彼女はいつも摩訶不思議。僕はいつも意気地無し。
かずみやゆうき
第1話 八朔と彼女
僕は、福岡からこの春、奈良市に引っ越してきた。
奈良にある大学に通うことになった僕は、ワクワクと少しの不安が混ざった気持ちで、これから四年間住むことになる古びた1DKのアパートの立て付けの悪い窓を力任せに押し開けた。
「学生専用か。にしては綺麗な部屋だよな。まあ、作りは年季入ってるけど」
僕は、一人呟くと開けた窓から外を見渡す。
すっーと少しだけ涼しげな風が入ってくる。
本当は東京の第一志望の大学に行きたかった…。
自分は九州の田舎ものだけど、東京に行けばきっと新しい人生が待っていると思い、眠い目を擦りながら力を振り絞り勉強してきたのに、結局東京の大学は全て落ちてしまい、滑り止めとして受けていた奈良の大学に通うのは敗北感しかない。
それにしても奈良は本当に中途半端なところだ。
歴史的な価値がある建造物や観光名所はそこそこありそうだが、京都の派手さには全く叶わない。新幹線が通ってないこともあり、都会から来るにはアクセスも今一つ。市内も賑わっている場所が全く無いとは言わないが正直僕が夢見てたような渋谷や新宿などには遠く及ばない…。
「あー、くそっ!!やっぱ浪人した方が良かったのか…」
だが、今、僕はここにいる…。
実は、高二、高三と二年間御世話になった担任の山本先生に「お前は浪人したら成績が下がって行くタイプだ。奈良で学生生活を楽しめばいいじゃないか」と言われたことが決定打になって、いや、僕に浪人を決断する勇気がなくて、今、僕はここにいるんだ。
そんなことを考えると自己嫌悪に落ち込んでしまう。
「トントン」
その時、ドアをノックする小さな音が聞こえた。
僕は、「はいっ」と声を発すと玄関に向かう。そして、靴の上に足を乗せつつ、手を思いっきり伸ばした恰好でドアを開けた。
すると、両手で大きな紙袋を持った女性が立っていた。
彼女は、その紙袋を床に下ろすと、そこから一つ取り出して、僕の方へ差し出す。
「はい。これどうぞ。今日からここに越してきた
僕は、呆気にとられたまま右手をガン見する。
そこには、はちきれんばかりに実った大きな八朔があった。
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