の元に戻ればザラ嬢がいるし、魅了されてしまうだろう。
「辞める! 側近は辞める。そうだ領地へ行こう。我がエクセグラン領はこの王都から遠い。側近を辞し領地に行けば、もう殿下やザラ嬢に会うこともない」
あら、正気になったらザラ嬢や殿下より私をとるの?
それにしても、自分だけなのね。本当にザラ嬢が魅了の魔法で殿下や側近達を意のままに操っているのなら、自分が逃げて終わりってわけにはいかないでしょう。
本当にもう呆れちゃうわね。
土下座の体制のまま私の足に縋りつき号泣している夫になったばかりのエミール様を見てため息しか出ない私だった。
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