第2話 婚姻式

 昨日エミール様の父親であるエクセグラン公爵閣下がうちに来て言った。


「シルフィア、明日は首に縄をつけてでもエミールをチャペルに連れて行く。だから頼む。エミールを、我がエクセグラン家を見捨てないで嫁いで来て欲しい」


「おじさま、ここまできたら仕方ありませんわ。エミール様が来てもこなくてもとりあえず嫁ぎます」


 私はもう諦めた。骨折して身体を動かせなかったばかりにひとりだけ婚約破棄できずに取り残されてしまった。


 エミール様は殿下の側近というよりも、もうザラ嬢の取り巻きになっている。


 エミール様も愛するザラ嬢ではなく私と婚姻など不本意だろうが、私も不本意なのでおあいこだ。


 朝早くから湯浴みをし、マッサージやらなんやらして侍女達に磨き上げられた。

 髪はアップにし、綺麗にお化粧をされた。

 そして、1年前の、まだザラ嬢が現れる前にエミール様とふたりであーでもないこーでもないと色々考えてオーダーしたウエディングドレスを着ている。

 エミール様はこのドレス覚えているかしら?

 まぁ、心はザラ嬢でいっぱいだからウエディングドレスのことなんか覚えてないわね。


 婚姻式もきっと覚えてないだろう。



 エミール様は本当に、首どころか身体を縄でぐるぐる巻きにされてエクセグラン公爵家の私設騎士団の騎士達に連れてこられた。


「え~い離せ! 私はこんな女と結婚などしない!」


 こんな女って何よ。


 私だってあんたみたいな情なしの馬鹿男となんかと結婚したくないわよ。


 婚姻式がエクセグラン公爵家の庭にあるチャペルで良かったわ。これが王都の教会だったらと思うとゾッとする。


 最後まで王都の教会がいいという親達にここ以外だったら婚姻式をしないと言い張ってホントに良かったわ。


「うるさい! 静かにしろ!」


 怒鳴ってばかりでうるさいエミール様は父親のエクセグラン公爵にポカポカと頭を殴られている。


 そして猿ぐつわをされた。


 どこの世界に身体を縄でグルグル巻きにされ、猿ぐつわをされている新郎がいるんだろう。


 あっ、ここにいたわ。


 私は可笑しくなってきた。


 エミール様は悔しそうに、笑っている私を見ている。


「ザラ嬢じゃなくてごめんなさいね。私もあんたみたいな馬鹿男と結婚なんかしたくないのよ」


 小さな声で憎々しそうに言ってやった。



 婚姻式は粛々と進む。


 エミール様は両脇を騎士達に抱えられて立っている。

 祭壇の前には騎士、エミール様、騎士、私。


 変なの。


 猿ぐつわのせいでエミール様の表情はわからないがまぁ幸せそうじゃないわな。


 お互い様だ。


 それにしてもエクセグラン公爵家も我がジェイドロフト侯爵家もこんなにしてまで婚姻しなきゃならなかったのかしら? 


 別に両家は仲が良いというだけで利害関係は特にない。


 家のための政略結婚ではないのに、あまりにも私が可哀想だ。


 私も結婚したくない。みんなと同じように破棄したいと父母達に頼んだのだが、反対に「エミールは必ずなんとかするから頼む」と泣きつかれ流されてしまった。


 我が国の婚姻式は最後にお互いの左手の薬指を少し切り、ふたりの血を混ぜ合わせて祭壇の水晶に垂らす。それで神に認められるようだ。


 エミール様は騎士達に押さえつけられ、血を取られている。


 あれではまるで罪人だな。


 私の薬指から流れた血を混ぜ合わせ水晶に垂らすと水晶が七色に光った。


「ふたりは神に夫婦として認められました。幾久しく幸せが訪れます。おめでとう」


 司祭様の言葉で婚姻式は終わった。


 幾久しく幸せが訪れるって? 


 司祭様本当ですか? 


 神を疑っちゃだめかな? 


 とりあえず婚姻式はなんとか終わったわ。


 皆さん、お疲れ様でした。



「そろそろ、縄を解いてあげてください」


 私は義父になったエクセグラン公爵に声をかけた。


「いや、このまま家に連れて帰る。シルフィア、本当にこんな息子ですまない。見捨てないでやってほしい」


「シルフィアちゃん、ごめんなさいね」


 義父母は頭を下げる。


「お義父様、お義母様、頭を上げて下さい。私は大丈夫ですわ。腹はとっくに括っております」


 足元で転がるエミール様に目をやると悔しそうな顔をしている……と思う。

 なんせ猿ぐつわをしているので表情がよくわからない。


 エミール様は騎士達に抱えられ屋敷に戻ることになった。


 今から屋敷では披露パーティーがあるのだが、エミール様はこのままなのかしら?

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