転生公爵様はどうやら身内の七光りがお嫌いなようです。

樹亀

第一章 変わるものと変わらないもの

第1話 凡人の生き様

 これは俺の懺悔、いや後悔だ。


 俺は生まれてからずっと出来損ないだった。

 俺には兄と弟が一人ずつ居るのだが、その二人に俺の全てが負けている。


 それは体の成長から始まり、勉強やスポーツ、趣味、社会的地位にまで至った。

 根本的な能力、才能が違った。


 家族仲は別に悪くない。

 親は才能とか関係なく愛してくれるし、兄弟たちもそんなこと歯牙にもかけず接してくれる。


 いい人たちだ。人が出来すぎている。


 だが、他の人間は違う。

 例えば親戚、例えば兄たちに群がる女共、例えば……

 ……やめよう。


 とにかく、そうやって比較されながら生きていくのはつらい。


 そうされるごとに自分の中のドロッとした気持ち悪い感情が、ごっちゃごちゃに入り交じって吐きそうになる。


 嫉妬。この言葉の存在と意味を知った時、初めてこの言い知れぬ感情に理解がいった。


 俺は優秀な兄と弟に嫉妬していた。


 兄の何もかもが完璧な才能が。弟の誰にでも取り入る対人の絶対的才能が。


 ──喉から手が出るほど欲しい。


 それは決して満たされることの無い渇望だった。


 才能を持って生まれた兄弟が憎いか?


 そんな訳が無いだろう。

 驕らず、罵らず、俺と一緒にいる時は常に俺の事を考えて行動してくれる。


「お前は俺の大切な弟だ」


 4歳離れた兄が、小学校でいじめられていた時に助けてくれて、その時にかけてくれた言葉だ。

 この言葉のおかげで俺はこんな凄い兄貴の弟なんだって自信が持てたし、今の今まで正気を保って生きてこれた。


「何も気にせず生きてりゃいい」


 俺の気持ちを敏感に察した弟の言葉だ。

 素直に敵わないと思った。


 こんな優しい人たちを憎む方がおかしいだろう。


 ……そう、おかしいんだ。

 大好きな兄弟に憎しみと同じような感情を抱くのは。


 やめなければ、抑えなければ。

 必死に抑えようとした、抑えた。


 ……だが、もう限界だった。

 自分の心の弱さが嫌になる。


 俺は、自分がどうしようもなく弱いのを自覚しながらも、ひどく自分勝手であることを知った。


 俺は、俺が嫌いだ。

 どうしようもなく。






「──なんだ、出来損ないか……」


 ため息のように吐き出されたその言葉が、とうに慣れたはずの鼓膜を大きく揺らす。


 ──……クソが。


 あからさまな侮蔑。

 遠慮もなく目線で刺してくる。


 俺の伯父おじであるはずの男は、ひとしきり俺を馬鹿にして満足したのか、鼻を鳴らして去って行った。


(……だから親戚の集まる葬式は来たくなかったんだ)


 今いるのは先週亡くなった母方の祖母の葬儀場。

 その建物の中の白一色で大きな廊下を歩いている。


 ──……あぁ、こっちの祖父母はいい人だったのにな。二人とも亡くなってしまった。


 胸中に多少の悲しみはあれど、泣くほどでは無い。

 そこまで依存してないし、する資格も俺にはない。


 葬式会場に着き、慎ましやかに葬儀が執り行われていく。


 その様子をぼんやりと眺めていると、いつの間に葬儀は終わっており、火葬の準備をしていた。

 少しして火葬場に移動し、祖母の昇天を見守ることとなった。


 祖母が火葬炉に入る前に、副葬品を添える時間が取られる。

 各々が彼女の顔を眺めて、思い思いの副葬品を添えていく。


 生憎俺は副葬品なぞ持ってきていないので、顔をうかがい見るだけにする。


 彼女はとても安らかな顔をしていた。

 まぁこれが死に際そのままの顔では無いのだろうが、少なくとも今は安らかそうに見える。

 彼女は、幸せだったのだろうか。


 普通に産まれて、成長して、生きて、死んで。

 俺は彼女の過去を知らない。

 なのでこれは単なる憶測でしかない。


 全員が彼女との対面を終えて、ようやく火葬炉に搬入された。

 そのまま着火され、火葬炉の内部は燃え上がった。

 外にいる俺たちのところまで炎の熱は伝わり、否が応でも彼女の死を実感させられる。


 死、か……──





 ある日気付いたら自分は薄暗い部屋にいて、首に縄が掛かって足が宙に浮いていた。

 最初は息苦しくて、全身が酸素を求めてもがいていたが、次第に意識も気力も薄れていき、苦悶することはなくなった。

 生命存続の危機に立たされているのは明らかだったのに、不思議と不安は無かった。


 薄れゆく意識の中で、ふっと思う。


 ──あぁ、死ぬのって思ってたより苦しくないんだな……


 そのまま意識は遠のき、やがて泡のように呆気なく消え去った。

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