第23話 分不相応

 地下迷宮第3階。初めて訪れるその階は今まで冒険していた1階とはやはり隔絶した領域であった。


「※※※※※※※ッ!!!」


 出会うモンスターはどれもハヤテ達にとっては絶望。識別不能の奴らは闇から生えるように現れて、襲いかかってくる。それをジルバが全く歯牙にもかけず瞬殺していくものだから驚く。


「迸れ、疾く速く───雷光トニトルクス


 マリネシアが行使する魔法とは比べ物にならないほど、高出力で高威力の魔法を惜しみなく出す。それだけで生えて出てきたモンスター共はくたばる。


 やはり、彼とハヤテ達の間にも隔絶した力量レベルの差があるのは言わずもがな。


「そこは歩くな。死ぬぞ」


「は、はい……!」


 足取りも迷いなく、ジルバは盗賊のメイソンよりも目敏くトラップを察知する。

 相変わらず素人のハヤテ達には罠の見分けなんてできるはずもなく、彼の指摘した箇所を避けて通路を進む。


 一々厭らし場所に設置してある罠に顔を顰める。少し目を離した隙に死んでいてもなんら可笑しくは無い。


 ───彼とまた会えたのは本当に幸運だった。


 マリネシアは思う。ジルバがいなければ数分と経たずに彼女達は全員が屍となっていたことだろう。考えたくもない事実に背筋は勝手に凍り、進む歩みは竦みそうになる。


 油断すればすぐに目の前の頼もしい背中は闇の中へ消えてしまい、見失ってしまうだろう。それは一番考えたくない事だ。


「ッ………!」


 彼女達は正確な位置も把握できていないのだ。ジルバとはぐれれば今度こそ死ぬしかなくなる。必死にジルバの背を追いかけることに集中するべきだ。


 ────なぜ彼は一人で地下迷宮を冒険しているのだろうか?


 だと言うのに、マリネシアの思考は徐に一つの疑問を提起する。

 以前、酒場で尋ねたことがあるその疑問は、結局答えられずにはぐらかされた。


 ───今ならば彼は答えてくれるかな?

 

 歩き始めてから一言も話さないジルバの顔色をマリネシアは伺う。チラリと見えて彼のその無表情は何を考えているか分からない。怒っているのかも、恐れているのかも、緊張しているのかも。


 ───目的は何なのだろう。


 何故かマリネシアの興味は尽きない。その表情の真意を少しでも読み取ろうと密かに、まだ見続ける。しかし、見るだけでは分かることなんて限られている。


 もう何度も助けられているジルバとの遭遇によって、マリネシアの精神はだいぶん回復していた。その所為か少しだけいつもの様子を取り戻し、気がつけば控えめに質問をしていた。


「ジルバさんはどうして一人で地下3階にいるんですか?」


「……」


 やはり、と言うべきか答えは無い。マリネシアもそれは半ばわかっていたとだ。「ダメか……」と内心、諦めようとしたところで意外にも答えは返ってきた。


「────〈死体漁りスカベンジャー〉を探している」


「えっ……それって……」


「アンタ達も1回合ってるあのドブネズミの事だ」


「ッ!!」


 淡々と放たれるジルバの言葉にマリネシアらは顔を強ばらせる。ジルバの言葉で思い出す。そう言えば今この階には今、あのバケモノが徘徊しているということを。


 まだ新しいトラウマを刺激され、明らかに嫌悪した表情を浮かべるマリネシアをジルバは特に気にした様子はない。


「ど、どうしてですか?」


「………」


 生唾を飲み込み恐る恐るマリネシアは尋ねた。しかしそれ以上、ジルバは質問に答えるつもりは無いらしい。


 ジルバは手元の地図を逐一確認して慎重に、しかして足早に歩を進める。その行方が恐るべき彷徨者ワンダリングモンスターだと分かれば、不思議とマリネシア達の足取りは重くなった。反して彼の足取りにやはり迷いはなく、まるで何かに導かれているようだ。


 結局、行き先が分かり、そこに行きたくなくても彼らに残された選択肢はただ一つ。安定していたはずの精神はすぐに不安定さを取り戻していた。


 どこまでも不思議で絶望の色を孕み始めたジルバの背を忌々しげに見つめていると、不意に無機質な音が彼女達の耳朶を打った。


「ひっ………」


 今しがたの問答の所為か、勝手に声が出て何事かと身構える。忙しなく視界を彷徨わせ、答えを探せばすぐに見つかる。音の発信源はジルバの腰に携えられた剣だ。


「ふむ……外れか───だが、数が多いな」


 それは次第にけたたましく音を大きくさせて、それが目の前に現れるとピタリと鳴やんだ。「何か?」なんて考える必要も無い。


「グルルル…………!!」


 モンスターだ。荒々しく唸るそいつらはやはり姿をハッキリとしにんさせることはできないが、四足歩行の獣らしかった。


「………やるのか?」


「ああ」


 気配をいち早く感じ取っていたハヤテは鯉口を切って一歩前に出る。臆すること無く、嬉々として隣に並び立った彼を見てジルバは関心したように唸った。


 ────自殺行為かもしれないが、それでも……。


 ここまで戦闘は全てジルバ頼り。安全性を考えればそれが一番理に適っているとハヤテも頭では理解していた。それでも、彼の本能は目の前の強者との死合いをただ黙って見ていることを良しとしなかった。


 ────戦ってみたい。


 簡潔に言ってしまえば、身体が疼き、我慢が効かなくなったのだ。


「ちょうど手数が欲しかったところだ。死なない程度に足掻いてみるといい」


「……」


 ジルバの煽るような言葉にハヤテは黙って頷く。既に後ろに退くには遅く、敵との距離は詰まっていた。

 ハヤテの覚悟は言うまでもなく、後悔などありはしない。寧ろ、気分は昂り、高揚して、楽しくなり始めていた頃だ。


 闇から生えた影は全部で7つ。その全てが依然として識別できていない。それでも分かることはある。


 ───上のモンスターとは威圧感が別物だ。


「くははっ…………」


 無意識にハヤテの身体は震える。明らかに身に余る強者との対峙。殆どの確率で死ぬ綱渡りな戦闘を目前に彼はそれでも狂ったようにほくそ笑む。


 そんなハヤテをジルバは気味悪がる事なく、寧ろ歓迎するかのようだ。


「そうか、もう狂ってるんだな。他は………そうだな、後ろで身を潜めてろ」


 ジルバは自然と剣を抜いて、後ろで硬直しているマリネシア達に言った。それを聞いてマリネシア達は黙って頷き、そそくさと退いた。


 それを情けないと馬鹿にする事ない。逆に彼女達の方が反応としては正しい。隣に並び立つそのサムライが常軌を逸しているのだ。


 ────まあ、迷宮に魅入られたのならよくある事だ。


 そう吐き捨てて、徐に地面を蹴って飛び出す。それにハヤテも続いた。戦闘の始まりである。

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